『室町無頼』で躍動…歴史を変えた? 無名の2人、蓮田兵衛と骨皮道賢の実像とは
編集委員 丸山淳一
室町時代中期に世直しを夢見た「
世直しに立ち上がる主人公の
物語の舞台は寛正2年(1461年)の京。寛正の大
目指したのは「マッドマックス」の世界観
『SHOGUN 将軍』が米エミー賞の18冠に続いて米ゴールデン・グローブ賞でも4冠に輝き、自主制作映画『侍タイムスリッパ―』が口コミで大ヒットするなど、時代劇には追い風が吹いている。『室町無頼』の製作にも『SHOGUN』や『侍タイ』の製作に協力し、追い風を吹かせた東映京都撮影所の時代劇スタッフが集結した。大泉さんは1月7日に外国特派員協会で行われた記者会見で、「世界で日本の時代劇が盛り上がっていますので、『室町無頼』も世界に羽ばたく映画になったらいいなと思っています」と語っている。
大泉さんがここまで本格的な殺陣・アクションが続く映画に挑戦したのは初めてだったが、刀を家まで持ち込み自主練習を重ねた。その熱意を見て道賢との一騎打ちのシーンが急きょ追加されたというから、打ち込み方は半端ではない。才蔵を演じた長尾さんも、肌身離さず棒を持ち歩き、棒術を猛特訓した。ともに練習の成果はてきめんで、兵衛も才蔵も、ほれぼれするほどかっこいい。
入江監督は「『マッドマックス』のような世界観」「盛大な祭りのような映画」を目指したという。京の街並みを再現した大規模なオープンセットを舞台に、兵衛と才蔵、そして道賢が延べ5000人にのぼるエキストラとともに繰り広げる「壮大なチャンバラ」が映画の一番の見どころだ。
だが、『室町無頼』はただのアクション娯楽大作ではない。垣根さんの原作は史実を忠実に踏まえ、入江監督も脚本を練る際に、室町時代の歴史を綿密に調べ上げている。撮影がコロナ禍で再三延期されて十分な時間があった。室町時代中期を描いた映画はあまりなかったこともあり、調査はただちに映像化に必要な部分にとどまらず、貨幣経済と格差社会が同時に拡大した室町時代の複雑な社会構造にまで及んだという。
史実とは思えない派手なアクションシーンが続くのに、映画全編から室町時代の「空気」を感じとれるのは、そのためなのだろう。では、その空気をいっぱいに吸って時代の
土一揆を指揮した"武士"第1号の兵衛
兵衛は主家を失って諸国を
映画には、相国寺の七重大塔を占拠した兵衛が、かがり火を使って一揆勢に指示を出すシーンがある。高さ36丈(約109メートル)の大塔は、応永6年(1399年)に室町幕府3代将軍・足利義満(1358~1408)が建立した幕府権力の象徴ともいえる。寛正の土一揆が起きた時、京には8代将軍・足利義政(1436~90)が再建した3代目の大塔が立っていた。
兵衛が占拠したという話はフィクションだが、
足軽大将第1号?の道賢
一方の骨皮道賢は300人ほどの牢人を束ねる頭目で、伏見の稲荷山(京都市伏見区)の稲荷社を根城としていた。骨皮と呼ばれるようになったのは、元々皮革業を営んでいたからという説や「骨と皮ばかりの痩せた者」だったからという説があり、はっきりしない。いずれにしても名高い家の出ではなかったようだ。
道賢が史料に登場するのも、応仁の乱で東軍の細川勝元(1430~73)に雇われて戦った6日間だけ。しかもその最期はあっけなく、西軍の大軍に根城の稲荷山を囲まれて、女装して脱出を図るが失敗して首を取られている。「昨日まで稲荷
寛正の土一揆が起きたころ、幕府
高忠は寛正の土一揆の鎮圧や京の治安維持で名をあげているから、高忠の命を受けた道賢と兵衛との対決が本当にあった可能性もある。ただ、道賢は史料に「足軽大将」として登場し、敵と正々堂々戦うのではなく、放火や略奪などで敵をかく乱させるのが得意だったとされているから、対決があったとしても一騎打ちではなかったのではないか。
足軽は応仁の乱から本格的に登場し、それ以降、武士の戦いはゲリラによる略奪や非戦闘員も巻き込む集団戦へと
牢人が農民と結びつく時代の流れ
『室町無頼』が描く室町時代中期は、守護大名一族の抗争などで主家を失った家臣たちが激増していた。大量に発生した牢人は、食い
一方、京に常駐する有力武士は、守護に任じられた国で軍事・警察権に加えて税金を取る権限も得て力を増し、直轄の領地をもつ守護大名になっていく。守護大名は直轄地を治めるため、国内の地侍らを家臣とする「被官化」を進めた。幕府は力をそぐためにたびたび有力守護大名を攻め、牢人はどんどん増えていく。兵衛らが活躍した時代は、武士の失業(牢人化)と地侍の採用(被官化)が同時に進み、猛烈な雇用の流動化が起きていた。
貨幣経済が浸透し、富める者と貧しい者の格差が拡大したのもこの時代の特徴だ。富める者は余裕資金を使って土倉、酒屋といった金融業を始め、一方で貧しい者は借金を重ね、人身売買や奴隷労働が横行していた。飢饉が起きて飢民が増えると一揆が起きる。当初は土着の農民が徳政令による借金の棒引きを求めて起こす土一揆が中心だったが、徳政令以外に守護の交代などを求める国一揆も起きるようになる。
寛正の土一揆が起きた背景には、「民の3人に2人が餓死した」といわれる長禄・寛正の飢饉があった。映画の中には兵衛が農民に代わって利払い減額交渉をする場面があるが、京の周辺にたむろしていた牢人が農民と結びついていくのは時代の流れだったともいえる。
「借りた金は返さない」から「返すのが当然」へ
だが、寛正の土一揆で武士出身者が一揆に参加したことは、思わぬ結果につながっていく。応仁の乱以降、争乱が頻繁に起きるようになると、武士が戦費調達のために徳政令を出すケースが増え、徳政令は次第に戦の代名詞となっていったのだ。
関西学院大学教授、早島大祐さんは著書『徳政令』の中で、徳政令が庶民が歓迎すべきものから忌避すべきものへと変わったことで、日本人の借金に対する考え方も「徳政令が出て借金は返さなくていい」から「徳政令は出ずに借金は返すのが当然」へと変わっていったと分析している。「金は借りたら返す」という今の日本人の倫理観が形作られたきっかけを作ったのが兵衛というのはいささか飛躍が過ぎるだろう。だが、「この戦いが、歴史を変えた」という映画のキャッチコピーは、あながち大風呂敷とはいえないのかもしれない。
残念ながら今の世は、雇用、物価、社会保障のどれをとっても、「民の暮らしは国が守ってくれる」と言い切れない状況だ。金利がゼロから上昇局面に入って、「借りた金を返す」負担が今後も重くなるだろう。やたらに斬り合う剣の達人では困るけれど、混沌を払いのける兵衛のような令和の無頼は、果たして現れるだろうか。
『室町無頼』
2025年1月17日(金)公開
配給:東映
原作:垣根涼介『室町無頼』(新潮文庫刊)
監督・脚本:入江悠
出演:大泉洋、長尾謙杜、松本若菜、北村一輝、柄本明、堤真一
主要参考文献
垣根涼介『室町無頼』<上・下>(2019、新潮文庫)
早島大祐『徳政令 なぜ借金は返さなければならないのか』(2018、講談社現代新書)
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プロフィル
丸山 淳一( まるやま・じゅんいち )
編集委員。経済部、論説委員、経済部長、熊本県民テレビ報道局長、BS日テレ「深層NEWS」キャスター、読売新聞調査研究本部総務などを経て2022年6月より現職。経済部では金融、通商、自動車業界などを担当。東日本大震災と熊本地震で災害報道の最前線も経験した。1962年5月生まれ。小学5年生で大河ドラマ「国盗り物語」で高橋英樹さん演じる織田信長を見て大好きになり、城や寺社、古戦場を巡り、歴史書を読みあさり続けている。
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