聖(ひじり)の語源についての一説
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第六章 天孫降臨と皇と稲妻
本居宣長「古事記伝」には、日嗣の皇子は一人だけではなく複数あったと記されている。これは当然のことで、天皇 (大王) は thunderbolt (雷電)であり、その雷電の生んだ子が複数あれば、彼らは雷電(=日嗣)の子、つまり日嗣の皇子であるから、何人いようと何らおかしくはないのである。なお、同様の例で多くの論者は「聖」を「日知り」と解釈するが、これも正しくないであろう。
聖(ひじり)
「聖」の語源が書かれているすべての辞書は「日知り」の意として以下の意味を列挙する(以下は大辞林より)。
(1)高徳の僧。高僧。 また、一般に僧の敬称。
(4) 徳の高い人。聖人。
(2) 寺院に属さず、世して修行に励む仏教者。 また、特に妻帯しない修行者。
(3)高野聖・遊行聖・勧進聖など、布教や勧進を行うため、各地を遍歴する僧。 多くは下級の僧で、民衆の信仰と結びついていた。
(5)ある方面についての知識・技量がひときわすぐれている人。 「柿本人麿なむ、歌の聖なりける」(「古今和歌集」 仮名序)。
(6)天皇の尊称。 「玉だすき畝傍の山の橿原の聖の御代ゆ」(「万葉集」29)。
「時代別代編」は「ヒは日、シリは領知する意のシルの名詞形であろう」とし、「日を知る者
の意で天皇をさす」 とする。 太陽神崇拝の日本であれば、このような解釈もあり得る。しかし、「日を知る」 とはどういうことであろうか。 「時代別上代編」は「知る」と「領知する」を混同しているように思われる。 「知る」はタミル語 ter-i [to know (知る) understand (理解する)」に、「領る」 は tār-i [to possess (所有する)] に由来する (tār-i > *teri よりt/s 対応、e/i対応で sir-u となった。なお、このようなアクセントの生成は、 タミル語長母音が影響している部分もあると言えるかも知れない)。大王(=天皇)はカレンダーの管理者なのであろうか。 そう解釈するには、あまりにも大王の権限を狭く見てはいないだろうか。
しかし「ひじり」はタミル語 pitir-am [thunderbolt (雷電)] と対応する日本語、 *fitir-i > fidir-iであろうと思われる。つまり、「ひじり」の原義は「雷電」即ち「大王」を意味していたところ、時代を経るにしたがって、高徳な人、優れた人となり、仏教が伝来してからは僧侶を意味するようになったと思われる。
「古事記」の「大年神」の系譜に、伊怒比売に生ませた神として、「聖神」が登場する。通説に
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田中孝顕(たなかたかあき)
1945年1月6日、東京・深川に生まれるが、戦火を避け、直後に東京・中野へ転居。
國學院大学卒業後、総理府事務官等を経て、 脳力開発の研究機関 SSI を設立。
現在、SSI会長兼ジャーナリスト。
著書 「日本語の起源」(きこ書房)
訳著: 「オックスフォード・ドラヴィダ語語源辞典」 (きこ書房)
「思考は現実化する」(きこ書房) 他
日本語の真実
タミル語で記紀、 万葉集を読み解く
2006年7月15日 初版第1刷発行
著者:田中孝顕
発行所:株式会社 幻冬舎
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