キャンドルの灯りと、止まらなかった笑い――戴帽式の舞台裏
私が看護学校に入学して約1年後、病院実習が始まる前に戴帽式が行われました。
看護師として一歩を踏み出すための大切な儀式です。
厳かな雰囲気で行われた戴帽式でしたが、その裏では思わず笑ってしまうハプニングもありました。
今日はその時のエピソードをお話したいと思います。
戴帽式とは
戴帽式(たいぼうしき)とは、看護学生が初めて臨床実習に出る前に行われる儀式です。
看護師の象徴であるナースキャップを授与され、「看護の道に進む決意」を新たにする目的があります。
多くの場合、ナイチンゲール誓詞を唱和し、キャンドルサービスなどを行います。
私が入学した看護学校でも、同じようにキャンドルサービスとナイチンゲール誓詞の唱和が行われました。
しかし、現在ではナースキャップが廃止になっていることから、実際には使用しないナースキャップを戴帽式の時のみ授与したり、コロナ過以降ではオンライン形式で開催するケースも増えているようです。
今回は、私が過去に戴帽式で経験した、忘れられない思い出についてお話します。
厳かな雰囲気の中で始まった戴帽式
私たちの戴帽式は、看護学校の体育館で行われました。
中央に学生、両端に父兄が座っています。
もちろん、みんな初めての経験なので、事前に練習はしていましたが、式の前から緊張感で張り詰めた空気が流れていました。
「あー、緊張する~!」
そんなささやきが周りから聞こえてきて、私も自分の気持ちを落ち着けようと努めます。
そんな中で始まった戴帽式。
まずは一人一人、名前を呼ばれて登壇し、教務の先生からナースキャップを頭に付けてもらいます。
とても神聖な雰囲気で、ああ、これから新たな一歩を踏み出したんだな、と実感する時間です。
私もナースキャップを付けてもらって自分の定位置に戻り、一安心。
緊張感のあるキャンドルサービス
全員がナースキャップを付けたら、次はキャンドルサービスです。
ろうそくをどの時点で持っていたのかは覚えていないのですが、記憶にあるのは、炎にろうそくを近づけて火をつけ、ゆっくりと歩く場面でした。
照明が薄暗く落とされ、「G線上のアリア」が静かに流れる中、ろうそくを持って歩きます。
速く歩くと炎が消えてしまいそうに揺れるので、自然と歩調はゆっくりになります。
厳かな、幻想的な雰囲気です。
私はこういう空気が心地良くて好きなので、颯爽とカッコよく歩きたいところでしたが、なかなかうまくいきませんでした。
ろうそくを両手に持つとバランスが取りにくく、まっすぐ歩こうとすればするほどふらついていく・・・。
ちょっとヨロヨロし過ぎていたのか、心配そうに見ていた保護者の方が、近くを通ったときに手を伸ばそうとするのが見えました。
倒れそうって思われてる・・・と思いながら、平静を装ってなんとか自分の席に戻りました。
ナイチンゲール誓詞を復唱・・・ところが
全員がろうそくをもって席に戻ると、ナイチンゲール誓詞の復唱が始まります。
ナイチンゲール誓詞とは、次のような言葉でした。
われは此処に集いたる人々の前に厳かに神に誓わん
わが生涯を清く過ごし、わが任務を忠実に尽くさんことを。
われはすべて毒あるもの、害あるものを経ち、
悪しき薬を用いることなく、また知りつつこれをすすめざるべし。
われは我が力の限り我が任務の標準を高くせんことを務むべし。
わが任務にあたりて、取り扱える人々の私事のすべて、
わが知り得たる一家の内事のすべて、われは人に洩らさざるべし。
われは心より医師を助け、わが手に託されたる人々の幸のために身を捧げん。
⁂ ⁂ ⁂
神とここに集う人々の前に、厳かに誓う、
看護専門職の倫理規範を遵奉し、
忠誠心を持って看護チームの他のメンバーと共に協力し、
監督者として指定された医師または看護者の指示に忠実に、
そして己の能力に従って最善を尽くし、
一切の悪行や悪意ある行為をせず、
意図しながら害のあるいかなる薬を与えることや不正行為には加担しない。
職業上の知りえた秘密についてはこれを秘匿する。
そして全力を尽くし看護実践の標準と品位を高めることを、自分に誓う。
我が人生が看護専門職の仕事とその高邁な理想に捧げられんことを。
※上の文章が、実際に復唱したもので、下がWikipediaで現代版として公開されているものです。
内容としてはほぼ同じですが、現代版では「医師への忠誠」よりも、チームで協働する姿勢や看護職自身の倫理への自覚が重視されている印象ですね。
この「ナイチンゲール誓詞」ですが、事前に何度も練習を重ね、当日は暗記して全員で唱和する予定でした。
ろうそくを手に持ったまま、みんなで声を揃えます。
ほとんどの人はしっかり覚えていたのですが、一部の人はどうもうろ覚え。本番では私のすぐ後ろの子が、小声で必死に付いてこようとしています。
でもところどころ間違えていて・・・。
みんなの声に混じって、なんだか別のメロディーが聞こえてきます。
それが可笑しくて、だんだん笑いが込み上げてきました。
そして最後の一文。
「人々の幸(さち)のために身を捧げん」――のはずが。
後ろから聞こえてきたのはまさかの
「人々のシャチのために身を捧げん」でした。
「シャチに身を捧げてどうするの・・・?」
頭の中に、シャチに身を捧げる看護師の姿が浮かんでしまい、もうアウト!
笑ってはいけない!
そう思えば思うほど鼻息が荒くなり、その鼻息でろうそくの火が消えそうに!
「まずい・・・消えてしまう!」と焦りながら必死にこらえていると、なぜか周りの人も同じようにうつむきながら鼻息で笑っていて・・・。
静まり返った会場に「フフッ、フフッ」と鼻息が響いていました。
なんとかろうそくの炎は消えることなく終わりましたが、その日家に帰ると、出席していた母が
「みんな、感激して泣いてたよねー」と感慨深げに言っていました。
実は笑っていただけだとは何となく言い出せず、私は黙って聞き流してしまいました。
母の中ではみんなが感激して泣いていた感動的な戴帽式になっていたことでしょう。
みんなで合唱した讃美歌
戴帽式の中では、讃美歌を合唱する場面もありました。
このときはろうそくを持っていなかったと思うので、キャンドルサービスの前だったのかもしれません。
この讃美歌は、モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス(Ave verum corpus)」というとても美しい歌でした。
※イエス・キリストの受難と聖体を讃える内容だそうです。
当時は意味も分からず歌っていましたが、今回初めて調べてみました。
とても好きな歌になったので、今でも歌えます。
看護学校のみんなと歌った日が懐かしいです。
看護師として決意を新たに
こうして戴帽式を終え、地獄のような実習を超えて看護師になった訳ですが、あれから長い年月が過ぎた今でも、初心を忘れちゃいけないなと思います。
戴帽式の思い出は忘れられないものになっているし、クラスのみんなと泣いたり笑ったりした看護学校での経験は、本当に貴重なものでした。
一生忘れることはないと思うし、看護師としての私の基盤になってくれています。
ナースキャップを初めて受け取ったあの日の決意を胸に、責任を持って看護に臨み、これからの看護師人生を全うしたいと思っています。
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