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一 〔エレシュキガルの〕領域なる冥界(1)にむけて シンの娘イシュタルは彼女の心を〔さだめた〕 シンの娘イシュタルは、まさに〔彼女の〕心を〔さだめた〕 イルカル〔ラ(2)〕の住まい、『暗黒の家』へ(3) 五 入る者は出ることのない家へ 歩み行く者は戻〔る〕ことのない道へ 住む者(4)は光を奪われる家へ そこでは埃が彼らの御馳走、粘〔土〕が彼らの食物で 光を見ることもなく暗闇のうちに住〔む〕 一〇 鳥のようにつば〔さ〕のついた着物を身につける。 門のうえ、かんぬきのうえには土ほこりが積もる。 イシュタルは冥界の門に近づいて 門の番人にむけて声をかけた。 「番人よ、さあ、お前の門をひらけ
一五 お前の門をひらけ、私は入りたいから。 お前が門をひらかず、私が入れないならば、 私は戸を打ちやぶり、くいを打ちこわす 門柱を打ちやぶり、戸を打ちくだく。 私は、死者を起ち上がらせ生者を食べよう。
二〇 生者より死者が増えるようにしよう。」
…
一一五 ナムタルは行き、エガルギナをたたいた。 彼は階段をサンゴ石でかざった。 彼はアヌンナキを導き、黄金の玉座に坐らせた。 イシュタルに生命の水をふりかけ、連れ去った。 第一の門を通らせてから、彼は彼女に腰布をかえした。 一二〇 第二の門を通らせてから、彼は彼女に腕環と足環をかえした。 第三の門を通らせてから、彼は彼女に腰帯をかえした。 第四の門を通らせてから、彼は彼女に胸かざりをかえした。 第五の門を通らせてから、彼は彼女に首環をかえした。 第六の門を通らせてから、彼は彼女に耳かざりをかえした。 一二五 第七の門を通らせてから、彼は彼女に大王冠をかえした。
[補記] 今世紀前半の「バビロン熱」は本邦にも伝わり、大正六年(一九一七)に創設された「バビロン学会」(中心人物は原田敬吾氏)がこの年に『バビロン』という雑誌を発刊し数号続刊している。この中心人物・原田敬吾氏が第一号から「日本とバビロン」という論文を毎号掲載しているが、その第三号(大正七年=一九一八)の一部で「天照大御神とイシタル女神」との見出しのもとに神話伝説との類似を論じているなかで「イシュタルの冥界下り」のほぼ全行を訳出している。ごく一部を引用する。 「往きて反らぬ国」に、暗黒の国に、 シン(月神)の御女イシタルは其心を向けぬ * 若し門を開きてわれを入れすは、 われは門柱を打砕かん、われは扉を押破らん。 われは死霊を喚ひ起して生ける民を啖はしめん。 死者の数は生者の数より多からん。 続けてこの筆者は、この部分と日本神話の比較を行なっている。
イシタル神話を読みて次に聯想する所のものは伊邪那岐命の神話なり。命か伊邪那美命の神去り給ひしを慕ひて黄泉国に赴き給ひしは、正しくイシタル女神か恋人タンムーズを慕ひて地獄に降りしを反映す。命の遁け還り給ふを伊邪那美命の追うて黄泉比良坂に来り給ひ、千引の石を中間に置きて対談し給ひしとき、わか那勢の命斯くし給はは、汝の国の人草一日に千頭絞り殺さんと宣り給ひしは、イシタル女神か門衛に向ひ、われは死霊を喚ひ起して生ける民を啖はしめん、死者の数は生者の数よりも多からんと言ひたるに酷似す。命の黄泉国より還り給ひ、われは穢き国に到りて有けりと宣り給ひしは、イシタル神話に於ける地獄の叙述に、塵埃をもて滋味とし、泥土をもて食料とする場所といひ、また戸にも格子にも塵積もると言へるに類す。更に命の禊祓し給ふを見よ。第一に杖を投け棄て給ひ、第二に御帯を解き棄て給ひ、第三に御裳、第四に御衣、第五に御褌、第六に御冠を脱き棄て給ひ、第七に左右の御手の手纏を取り棄て給ひしは、イシタル女神か七つの門に於て冠、耳飾り、頸飾り、胸飾り、腰帯、手足の飾り腰裳を順次に剝取らるる神話の変形なるを、誰か疑ふものあらん。
これらの記述は、この筆者のオリジナルな論考だとすれば、今日広く行なわれている日本神話と古代オリエント・ギリシア系神話との比較の先駆けをなすものとして評価すべきものであろう。
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