2024年4月22日月曜日

ヘレフォード図 - Wikipedia

ヘレフォード図 - Wikipedia



‪日本地図ではなく世界地図の話題になってしまいますが、‬

イブン=ハルドゥーン『歴史序説』冒頭で紹介されていた南北逆の14世紀当時の世界地図もあります。


‪さらに東が上に描かれたヘレフォード図、TO図といった中世西欧の世界地図のあります。‬
‪日本は最果て東のエデンの園?‬
‪https://map-freak.com/hereford-mappa-mundi/‬

‪https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AC%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%89%E5%9B%B3‬






(1) エルサレム
TO図の形式に則り、地図の中心に描かれる。
(2) 中国
「セリカ」と表記されている。砂漠を越えて進むと最初に中国人と出会い、彼らの国からが送られてくるとある。ヘレフォード図では実体にそぐわない小地域でしかない。
(3) ガンジス川
下流域に形成される広大な三角州も描写されている。ここから、(4) タファナ島と四つの小島(5) インダス川チグリス川に当たる区域がインドになる。



「聖書神話」要素
(1) 最後の審判
上部から地図に覆いかぶさる形で示され、中心にはイエス・キリストが描かれている。
(2) エデンの園
東(地図の上)の果てにあり、壁と炎の輪で囲まれている。中の絵はエデンからの追放を描写している。
(3) アブラハムの肖像
ウルの地に描かれている。
(4) バベルの塔

東が上に描かれたヘレフォード図、TO図といった中世西欧の世界地図があります。
日本は最果て上方、東のエデンの園?
https://map-freak.com/hereford-mappa-mundi/

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AC%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%89%E5%9B%B3


ヘレフォード図

ヘレフォード図(ヘレフォードず、Hereford Mappa Mundi)は、1300年頃に作成された中世ヨーロッパの思想を反映したマッパ・ムンディを代表する世界地図。イギリスヘレフォードにあるヘレフォード大聖堂英語版所蔵。現存するマッパ・ムンディの中では最大のものである。

概要

この地図は「ホルディンガムとラフォードのリチャード」(Richard of Haldingham and Lafford)という人物の作とされ、彼は別名Richard de Bello[1]またはprebend of Lafford in Lincoln Cathedralとも[2]呼ばれている。

この地図は縦158cm×横133cm[3](165cm×134cmとも[4])のヴェラム(上質皮紙、羊皮紙[3]とも子牛の皮[4]ともある)に、と補助的に金色やインクを用いて描かれ、海洋部は、例外的に紅海(とペルシャ湾)だけは赤く塗られている。奇妙な事に、ヨーロッパアフリカの表示がひっくり返っており、本来ヨーロッパである場所は赤と金の文字で「Africa」と書かれ、逆もまた同様となっている。

もとは三連祭壇画の中央部分であり、1780年ごろの記録では左のパネルには大天使ガブリエル、右のパネルには受胎告知があったとされるが現存しない[5]。パネルのオーク材の伐採時期の推定、ヴェラムに使われた仔牛皮の加工時期の推定、文言の書体分析の推定では、1290年代前後であることが共通しており、地図製作年代は1300年ごろと推定される。

作成の目的

ヘレフォード図は後期マッパ・ムンディであるグレートマップに分類され、東方向が上にありエルサレムを中心に据えたTO図の基本形式を踏襲している。そのため、必ずしも作成当時の地理知識を反映しておらず、例えば、モンゴル帝国モンケ・ハーンと謁見したウィリアム・ルブルックによる1255年の報告に反して、カスピ海が外洋と繋がって描かれている。1296年に製作された、ヘレフォード図よりも古い羅針儀海図[6](ポルトラーノ、Portolan charts)では、この点は正確に記されている。

古代ギリシャローマの概念(en)にあった地球球体説は中世ヨーロッパにおいても健在であり、ヘレフォード図を含むTO図の存在が、必ずしも当時のヨーロッパ人が地球は平面(en)と認識していた証拠にはならない。このヘレフォード図は、かつてはヘレフォード大聖堂の祭壇の後ろに掲げられていたという点から、ステンドグラスと同じくキリスト教を視覚的に伝えるための教材であり、また一種の百科事典でもあったと考えられる[3]

上記の目的を反映して、地図内には大きく分けて三つの要素が記入されている。一つ目は地図本来の目的である地理であり、当時のヨーロッパが知りえた都市192箇所[4]や有力な河川、TO図形式に囚われてはいるが地中海とその周辺にあたる海洋部が描かれている。二つ目は聖書神話にある物語が図案化し記入されている。これは、焼失したエプストルフの世界図(en)にも見られる[3]。三つ目は「化物世界誌」[7]とも呼ばれる中世ヨーロッパ空想がもたらした様々な怪物・怪人たちであり、特に遠方に多く書き込まれている。これら各要素には解説文が付けられているものが多い。[4]

地図の各要素

本項は特に脚注が無い場合は、英語版および『聖書 VS. 世界史』[4]を出典としている。

地理

(1) エルサレム
TO図の形式に則り、地図の中心に描かれる。
(2) 中国
「セリカ」と表記されている。砂漠を越えて進むと最初に中国人と出会い、彼らの国からが送られてくるとある。ヘレフォード図では実体にそぐわない小地域でしかない。
(3) ガンジス川
下流域に形成される広大な三角州も描写されている。ここから、(4) タファナ島と四つの小島(5) インダス川チグリス川に当たる区域がインドになる。
(4) タファナ島と四つの小島
タファナ(Island of Taphana)とはスリランカ、またはスマトラ島を示しているという説もある。古代ギリシアやローマでは「タプロバネ」(Taprobane)と呼ばれていた。四つの小島はクリュセ(Chryse)・アルギュラ(Argyra)・オフィル(Ophir)・フロンディシア(Frondisia)を指す。それぞれが実在するどの島と対応しているかは不明だが、オフィル島は旧約聖書において黄金を産出する場所と記されている[8]
(5) インダス川チグリス川
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(6) カスピ海
地図左上方向(現代で言えばシベリア方向)で外洋と繋がっている。
(7) バビロンユーフラテス川
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(8) アラビア半島
半島を挟むペルシア湾(上)と紅海(下)のみ赤く塗り潰されている。
(9) 死海
ヨルダン川を通じて上流のガリラヤ湖と繋がっている。
(10) エジプトナイル川
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(11) ナイル川上流
もしくは赤道域にある未知の海洋を表し、その先にある陸地は対蹠地とも定義される未踏の大陸を示しているともされる。
(12) アゾフ海
流れ込むドン川クバン川も描写されている。
(13) コンスタンティノープル
現在のイスタンブール。左側(北)にはドナウ・デルタがある。
(14) エーゲ海
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(15) アレクサンドリア
ナイル川の三角州は非常に大きく描かれており、アレクサンドリアの大灯台も記入されている。
(16) ノルウェー
伝説に基づいた描写である。「水の上を走る」と説明されながら、スキーを履いた人物画がある。
(17) プラハ
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(18) ギリシャ
オリンポス山アテネコリントスが記述されている。
(19) クレタ島
ミノタウロスの迷宮(クノッソス宮殿)も描写されている。
(20) イタリア半島
アドリア海ティレニア海に挟まれ、中心に記されたローマには、典型的なヘクサメター(英:hexameter、六脚韻)で「Roma caput mundi tenet orbis frena rotundi(ローマ、世界に冠たる、世界の手綱を統べる地)」と賞賛の言葉が添えられている。
(21) シチリア島
ローマの対岸にはカルタゴも描かれている。
(22) スコットランド
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(23) イングランド
ロンドンも記載されている。
(24) アイルランド
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(25) パリ
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(26) バレアレス諸島
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(27) ジブラルタル海峡
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聖書神話

(1) 最後の審判
上部から地図に覆いかぶさる形で示され、中心にはイエス・キリストが描かれている。
(2) エデンの園
東(地図の上)の果てにあり、壁と炎の輪で囲まれている。中の絵はエデンからの追放を描写している。
(3) アブラハムの肖像
ウルの地に描かれている。
(4) バベルの塔
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(5) 塩の柱
ソドムとゴモラから逃げる際、振り返ったため塩の柱となったロトの妻。
(6) ソドムとゴモラ
死海に浮かぶように二つの都市が描かれている。
(7) ノアの方舟
アララト山に相当する場所に描かれている。
(8) 出エジプト
モーセに率いられたイスラエル人の行程。ラメセスを発ちエリコまで続く道中、紅海上を渡る部分がある。
(9) ヨセフの穀倉
ピラミッドの事。当時これは、エジプト宰相だったヨセフが飢饉に備えて建てた蔵だと考えられていた。
(10) アレクサンドロスの陣営
アレクサンドロス・ロマンスも参照の事。
(11) ヘラクレスの柱
ヘラクレスが建てたという、世界の端を示す2本の柱。イベリア半島ジブラルタルの岩山と、対岸のスペインセウタにあるアビラ山と見なされている[9]が、ヘレフォード図では海峡の真中にある島のようなところに平行した2本の線(柱)として描かれている。

化物世界誌

(1) ヒッポポデス
馬の足を持つ人類。
(2) スキアポデス
大きな一本足を持つ人類。素早く走ることができ、休息する際にはその足を高く掲げ、日陰を作るという。
(3) 巨人
犬の顔と尻尾を持つ巨人。
(4) 長耳人
長く大きな耳たぶを持ち、寒い時にはそれを身体に巻きつけて暖を取るという。描かれている場所は中国沖の島であり現在の日本に相当するが、当時のヨーロッパ人が日本列島を認識していた証拠は無い。
(5) フン族
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(6) ピグミー
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(7) ドラゴン
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(8) アマゾーン
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(9) ガンギネス
口を持たず、リンゴのにおいだけで生きる種族。リンゴ以外のにおいを嗅ぐと死ぬとされる。
(10) ゴグ・マゴグ
ともに北端の、閉じ込められた地に住む民族の名とされる。旧約聖書では終末の時に悪魔サタンの手先として現われ、殺戮に明け暮れると描写されている[10]
(11) キコーネス
頭と脚が鳥の形をした人類。別名コウノトリ人。
(12) マンティコラ
人面獅子身の凶暴な怪物。身体は赤く、サソリの尾を持つ。
(13) グリフィン
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(14) ミノタウロス
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(15) アンバリ
耳が無く、よじれた脚を持つ人類。
(16) アリマスピ
またはアリマスポイ人(en)。一つ目の種族。グリフィンが守る黄金を奪うべく戦っている。
(17) エアレ
馬の体、象の尾、山羊の顎、巨大な二本の角を前後に一本ずつ向け、前向きの角のみで戦う動物。
(18) 大唇人
巨大な唇も持つ人類。陽の光を唇を突き出して防ぐとされる。
(19) 口細人
一つ目、一本足の人類。口が小さいためストローで飲む液体だけから栄養を取る。
(20) プシュリ族
妻の貞操を試すため、新生児を蛇に与える習慣を持つ民族。嫡出の赤ん坊には蛇がまきつかないとされる[11]
(21) バジリスク
翼や足を持たず、蛇の尾を持つ怪鳥の姿で描かれている[11]
(22) ブレミエ
頭が無く、胸部に眼と口を持つ人類。凶暴な食人族とされる。このような頭が無い描写は、野蛮性と凶暴性を象徴していると言われる[11]
(23) トログロデュテス
別名は穴居人。穴に住み、蛇やトカゲを食すとされる。図版では捕らえるために猛獣の背に乗っている。カール・フォン・リンネの『自然の体系』(Systema Naturae、1735年出版の初版)ではヒトサルの中間種と定義され、現在のチンパンジーの学名であるパン・トログロデュテス(Pan troglodytes)の元となっている。
(24) 海岸エチオピア人
表記はエチオピアだが、現在のエチオピアとは全く関連しない場所に描かれている。四つの眼を持ち、これはアフリカ人の視力の高さを象徴していると言われる[11]
(25) アグリオファギ人
ヒョウライオンだけを食べるとされる民族[11]

脚注

  1. "Medieval Maps / THE HEREFORD MAPPAMUNDI, Richard de Bello, c. 1290" (英語). Turkey in Maps. 2008年1月11日閲覧。normal
  2. "Slide #226 The Hereford Mappamundi" (英語). bibliotecapleyades.net. 2008年1月11日閲覧。normal
  3. ^ a b c d e 森田喬 著 『神の眼 鳥の眼 蟻の目』 毎日新聞社刊、1999年 ISBN 4-620-31323-8
  4. ^ a b c d e 岡崎勝世 著 『聖書 VS. 世界史』 講談社現代新書、1996年 ISBN 4-06-149321-3
  5. 応地利明 著 『地図は語る 「世界地図」の誕生』 日本経済新聞出版社刊、2007年 ISBN 978-4-532-16583-3
  6. "和英海洋辞典「R」". 中内清文. 2008年1月11日閲覧。normal
  7. 増田義郎 著『新世界のユートピア』 研究社、1971年
  8. "金銀島 第1部 世界の東の果ての島". 長谷川亮一. 2008年1月11日閲覧。normal
  9. "観光学ドットコム 第4回". 大阪観光大学. 2008年1月11日閲覧。normal
  10. エゼキエル書38章、ヨハネの黙示録20章
  11. ^ a b c d e 堀淳一著 『地図のワンダーランド』 小学館刊、1994年 ISBN 4-09-387110-8

外部リンク




TO図

TO図(ティーオーず)あるいはOT図orbis terrarum[注 1])は、西洋中世に用いられた世界地図である。8世紀のスペインの修道士リエバナのベアトゥス英語版が作成したとされる初期の代表的なTO図「ベアトゥスの世界地図英語版」にちなんでTO図全体をベアトゥス図と呼ぶこともある。ベアトゥスの世界地図は『黙示録』に対する彼の12巻の注釈書の冒頭に登場する。 

歴史と解説

TO図は経験的世界を表す地図で、7世紀の学者セビリャのイシドルスが著書『語源』(第14章、de terra et partibus)に描いたものが初出である。 

ラテン語Orbis a rotunditate circuli dictus, quia sicut rota est [...] Undique enim Oceanus circumfluens eius in circulo ambit fines. Divisus est autem trifarie: e quibus una pars Asia, altera Europa, tertia Africa nuncupatur.
日本語: [人が住んでいる]しっかりした陸地の塊は円のまるさに準えてまるいと言われるが、それは車輪に似ているからである[...] このため、陸地の周囲を流れる大洋は円形に区切られており、また陸地は三つの部分に分かれていて一つがアジア、もう一つがヨーロッパ、残る一つがアフリカと呼ばれている。[1]

イシドルスが『語源』中で地球は「まるい」と教えていることに関して、彼の意味するところは曖昧だが、彼は円盤状の地球に言及したと考える著述家もいる。しかし、イシドルスは他の著作では自身が地球は球形だと考えていることを明らかにしている[2]。実際のところ、少なくともアリストテレス[注 2]以降の西洋の教養人の間では一般に地球球体説が事実だとみなされていた。 

TO図は球状の地球の上半分だけを表している[3]。これは暗黙に地球の北側の温帯の人が住んでいる地域を描くための簡易な投影法としてなされたものと考えられる。南側の温帯には到達不可能で人が住んでいないと考えられたため、世界地図にそれらの地域を描く必要はなかった。赤道灼熱帯を越えて地球の逆側の未知の陸地に到達することは不可能だと信じられていた。こういった南側の想像上の陸地は対蹠地と呼ばれていた[3][4]。 

Tとは大陸をアジアヨーロッパアフリカの三つに分ける地中海ナイル川、そしてドン川(かつてはタナイス川と呼ばれた)で、Oとはその周囲を取り巻く大洋である。エルサレムは通常地図の中央に配置される。アジアは概して他の二つの大陸を合わせた大きさである。太陽が東から昇るため、楽園(エデンの園)は一般的にはアジアにあるものとして描かれ、またアジアは地図の上方に位置づけられる。 

この質的で抽象的な中世の地図作製法はシンプルな表現に付け加えて非常に詳細な地図を作ることもできる。初期の地図にはほとんど都市が描かれず最も重要な川のみが記載された。聖地の四つの聖なる川は必ず記載された。旅行者にとってより便利な道具は、二つの地点の間の町の名前を順番に並べた旅行案内書や沿岸の目印や港を順番に並べたペリプルスであった。より後の時代の地図は同じ構想に沿っていても西欧と同じほど東方の都市や川、その他のものを記載しているが、これは十字軍の際に知られたものであった。新しい地理的な事物だけでなく装飾的なイラストも加えられた。最も重要な都市はその都市名と共に他と区別できる要塞で表され、空いたスペースには神秘的な生物が描きこまれた。 

ギャラリー

  • サン・スヴェールの黙示録中の世界地図、1050年に遡る。

    サン・スヴェールの黙示録中の世界地図、1050年に遡る。

  • セビリャのイシドルス『語源』の12世紀の写本より

    セビリャのイシドルス『語源』の12世紀の写本より

  • 『歴史の精華』のマッパ・ムンディ[注 3]。1459年-1463年。
    『歴史の精華』のマッパ・ムンディ[注 3]。1459年-1463年。
  • ビュンティングのクローバー型地図。1581年の木版画、マグデブルク。エルサレムが中央に配置され、周囲にヨーロッパ・アジア・アフリカが存在する。

    ビュンティングのクローバー型地図。1581年の木版画、マグデブルク。エルサレムが中央に配置され、周囲にヨーロッパ・アジア・アフリカが存在する。

脚注

注釈

  1. 大地の球もしくは円を意味する。またOの中にTがあるようなこの地図の形状をも表す
  2. アリストテレスは球状の地球を極地方の寒帯、赤道付近の灼熱帯、その間の温帯といった気候帯に区分した
  3. 上の船はノアの方舟で、アジアの中央はノアの長男セムドン川ナイル川で世界が分けられていて、左のヨーロッパにいるのは次男ヤペテ、右のアフリカにいるのは三男ハム

出典

  1. Isidore of Seville (c. 630). "14"Etymologiaenormal
  2. ^ Stevens, Wesley M. (1980). "The Figure of the Earth in Isidore's 'De natura rerum'". Isis 71 (2): 268–277. JSTOR 230175.
  3. a b Michael Livingston, Modern Medieval Map Myths: The Flat World, Ancient Sea-Kings, and Dragons, 2002.
  4. ^ Hiatt, Alfred (2002). "Blank Spaces on the Earth". The Yale Journal of Criticism 15 (2): 223–250. doi:10.1353/yale.2002.0019.

参考文献[編集]

  • Crosby, Alfred W. (1996). The Measure of Reality: Quantification in Western Europe, 1250-1600. Cambridge: Cambridge University PressISBN 0-521-55427-6
  • Lester, Toby (2009). The fourth part of the world: the race to the ends of the Earth, and the epic story of the map that gave America its name. New York, NY: Free Press. ISBN 9781416535317

関連項目[編集]

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