2024年9月13日金曜日

ARDEC マサイ族の集落で「上総掘り」による持続可能な開発を実施

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マサイ族の集落で「上総掘り」による持続可能な開発を実施

特定非営利活動法人 インターナショナル・ウォーター・プロジェクト(IWP)
代表 大野篤志

1.はじめに
  インターナショナル・ウォーター・プロジェクト(IWP)は、上総掘りの技術指導、衛生・環境教育などで、水を中心とした地域開発を行っています。ただお金や物をあげるのではなく、日本からは何も持たずに、現地にある物だけを使用して上総掘りという適正技術を移転し、「命の水」に困っている人々の自立を支援し、水問題を解決するための活動をしています。

2.伝統技術から適正技術への改良

写真1
写真1 技術を学ぶマサイ族住民(左遠方にキリマンジャロ)

  上総掘りは機械を使用せずに、竹や鉄管などの簡単な道具と人力のみで、50m以上の深井戸を掘削できる日本独自の井戸掘り技術です。その特徴は(1)掘削時に注入する孔壁保護のための粘土水、(2)掘削鉄管内の弁の開閉で掘り屑を吸い上げる、(3)掘削時の鉄管引上げ作業軽減に竹の反力を利用する、(4)帯水層まで掘削可能、などです。技術の習得が容易で経費もかからないため、昭和初期には油田や温泉の掘削、鉱石調査にも用いられました。その後も昭和の前半まで活用されていましたが、高度成長期に進んだ機械化に伴い、その役割を終えて博物館の展示物となり、2006年、保存を目的に国重要無形民俗文化財に指定されました。
  しかし、日本で使われなくなった技術は、開発途上国ではたいへんに有効な技術となることがあります。伝統技術をそのまま途上国に持ち込んでは実施不可能ですし、日本人がつききりで井戸を掘削するのでは、「伝統的上総掘り」でも「最新のボーリング機械」でも同じです。IWPは、現地の人たちだけで掘削可能な技術にするために、「適正技術」という原点に戻り、技術移転に主眼を置いて上総掘りを改良しました。基本的には「伝統的上総掘り」と同様に、人力のみでの作業ですが、伝統的上総掘りの資材、道具、形状などにとらわれずに、竹や独自の道具を鉄筋棒やタイヤチューブなど、どこにでもある道具や機材に置き換え、独自の名称も一般的なものに変更しました。
  資機材の現地調達度は100%です。つまり、上総掘りの原理をそのまま残し、実施する国や地域の社会経済的状況や地質、風土にもっとも適した方法に改良したのです。ですから、掘削地域が変われば、地層などに適応するために、大なり小なりの改良点がいくつも出てきて、新方式上総掘り(上総掘りや諸活動の詳細に関するIWPのサイト:http://homepage3.nifty.com/iwp/)は常に変化し続けることになります。

3.JICAとの連帯事業
  2005年、ケニアにおいて、日本のODAの一環であるJICA草の根技術協力より資金を得て、住民のエンパワーメントを基軸に、新方式上総掘り技術の移転という持続可能な開発事業を実施しました。
(1)現地の状況
  赤道が通るケニアの首都ナイロビから車で250km。隣国タンザニアとの国境、アフリカ最高峰キリマンジャロ山麓にあるロイトキトックという町をベースにしました。プロジェクト現場は、国境沿いに更に東へ50kmのところにあるジュキニというマサイ族が住む地域です。地域の人口は約1万2000人。小学校3校、中学校1校、医師のいない小さなクリニックが2つあります。現地の人々は主に牛、山羊、羊を放牧して生活をしていますが、現金収入はほとんど無く、世界食糧計画から月に一度の食糧配給を受けています。
  水源は地域を流れるロンボ川と幾つかの小川の様なシーズナルリバー。直径が1mほどの手掘りの開口井戸も数本ありますが、個人の井戸のために一般の住民は使用できません。地域の人々は井戸の掘り方を知らないうえ、職人を雇うお金もありません。また、場所によっては土質が崩れやすかったり、逆に硬い岩だらけで開口掘りが不可能な場合もあります。さらに、世界的な異常気象の影響か、度々、干ばつにも襲われてきましたが、1998年のエルニーニョでは、長雨で地域のロンボ川が氾濫しコレラが大発生しました。人間の基本的ニーズである安全な飲料水どころか、絶対的に水が不足している地域でした。
(2)ロンボ川
  ロイトキトックから来ると、ちょうどジュキニ地域の入り口にロンボ川があります。コンクリート製の橋のすぐ脇で、女性や子供たちが洗濯や水汲みをする光景は、一見のどかに映ります。20年ほど前であれば、たしかにのどかな光景であったのでしょう。ロンボ川は全長約60kmで、下流は西ツアボ国立公園に流れ込んでいます。乾期でも水量が豊富で、魚も多く獲れた川でした。しかし、1990年代後半からロンボ川は急激に変化していきます。10km上流のロンボ町には、湧き水が数か所あります。本来、この湧き水が集まってロンボ川となっているのですが、ロンボ町周辺ではその湧き水をパイプラインで灌漑農業に利用し始めました。結果、下流では水位が低下し、乾期には枯れるようになってしまいました。また、大規模な灌漑農業に使用される化学肥料や農薬も川に流れ込んでいます。
  水質の悪化はロンボ川を水源とする人々の健康にも、害を及ぼしています。さらに下流の西ツアボ国立公園では、ロンボ川の水が届かなくなったために、象の群れが水を求めてジュキニ地域へ移動して来るようになりました。私たちが活動していた10か月間に、マサイ族の住民が象との接触による事故で4人も命を落としています。
  この地域の抱える水問題は、水不足に加え、水に起因する疾病(コレラ、化学物質による下痢・嘔吐・皮膚病)と水場の危険(象の群れとの遭遇事故)がありました。こうしたさまざまな事情で、水へのアクセスが困難な状況でした。
(3)マサイ族
  日本でも有名なマサイ族は、テレビで見る通り引き締まった肉体に赤い布を纏い、首、腕、足をビーズで飾るサバンナの貴族さながらの誇り高い部族です。一般的にマサイ族は、他の文明を受け入れずマサイ独自の文化で生活をしているといわれています。牛・山羊・羊の牧畜のため、半遊牧民で定住しないともいわれますが、それは日本人がサムライ・忍者・芸者と思われているのとある種同じといえます。マサイ族も独自の伝統的な生活スタイルを維持することが、難しくなってきています。マサイ族の土地所有率も植民地時代とは大きく違いますし、家畜の放牧も変化しました。西ツアボ国立公園は、園内で家畜を放牧することを禁止しました。国立公園ですので当然といえば当然ですが、昔からその地域で暮らしていたマサイ族にとっては、限られた放牧範囲での生活となってしまいます。
  ケニアにおける教育環境の充実とともに、伝統生活よりも教育の重要性を認識し始めたマサイ族は、小学生の息子を放牧の仕事に連れて行かなくなりました。マサイ族の妻と子供たちの生活はすでに定住型といっても過言ではない状況です。また、宗教(カトリック)の影響で、一夫多妻制も少なくなっています。これらの現象は1980年代後半から、すでに始まっていたといえます。現在、マサイ族では、伝統、風習、文化、教育をどの様に尊重して、次世代に継続して行くかが問題となっています。

4.カウンターパートと現地調査
  元々このエリアで活動しているカウンターパートのケニアのNGOであるアムレフ(AMREF:African Medical & Research Foundation)へは、すでに20年近く前に上総掘りを紹介していました。1995年のルワンダ難民救済活動時に、私たちは現AMREFカジアド郡マネジャーのワンブア氏に上総掘りを指導しました。彼の上総掘りへの理解とその後の長い協力関係を経て、2005年のプロジェクト実施に至りました。AMREFは長年ジュキニ地域でコミュニティー開発を実施しているので、経験もあり、地域の人々の信頼を得ています。AMREFの経験とIWPの技術を持って互いに協力し、プロジェクト終了後もAMREFが現地をフォローできる体制を考慮しました。また、どのプロジェクトにもいえることですが、現地調査は非常に重要です。

5.住民参加による井戸掘削の実施
  現地調査を終えて、この地域での井戸掘削ポイントを以下のように選定しました。
(1) 公共性と子供の水汲みを考慮して各小学校に1つ、計3つ
(2) ロンボ川流域のコレラ発生率が高い2つの集落
(3) 野生の象の群れが頻繁に出没し、水汲みが危険な集落
  この合計6か所に、新方式上総掘りで井戸を掘削しました。住民参加を基本とするために、住民から自主的に参加者を呼びかけるワークショップを実施して、公共性を重視して完成した井戸が個人の所有にならないように土地所有者の理解を得て、住民と確認をします。
(1)小学校
  子供たちの水汲みによる労働も多いため、学校に井戸を造ることにより、子供の就学の機会が持てるようになります。小学校では学校側の協力を得ながら父兄の参加を呼びかけて、井戸掘削を実施しました。地域の男性は掘削の力に、また上総掘りの掘削には粘土水を使うため1日当たりドラム缶3本分の水を確保するために、女性にも参加してもらいました。学校の配慮で休み時間には、子供たちも水汲みを手伝いました。地域全体が参加し、共通の作業をすることで、マサイ族の社会に大きなインパクトを与えたと思います。掘削作業は14日間で十分な水量が得られる井戸が完成して、成功を収めました。各小学校に井戸ができたことは、現地でも高く評価されています。
(2)コレラ発生地域
  コレラの発生地域の集落を調べたところ、ほとんど全員が罹患経験があり、1998年のエルニーニョによる洪水の際は、40人以上の死者が出ていました。地域の唯一の水汲み場所が水位の低下したロンボ川では、水質が非常に悪く再発の危険があるため、近くの集落35世帯の約300人に対して2本の井戸を掘りました。完成後の水質調査では、とても良い結果が出ました。
(3)野生の象の群れと接近しての作業
  幹線道路から2km以上ブッシュの中を行くと12戸の集落があります。ムワテニ集落は、象の群れが出没して危険なため水汲みに行けず、マサイ族社会では珍しく、女性ではなく男性が自転車で水汲みに行く状況でした(それほど危険な場所)。
  井戸の掘削が始まると象の群れも上総掘りの足場が珍しいのか、夜間にすぐそばまで見に来ています。来たことを示すために自動車のハンドルほどの大きさの丸い足跡と1輪車1台分ほどの大きな糞を、置きみやげとして足場の脇に置いて行ってくれます。朝方6時頃には、元気なサバンナモンキーが現れて足場に上って微笑ましい自然の光景を感じながらの作業ですが、水汲みに行くのに通るだけでも危険な場所での井戸掘り作業は予想以上に長びいてしまい、3週間も毎日緊張の連続でした。
  スワヒリ語で「テンボ、ミンギ、サーナ(象の群れがいるぞ)」と現地のマサイ族にいうと、体に一瞬緊張が走るくらいです。現地のマサイ族でも、ライオンより怖い存在である象の群れがいる地域での井戸掘り実施は、安全対策への配慮がとてもたいへんでした。象は夜行性ですが、曇りの日など太陽が出ていないときは、昼間でも活発に移動します。上総掘り井戸掘削作業時で怖いのは、現場周辺を象の群れに囲まれてしまうことです。あの巨体が音も立てずに接近してくるのですから、危険極まりないこともありました。犬と見張り番をつけて、接近してきた場合には作業を中止して安全な場所まで退避して、遠く去るまでは何もできないこともあります。
  車での移動時に、カーブの先に象の群れがいて気が付いて止まった時には、象と目が合ったのがわかるくらいの距離まで接近してしまって、鼻をあげて耳を広げた威嚇の体勢をする群れのリーダーと鉢合わせすることもありました。そんな時は、とにかくその場から離れ、距離を取るしかありません。もちろん、私たちの作業に参加する住民メンバーが、象の習性を熟知したマサイ族だったからこそ、無事に作業を完成することができたのです。

6.「南・南」協力
  2002年に上総掘りを実施したコースト州カロレニ(ギリヤマ族)の技術習得者3名を、ジュキニの掘削にフォローアップ研修の目的で招き、井戸掘削作業に参加させたところ、マサイ族の中で意識の変化が起きました。同じケニア人が上総掘りをマスターしているのを間近に見て、積極的にプロジェクトに参加し、技術習得の意識が高まり非常に効果が上がりました。ケニア国内ではありますが、「南・南」協力の良い事例といえるでしょう。

7.井戸完成後のフォローアップ
  水量を確認してハンドポンプを取り付けて井戸を完成させて、水質調査を実施して大腸菌や過剰なフッ素などミネラルがないという結果が出て、はじめて安心できるのですが、その後の協力も大切であり井戸が完成後、井戸をコミュニティーの中心として、母親への衛生教育を実施します。
  安全な水を確保できると、保健衛生の分野では子供の下痢の回数が減るなど、良い結果が出てきます。井戸が個人に所有されることなく、住民のあいだで公平に使われ、ハンドポンプの管理面でも、人に与えられた物ではなく、自分たちが苦労して掘った井戸は大切に使われていました。井戸完成以前は、水質の悪いロンボ川に架かる橋からたくさんの女性が水を汲んでいましたが、井戸完成後は川で水汲みをする人影をまったく見ることがなくなりました。また、ある女性から「きれいな水を初めて飲んだ。水がこんなに美味しいものだと、初めて知った」という感想が出ました。現地の水へのニーズが高い場所ほど、現地コミュニティーは真剣に作業に取り組み、作業に参加することが実証されました。

8.おわりに

写真2
写真2 井戸が完成した小学校で

  私たちが現地を去る際に、マサイ族の人々から「次に上総掘りで井戸を掘る時は、世界中どこへでも行く。いっしょに働きたい」との内容の手紙を貰いました。「上総掘りは、マサイ族にしっかりと受け入れられた」と、実感しています。
  プロジェクトが終了して、私たちは日本に帰国しましたが、2006年7月に新方式上総掘り技術を習得したジュキニ地域のマサイ族技術者は、地域の人々と協力をして自分たちの力で、上総掘りによって新たな井戸を完成させました。私たちが、いちばん嬉しさを実感する時です。
  2003年に京都で開催された「第3回世界水フォーラム」の水行動コンテスト・ベスト10入賞(870団体が応募)に続き、06年にメキシコで開催された「第4回世界水フォーラム」でも私たちのケニアでの活動を発表し、「京都水大賞」部門で世界中の水に関係する活動をしている1600団体のなかから、再びベスト10に選ばれました。日本の団体はもちろんIWPだけですし、グランプリは逃しましたが2回連続の入賞も世界でIWPだけです。
  これからも上総掘り技術を途上国の人々に指導して、一人でも多くの人が安全な水へアクセスできるように、活動を継続していきたいと考えています。

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