2026年10月16日金曜日

華陽国志 - Wikipedia

華陽国志

『華陽国志』(かようこくし、拼音: Huà yáng guó zhì[1])は、中国東晋の永和11年(355年)に常璩によって編纂された地誌。「華陽」とは四川から雲南にかけての地域を意味する[1]。

古代から晋への歴史が断片的に書かれており、さらに地理の沿革・物産の状況を伝えている。字数約九万、全十二巻だが原本が現存しないため異説もある[2]。

概要

古代の巴と蜀の地方についての詳しい記述は、黄河文明中心史観の時代にあっては、突飛な記述からこれらの文献は想像の産物だと思われていた。例えば、初代の古蜀王蚕叢は縦目だとする記述などである。それが、三星堆遺跡から青銅縦目仮面と名付けられた巨大な縦目の仮面が出土するなど、記述と完全に合致する遺物が発見されると一躍現実味を帯びたものとなった[3]。黄河文明に平行して古蜀文明(中国語版)(長江文明)が存在している事が明らかになった。

洪亮吉は、『越絶書』と共に中国に現存する最も古い地方志であるとしている。記録に残る最古の刊本は宋の元豊元年(1078年)のもので原本は現存しないが、『後漢書』の章懐注や正史『三国志』の裴注で頻繁に引かれている。現行の校訂本としては任乃強『華陽国志校補図注』(上海古籍出版社 1987)が注釈も充実しており広く流通している。日本語訳としては谷口房男が全訳を論文発表している。また中林史朗の抄訳・完訳が刊行されている。

内容

脚注

  1.  小南一郎「華陽国志」『改訂新版 世界大百科事典』平凡社。コトバンクより2026年3月21日閲覧。
  2.  例:「『十六国春秋』「蜀録」には十篇とある。
  3.  “専家掲秘三星堆“縦目”人像:蜀人祖先缺碘甲亢”. 網易新聞.com (網易新聞). (2008年3月7日) 

参考文献

  • 「華陽国志 訳注稿」(船木勝馬、谷口房男、飯塚勝重 ほか訳、『アジア・アフリカ文化研究所研究年報』、1975年~78年、1982年~98年)
  • 『華陽国志 中国古典新書続編』(中林史朗、明徳出版社、1995年)
    • 『完訳 華陽国志』(中林史朗訳、志学社、2023年)

. [1125] Pronounced: shū, chū, sŭ·mä tsūō, tēĕn·jŭn·hūäng, bä, hūā·wĕn, chēn, jäng·ē, sŭ·mä tsūō, mō, shū, shŭr·nēō, jēā·mŭng, wū·yäng. Jiāméng (葭萌關) Pass is near modern Guǎngyuán (廣元), Sìchuān(四川). Chronicles of Huayang (華陽國志), Vol. 3 (卷三), History of Shǔ (蜀志), Four (四): “‘群臣議曰: ‘夫蜀, 西僻之國… 不如伐楚.’ 司馬錯, 中尉田真黃曰: ‘蜀… 其國富饒, 得其布帛金銀, 足給軍用. 水通於楚. 有巴之勁卒. 浮大舶船以東向楚, 楚地可得. 得蜀則得楚. 楚亡, 則天下并矣.’ 惠王曰: ‘善!’ …秦大夫張儀,司馬錯, 都尉墨等從石牛道伐蜀. 蜀王自於葭萌拒之, 敗績. 王遯走至武陽, 為秦軍所害. …開明氏遂亡. 凡王蜀十二世.” (commentary omitted). [1126] Pronounced: chēn·shŭr·hūäng. [1127] The Book of Rites and Ceremonies (禮記), “The Single Victim at the Border Sacrifices” (郊特牲), sec. 2, beginning of par. 3: “禮所之尊, 尊其義也, 失其義, 陳其數, 祝史之事也. 故其數可陳也. 其義難知也, 知其義而敬守之, 天子之所以治天下也.” [1128] Pronounced: kō·shō·gä·tsū. [1129] Pronounced: tō·shē·gä·mē.

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%AF%E9%99%BD%E5%9B%BD%E5%BF%97

華陽国志

概要

古代の巴と蜀の地方についての詳しい記述は、黄河文明中心史観の時代にあっては、突飛な記述からこれらの文献は想像の産物だと思われていた。例えば、初代の古蜀王蚕叢は縦目だとする記述などである。それが、三星堆遺跡から青銅縦目仮面と名付けられた巨大な縦目の仮面が出土するなど、記述と完全に合致する遺物が発見されると一躍現実味を帯びたものとなった[3]。黄河文明に平行して古蜀文明(中国語版)(長江文明)が存在している事が明らかになった。

洪亮吉は、『越絶書』と共に中国に現存する最も古い地方志であるとしている。記録に残る最古の刊本は宋の元豊元年(1078年)のもので原本は現存しないが、『後漢書』の章懐注や正史『三国志』の裴注で頻繁に引かれている。現行の校訂本としては任乃強『華陽国志校補図注』(上海古籍出版社 1987)が注釈も充実しており広く流通している。日本語訳としては谷口房男が全訳を論文発表している。また中林史朗の抄訳・完訳が刊行されている。

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華陽国志 中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。 華陽國志 『 華陽国志 』(か...