2025年2月16日日曜日

太田錦城

太田錦城

太田錦城

東京都指定旧跡
太田錦城墓

所在地 台東区谷中1丁目6番1号 一乗寺内
指定   昭和3年3月

太田錦城(1765~1825)は江戸時代中期の儒学者で、名は元貞、字は公幹、才佐と称し、錦城は号である。
加賀国大聖寺に生まれ、当時の大儒であった皆川淇園、山本北山に折衷派を学んだが満足せず、漢代以降の中国の諸説を直接研究し、一家の学を建てた。
晩年にいたり、一時京畿に遊び、三河国吉田藩に仕えたが、加賀国金沢藩から賓師として招かれ、3百石を給せられた。
文政8年4月23日、61歳で没した。
著書には『九経談』『春草堂詩集』『鳳鳴集』など非常に多くの著述があり、長男は加賀侯に仕え、三男は吉田侯に儒学をもって仕えた。

平成20年12月 設置
東京都教育委員会

(説明板より)

0 件のコメント:

コメントを投稿

魏志倭人伝の謎「華奴蘇奴国」の正体!言語学と考古学が暴く阿波・徳島の古代国際交易都市・和奈佐【芝遺跡・寺山古墳群・多良古墳群】【ゆっくり解説】 https://youtu.be/zAZ1sMdxNY4?si=NB3W4z5mpHtTmsWH @YouTubeより

魏志倭人伝の謎「華奴蘇奴国」の正体!言語学と考古学が暴く阿波・徳島の古代国際交易都市・和奈佐【芝遺跡・寺山古墳群・多良古墳群】【ゆっくり解説】 https://youtu.be/zAZ1sMdxNY4 ?si=NB3W4z5mpHtTmsWH @YouTubeより