● 髙山右近が手にしている 「 キリスト磔刑像 」 の、十字架の
罪状書き ( 「ユダヤ人の王 ナザレ人イエス」 ) が、 「 I N R I 」では
なくて、 「 J N R I 」 となっていることについてですが、
I N R I ━━ Iesus Nazarenus Rex Iudaeorum
イエス ナザレ人 王 ユダヤ人
これらは、ラテン語ですが、 " Iesus " は、現在は " Jesus " を用いるようですし、他にも、 V と U の間でも、同様のことが見られるようです。
【 十字剣 ? J N R I ? 】
Q. 「 髙山右近像 」 (西森正昭 ・ 作) で、髙山右近が手にしているのは、「剣」 なのですか?
又、「 I N R I 」 ではなくて、 「 J N R I 」 になっているのは どうしてですか?
A. 髙山右近が 手にしている物についてですが、人を殺傷したり ・ 防御したりするために使う 「剣 ・ 刀」 に見えますか?
まして、剣 ・ 刀だとしたら、右近が手にするのは、日本刀であるはずですよネ。
髙山右近が 手にしているのは、イエス ・ キリストが 十字架にかかられた時の 「キリスト磔刑 (たっけい) 像」 です。
キリストの 愛と平和の象徴とも言うべき 「キリスト磔刑像」 ですが、このようなものを、剣 ・ 刀に仕立てて、戦場などで、殺傷 ・ 防御のために使用していくなどということは ありえません。
ましてや、このような大きなものを、腰にさし ・ 相手と刃を交えることは、想像することさえ出来ません。
しかし、しばしば、「十字剣 」 などと言われたりするのは、この像が、最初に 高槻で建立された時に、「髙山右近」 の 顕彰銘板 が準備され、その文章を記されたのが 浜崎 伝神父ですが、どう勘違いされたのか、その文章の中に 「十字剣」 という言葉があるのです。
" 香り高きキリシタン大名、 君の右手は 十字剣 をおさえて 平和を語り、君の いのちは、地位 と ほまれ と 世をすてて、
永遠の愛に 献げられた "
この 「顕彰銘板」 が、像とセットの形で、台座の側面に掲げられていて、「 髙山右近像 」 を見る人々が、必ずといっていいほど 目にし、読まれることになるわけです。
● ところで、この 「 髙山右近像 」 を製作された 西森正昭さん
(最近は 「方昭」 と名のっておられます。) の意図は、どういうことだったのでしょうか。
わが 「高槻 ・ 髙山右近研究会」 のメンバーの方が、今は 大分の
湯布院に住んでおられる 西森さんに、質問の便りをされ、西森さんから お返事をいただかれましたよ!
※ この度は、高槻市の 「右近像 」 について お尋ねいただいたことについて、私の見解を申し上げます。
右近の持つ十字架は 『 十字剣 』 なのか? 『 十字架 』 なのか?
━━ との ご質問でしたが、これは 全く 間違いなく 『 十字架 』 です。
十字剣 と思わせているのは、髙山右近の 二面の性格、即ち、武将としての姿 と、 カトリック精神を武士道として 信仰の道を選んだ 宗教人の姿であるからでしょう。
武士道を取るか? 信仰者の道を取るのか? ━━ という、二者選択の 精神的苦悩を表現しているため、見る人によっては、『 十字剣 』 としての厳しさを見たのではないか、と思われます。
製作者としては、 " 十字架を持つ 信仰者としての 髙山右近像 "
を 意図しております。
● 髙山右近が手にしている 「 キリスト磔刑像 」 の、十字架の
罪状書き ( 「ユダヤ人の王 ナザレ人イエス」 ) が、 「 I N R I 」 では
なくて、 「 J N R I 」 となっていることについてですが、
I N R I ━━ Iesus Nazarenus Rex Iudaeorum
イエス ナザレ人 王 ユダヤ人
これらは、ラテン語ですが、 " Iesus " は、現在は " Jesus " を用いるようですし、他にも、 V と U の間でも、同様のことが見られるようです。
※ 「 日本血染めの花束 」 ( 1646年 ・ ローマ刊 ) には、
Dominus Iustus Vcondono ・・・・・ と 記されています。
ユスト 右近殿
※ [ Archives ] (アーカイヴズ ・ 記録保管所)



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