2026年2月22日日曜日

本郷和人『豊臣兄弟!』秀吉に墨俣築城の協力を頼まれた蜂須賀小六。一度は拒否するも、〈兄を思う秀長の言葉〉に心を打たれ…(婦人公論.jp) - Yahoo!ニュース

本郷和人『豊臣兄弟!』秀吉に墨俣築城の協力を頼まれた蜂須賀小六。一度は拒否するも、〈兄を思う秀長の言葉〉に心を打たれ…(婦人公論.jp) - Yahoo!ニュース

本郷和人『豊臣兄弟!』秀吉に墨俣築城の協力を頼まれた蜂須賀小六。一度は拒否するも、〈兄を思う秀長の言葉〉に心を打たれ…

現在放送中のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』。本作の主人公は、天下人・豊臣秀吉の弟である豊臣秀長です。歴史の教科書にも載っていない彼は、いったいどのような人物なのでしょうか?今回は、書籍『図解 豊臣秀長』をもとに、歴史研究者で東大史料編纂所教授の本郷和人先生に解説をしていただきました。 【書影】2026年大河ドラマで話題「豊臣兄弟」のことがみるみるわかる!監修:本郷和人『図解 豊臣秀長』 * * * * * * * ◆蜂須賀小六のもとを訪れた秀吉 永禄7(1564)年に犬山城を攻略して尾張一国を平定した信長は、美濃を領する斎藤氏の本拠地である稲葉山城攻めに乗り出します。 稲葉山城攻略のためには、かつて砦が築かれていた墨俣に城を築くことが不可欠と考えた信長は同9(1566)年、秀吉にその大命を下します。 秀吉は蜂須賀小六のもとを訪れて協力を要請しました。秀吉は、墨俣に城を築くためには川並衆の協力が必要と考え、そのボス格である小六を説得しに来たのです。 木曽川沿いの地形や川の特性を知り尽くしている川並衆の援助は、このプロジェクトには確かに不可欠でした。

◆説得に応じない小六に、秀長が口添えを…… しかし小六は、「2000人の川並衆の命と、その家族の命運がかかっている。我らは信長様の家来ではないのだから、せっかくだがお断りする」と、秀吉の説得に応じませんでした。 すると、秀吉の傍らに控えていた秀長が口を開きました。 「墨俣築城が首尾よくいかなければ、兄も私も命はないものと覚悟しています。また、我ら兄弟がこれまで武功を挙げることができたのは、ひとえに川並衆のおかげです。私など、5年ほど前に兄に従って鍬を槍に持ち替えましたが、田畑で一生を終えていれば小六殿にお会いすることもなかったでしょう。川並衆は誰の家来にもならず、己の志を通される方々ということは承知しています。兄・秀吉一人の出世や栄達を望んでのことではありません。信長様の美濃平定は、乱世を治め天下泰平を得るための足がかりなのです。そのためにこそ、我らは命をなげうつ覚悟です。ぜひともご助力をお願いいたします」 と口添えしたのです。

◆兄を思う秀長の言葉に心を打たれ…… いったんは秀吉の要請を拒否した小六でしたが、兄を思う秀長の言葉に心を打たれ、協力を快諾したといいます。かくして墨俣城は完成し、これを足がかりに信長は美濃を手中に収めました。 稲葉山城がいつ落城したのかは『信長公記』には書かれていませんが、同10(1567)年が有力とされています。 このエピソードは信憑性が低いとされる史料『武功夜話』にある話なので史実とはいい切れませんが、秀長の人柄をよく表しており、のちに秀長が人格者として大名たちに頼りにされたことを考えれば、納得できる内容ですね。 ※本稿は、『図解 豊臣秀長』(興陽館)の一部を再編集したものです。

本郷和人

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本郷和人『豊臣兄弟!』秀吉に墨俣築城の協力を頼まれた蜂須賀小六。一度は拒否するも、〈兄を思う秀長の言葉〉に心を打たれ…(婦人公論.jp) - Yahoo!ニュース

本郷和人『豊臣兄弟!』秀吉に墨俣築城の協力を頼まれた蜂須賀小六。一度は拒否するも、〈兄を思う秀長の言葉〉に心を打たれ…(婦人公論.jp) - Yahoo!ニュース https://news.yahoo.co.jp/articles/dd30ddffae41a8ba5fb34c27...