2026年2月27日金曜日

三笠宮? 残っていた「あの」伊勢の石灯籠 ~磯部神社~ | KANSAI SANPO

残っていた「あの」伊勢の石灯籠 ~磯部神社~ | KANSAI SANPO
古代オリエント史と私



・三笠宮殿下

歴史学者になられた殿下は、[1953年]昭和28年1月、日本とユダヤの関係を研究し親善を深める目的で結成された「日ユ懇話会」の会合に出席された。
さらに、

 1954年6月30日に三笠宮崇仁殿下が「日本オリエント学会」を立ち上げました。自分の聞いたところでは、そこで日本とユダヤの関係について情報を集め開示する計画が盛り上がって有志が伊勢に灯籠を立てたのですが、その後当局から緘口令が敷かれ尻すぼみになったそうです。

灯籠設置と時期的に合うので多分本当だと思います。

三笠宮発案の三鷹の中近東文化センター(1979~)の方が公的に知られていますが、

「日本オリエント学会」自体は東京池袋に関係博物館(古代オリエント博物館,1978~)と提携し今でも活動を続けています。

オリエント学会の会報には日ユ同祖論的な学術論文(諏訪のミシャグチと旧約聖書イサクをつなげた清川理一郎氏が代表的)もいくつか掲載されていますが、極めて真面目なものです。


https://www.blogger.com/blog/post/edit/756445346920566665/6069706504837993551


皇室の秘密を三笠宮さまは密かに調べていた!? 古代イスラエルと日本の驚愕の関係とは!

https://youtu.be/UJ3Q5Ibc6e0?si=Hya4I5vIDCEtp0kx
9:45
参考:
以下『十六菊花紋の超ひみつ』より

小林[隆利] 母・仁[しのぶ]は、私が成長し、やがて日本という国について意識するようになりましたときに、初めて本当のことを言ってくれました。
「私の父(明治天皇)が言われたのよ。『日本は神道だが、神道はもとはユダヤ教である。天皇の権限で日本の歴史を調べたが、神道は紀元前にはこの日本にユダヤ教として入って来た。そして、のちに入って来た原始キリスト教に習合されている。だから日本はキリスト教が中心になってくるべきだ』と」。母のこの言葉は私の心に焼き付いています。  
 天皇家の由来についても、明治天皇はこのように語っておられたと、母は、繰り返し言っておりました。 
「日本の元はユダヤ教が母体として入ってきたのだから、日本の天皇家の中心も、日本の国全体の中心も、その源はユダヤにある。それを完成したのがキリストでありキリスト教である」と。

明治天皇が見た八咫鏡は本物なのか?三笠宮さまが導いた日本と古代イスラエルの関係とは!?


https://ameblo.jp/kyoto-sanpo/entry-12905924418.html

残っていた「あの」伊勢の石灯籠 ~磯部神社~

磯部神社

三重県志摩市磯部町恵利原

伊勢神宮別宮・伊雜宮の近くに鎮座する磯部神社。

こちらは初参拝の神社です。

今回この磯部神社を訪問することにした理由は

入口に立っている2基の石灯籠を見たかったからです。

境内にもさらに2基ありました。

この石灯籠は曰く付きなものなのですが、それについては後述します。

今まで全く知らなかった神社なのですが、

地元の方々にとっては重要な神社のようです。

お正月には伊雜宮(いざわのみや=皇大神宮別宮)、この磯部神社

そして佐美長神社(伊雜宮所管社)の順に三社詣でをする慣わしがあるのだそうです。

拝 殿

明治時代の神社合祀の気運の高まりや、昭和までの町村合併などにより

周辺神社の御祭神を当社に奉遷合祀された歴史を持つ神社。

結果、この磯部神社の御祭神は49柱。

正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(マサカアカツカチハヤヒアメノオシホミミノミコト)

そのほか天照大神の御子神や宗像三女神など名だたる天神地祇が祀られています。

本 殿

意外と言っては失礼なのですが、思ったよりも立派な社殿と

地元の方々から大切にされているだけのことはあると納得の境内。

しかも新御敷地(古殿地)もあり、式年遷宮が斎行されている神社のようです。 

境内には皇大神宮(内宮)遥拝所と、神武天皇遥拝所がありました。

そして境内には件の石灯籠が2基。

写真奥の鳥居が神武天皇遥拝所、手前が内宮遥拝所です。

当社は古来、伊勢神宮との関係が密接だったと称しています。

静謐な境内ですが、やはり125社とは違う雰囲気を感じました。

さて、冒頭でご紹介した「石灯籠」の話です。

2018年まで、御幸道路など伊勢市内に見られた石灯籠。

昭和30年頃からあるそれらは、伊勢の風物詩とも言われる光景となっていました。

その石灯籠には六芒星が刻まれていたため、様々な憶測を呼んでいました。

2008年 伊勢市内にあった石灯籠

この石灯籠の「六芒星」は、太陽と月、あるいは星を加えた印

もしくは単純に「カゴメ」の印ではないかと思います。

しかしこの六芒星を「ダビデの星」というイスラム教のシンボルと関連付けて

伊勢神宮とイスラエルとの関係を暗示させる象徴だと主張する人がいました。

15年ほど前ですが、この石灯籠のことを検索すると

日ユ同祖論に絡めて上記のような持論を展開するサイトが氾濫していました。

しかし最盛期には600基余あったと言われる石灯籠ですが

実は伊勢神宮とは全く関係がありませんでした。

なので当然のことながら、神宮の敷地内には1基もありませんでした。

そして2018年、その石灯籠は全て撤去されました。

その経緯を簡単に、地元紙の記事と国土交通省のHPを参考に

以下にまとめてみました。

あの石灯籠は昭和30年頃、とある民間団体によって建てられたもの。

最盛期には600余基あったと言われ、伊勢の風物詩と言われたことも。

しかしすぐにその民間団体とも、代表者とも連絡がとれなくなり

昭和40年頃には、その団体の解散届も出ていたとのこと。

その後は石灯籠の老朽化が問題となり、「撤去」「保存」両面の意見が交錯するも

解決策を見いだせないまま60余年、事件が起きた。

事件というか事故。
2018年4月。路線バスが接触事故を起こした。

その際に落下した灯籠頭部により80代男性が死亡。

死亡事故発生を受け、国と県、伊勢市は撤去に向けて動いた。

その事故の時点で520基あった石灯籠は、国と県、伊勢市が進めた撤去作業により、

2018年11月29日には全撤去が完了した。

撤去作業は参拝者への配慮から、夜間に行われたようです。

しかし520基もの石灯籠の撤去作業は、地元では大きな話題になったと思います。

その撤去作業により、石灯籠は伊勢神宮とは無関係であることが

多くの人の知るところとなりました。

また、撤去前はあまり報じられていませんでしたが

あの石灯籠は60年以上にわたって、

道路の不法占有状態だったことも明らかになりました。

この石灯籠を作った団体がどういう考えを持っていたのかは不明ですが

少なくともこの石灯籠とその六芒星は、伊勢神宮とは全く関係がないと言えます。

磯部神社入口の石灯籠

2018年に全撤去されたと言われる、六芒星が刻まれた石灯籠。

しかしその石灯籠がまだ、いくつか残っていることを最近知りました。

そのひとつがこの磯部神社のものだったのです。

磯部神社に参拝した日に確認しましたが、

伊雜宮の前にある神武参剣道場にもその石灯籠が残っていました。

神武参剣道場

この石灯籠に刻まれた「六芒星」はダビデの星ではなく

日月星の象徴だとする説があるようです。

かつて伊雜宮は伊雜宮を太陽神とし、

内宮・外宮を星神、月神と主張していたことがあったそうです。

神武参剣道場前の石灯籠には「伊勢神宮三宮奉讃献燈」と刻まれていました。

御幸道路などにずらりと並んでいたこれらの石灯籠は

当初、外宮~内宮~伊雜宮を結ぶ計画だったと聞いたことがあります。

伊雜宮(2025.5.25・皇大神宮別宮)

その「終点」と思われる地域にその石灯籠が残っている。

そしてかつて伊雜宮が

「伊雜宮こそが本来の内宮である」と主張して、内宮との関係が悪化した時期があった。

それらを鑑みると、よそ者である私が三宮奉讃とか石灯籠の謎だとかに

迂闊に首を突っ込むべきではないような気がしてきました。

少し大げさかも知れませんが…。

佐美長神社(2024.10.6・伊雜宮所管社)

磯部神社の社務所には、宮司さんがいらっしゃたようでした。

お話を伺うことが出来たら何かわかったかも知れませんが。

能天気なブロガーはお気楽者らしく

「六芒星の石灯籠がまだあったぞー」

くらいの話題で留めておいた方がいいのかも知れません。

磯部神社入口の石灯籠には、電線が引込まれていました。

実際に「灯籠」として利用されているのかも知れません。


伊勢神宮の灯篭編

日月神示の天子&第14代仲哀天皇の5世の孫である倭彦王様(第26代天皇第一候補者)の末裔のブログを閲覧して頂きありがとうございます。

お捻り感謝、感謝ありがとう

真のお味方衆に幸多かれ!

・・・

ちょっと面白い記事があったので先にアップしておきます。

ある方のブログ記事を抜粋します。(すいません)

「明治天皇の孫」が語った真実

この"皇室内の秘密"について、筆者はまったく何の根拠もなく書いているわけではない。実は、「明治天皇の孫」を自称する人物が語っている内容が、天皇家と古代イスラエルとの関係を示唆しているのだ。

 その人物とは小林隆利氏といい、大正14年に名古屋で生まれているが、母親は「仁(しのぶ)内親王」という女性で、その父が明治天皇だという。もちろん、公的にそのような名の内親王は存在しないのだが、実際に明治天皇に何人の側室がいたかは極秘とされており、公表されていない内親王が存在した可能性は否定できないだろう。小林氏がキリスト教系の雑誌『HAZAH(ハーザー)』(2001年2月号)のインタビューで明かしたところによると、小林氏の母は明治天皇から次のように聞かされたという。

「仁、私は天皇の権限で日本という国を調べた結果、日本は、神道である。しかし神道は、本来はユダヤ教である。そしてキリスト教はユダヤ教を完成させるものだ」

 これがもし本当であるとすれば、実に驚くべきことだろう。明治天皇が自らの権限によって皇室の秘密を調べ、このような事実がわかったというのだ。さらに明治天皇は、仁内親王に対して次のように語ったという。

「仁、おまえが結婚して男の子が与えられたならば、キリスト教の牧師にするのだよ。きっと役に立つ時がくるぞ」

 そして、小林氏の母は天皇の遺言通りに、小林氏を牧師にさせた。この話は、古代の天皇が何らかの形でユダヤ教あるいはキリスト教を日本にもたらしたとも受け取れるではないか。真実であれば、天地がひっくり返るような大変な事態だ。

・・・

ちなみに

このキリスト教徒の小林氏も本当は、出雲族:大国主命の末裔

もう一度、はっきりと伝えます。

明治天皇の孫でキリスト教徒に改宗した小林氏は、出雲族:大国主命の末裔

初代:神武天皇の末裔でもなければ、天孫族の神々様の末裔でもありません。

第26代:継体天皇の末裔は、全て大国主命の末裔です。

何度でも伝えます。

全て大国主命の末裔です。

日月神示;一厘の仕組み、『末子世襲制』で根底から引っくり返った瞬間の一つでもあります。


・・・

では、本題です。

皇族の人達の中にユダヤについて調査していた人がおる。

・三笠宮殿下

歴史学者になられた殿下は、[1953年]昭和28年1月、日本とユダヤの関係を研究し親善を深める目的で結成された「日ユ懇話会」の会合に出席された。

ちなみにこの方も本当は

出雲族:大国主命の末裔

・・・

昭和28年1月には、すでに歴史学者でユダヤの事について研究されてたみたいです。

今回は、この年月がポイントです。

・・・

今更ながら、振り返ると感謝しかない学問オタクの方達です。

ありがとう。

基本事項

・台座のダビテの星 → 現在のイスラエルの国旗にも取り入れられている六芒星のマークは「ダビデの星」とも呼ばれているが、実際には歴史上実在したダビデ王とは関係がなく、後世に考案されたものである。と説明されてます。

伊勢神宮のインチキ灯篭・・・

伊勢神宮の灯篭

ヤフー知恵袋に質問及び回答された奴です。

質問
ユダヤのシンボル:ダビデの星が伊勢神宮の灯篭に彫られている.....と日ユ同祖論者は必ず言います。彼等のどの本やサイトにも掲載があるダビデの星は、ユダヤ王の紋章であり、所謂「六芒星」で六角形のユダヤのシンボルマークです。古くからあるこの灯籠が、伊勢神宮とユダヤの結びつきを示すと、彼等は言います。神道、及び、神社と結びつく証拠だと
...............ところが、これが、トンでもない大嘘!
実は、この灯篭、伊勢神宮とは別の団体が[1955年]昭和30年に寄進として建て始めたもので、伊勢神宮の管理物ではありません。 しかもその団体は、建立寄進後、解散してます。伊勢市議会において平成19年(2007年)、撤去決定。 既に撤去されて、ドコにもありません。

それらの灯籠は、建立後約50年を経て老朽化が目立ち、問題になり始めました。 建てた信奉者団体は既に解散していて、灯籠は所有権がハッキリしてません。勿論、伊勢神宮とは関係ありません。伊勢市議会では、東海地震対策として対震性がないことから、危険と判断して、撤去を決め、2007年から新しい灯篭に交換作業を行い、すでに完了してます。
新しい灯籠は全て市民の公募デザインの灯籠です。

------------------------ 伊勢市会議議事報道 ------------------------

平成19年度 伊勢市第1回経営戦略会議 会議結果の概要

○開催日時

平成19年4月23日(月)午後3時~午後5時

○開催場所

本庁東庁舎4-2会議室

○出席者

市長、副市長、会計管理者、総務部長、財務政策部長、生活部長、環境部長、健康福祉部長、産業部長、観光交通部長、都市整備部長、上下水道部長、二見総合支所長、小俣総合支所長、御薗総合支所長及び市立伊勢総合病院事務部長

この灯ろうは、昭和30年(1955年)に設立された「伊勢三宮奉賛献灯会」という任意団体が、当時、伊勢神宮に奉献することを目的として、御幸道路と市道に三重県知事と伊勢市長の道路占用許可を得て建てたものであり、その後には、国道23号の拡幅工事等に伴って、一部が宇治浦田街路広場に移設されている。

・昭和39年(1964年)に「伊勢三宮奉賛献灯会」が解散した後は、灯ろうの所有者が明確でない状態となり、また、灯ろう自体の経年による劣化や耐震強度の点から安全性に問題があることから、東海地震等の発生が危惧されている今日においては、灯ろう問題の解決を図ることは、喫緊の課題となっている。

・懇話会では、市民アンケートの結果も踏まえて検討した結果、今後も灯ろうのある風景は「伊勢らしい良好な風景」として残していくべきであり、その方法については、安全性の確保の観点等から現在のものを撤去し、更なる良好な景観を形成していくため、新たな灯ろうを設置することが適当であるとの結論となり、.....

------------以上、伊勢市会議議事報道-------------
ハッキリ明記されている。

伊勢神宮とは何の関係もない、昭和の製作物である。

更にに言えば、日本で最高級とされる石材は「庵治石」である。 日本で最も雨風による風化に強く、文字や線刻などが消えにくいからである。 しかし、この最強の石ですら、線刻は約300年しか持たず、削り取られてしまう。室内や洞窟内ならいざ知らず、風雨に晒される屋外で、1000年も2000年も六芒星の刻印が持つはずがないのである。 少し考えれば分かりそうなものだが.....明らかに新しいものである。
日本の出自、国家の成り立ちは、誰しも興味があるところだ。 しかし、日ユ同祖論を唱えるor信奉するものは、無理やりこじつけるという典型事例である。
ユダヤと同祖であると言われたのは日本だけではない各時代において経済繁栄していた国家であり、かっては英ユ同祖論が唱えられた。

どうして、日ユ同祖論者は、このようなミエミエの嘘を付くのだろうか???
嘘をついてでも日ユ同祖論をゴリ押ししたいのだろうか???

補足

更に驚愕の事実が判明。

六芒星(ダビデの星)が、ユダヤのシンボルとして使われるようになったのは、17世紀以降だという事実。イスラエル共和国の国旗に採用する時、ユダヤ人にはあまり馴染みがないマークであったので、使用するかどうかで大論争になった。13~15世紀には、五芒星とともに、魔術であるカバラのシンボルとして使われており、直接ユダヤ人とは、関係がなかった。シュメールからユダヤに伝わったのがカバラであり、中国の陰陽道。 陰陽道では、五芒星・六芒星がおなじみのマークとなると、日ユ同祖論で言う。

①伊勢神宮の灯籠に刻まれた、神宮のマークがユダヤのシンボル

とんでもない嘘。元々、ユダヤのマークでないのだから。ユダヤのシンボル化は、17紀以降。しかも、伊勢神宮には関係のない団体が、昭和30年に勝手に造った。

②元伊勢:元伊勢 籠神社と真名井神社の六芒星

ユダヤとは無関係の、ただの籠目紋です。ひどすぎる、証拠の捏造。

回答者

その通り

日ユ同祖論の嘘として有名

灯篭は伊勢神宮と、無関係である


~~~~毎日新聞 三重版~~~~~~~


石灯籠:老朽化で新調へ--伊勢 /三重

伊勢市内に建てられている石(いし)灯籠(どうろう)を管理する社団法人「神宮環境振興会」(田中勲会長)は7日、石灯籠を新しく建て替えるため、伊勢市の外宮前公園で地鎮祭を行った。老朽化に伴う建て替えで、耐震化も図ることにしている。 現在、同市内には伊勢神宮内宮と外宮を結ぶ道路沿いに約670基の石灯籠が設置されている。ほとんどが1955年代に建立されており、ひび割れたものや傾いたものがあって危険な状態が続いている。 関係者ら約80人が参加した地鎮祭では、田中会長や伊勢市観光協会の牧戸福司会長らがくわ入れをして、工事の安全を祈願した。田中会長は「伊勢神宮と伊勢市の発展を祈り、立派な灯籠を建立したい」とあいさつした。 今年4月から古い石灯籠の撤去を始め、12年度までに620基を建立する。新しい石灯籠は白御影石(しろみかげいし)で、高さ4・5メートル、幅50センチと高さ3・5メートル、幅40センチの2種類。太陽光発電で蓄電し夜間は発光ダイオード(LED)が光る仕組み。地中部は鉄筋コンクリート製の基礎の下に約3メートルのくいを埋め込み、震度7の地震にも耐えられるという。【渡辺隆文】

〔三重版〕
毎日新聞 2009年2月8日 地方版
---------------------------------------
>更に驚愕の事実が判明。
>六芒星(ダビデの星)が、ユダヤのシンボルとして使われるようになったのは、
>17世紀以降だという事実

酷いね.........

文献を調べてみたが、確かにそうだ。 昔は、ユダヤのシンボルとされていなかった。「籠神社と真名井神社の六芒星」というのも、ユダヤとは全然関係がない。どんでもない話だ

日ユ同祖論者というのは、朝鮮人ソックリだな。火病で、平気で嘘をつく。ゴールポストも平気で動かす。真の日本人は、己の都合に関係なく、客観的な事実に基づいて、合理的思考で
公正な答えを出す。たとえ己に不都合であっても

以上です。

・・・

・巷のオカルト肯定派は、これをもって日ユ同祖論を肯定的に展開した。

・巷のオカルト否定派は、これをもって日ユ同祖論を否定した。

どちらも読みが足りないですよ。もう少し深く先読みをする訓練をして下さい。

でも、学問オタクのお手柄です。

その辺りについては、物凄く感謝してます。

・・・

私の見解

以前にもアップしましたが、日ユ同祖論の為にオカルト肯定派の誰が、自腹切ってお金を出して、手間暇かけてこんな子供騙しのインチキ灯篭を作るか?

自腹切って迄、日ユ同祖論を展開して、何のメリットがあるのか?

物凄く疑問に思います。

これは、ダビテ王の末裔が天皇一族だと日本国民を洗脳させる為に、『伊勢三宮奉賛献灯会』(間抜けな日本のDS達かな?)が勝手にインチキ灯篭を作ったと判断してます。

・・・

三笠宮殿下は、昭和28年1月には、すでに歴史学者でしたよね。

ユダヤについても調査されてましたよね。

伊勢神宮のインチキ灯篭の建て始めた時期



別の団体が昭和30年に寄進として建て始めた。

タイミングが、何となくピッタリですよ。

・・・

今の天皇一族が、本当にダビテ王の末裔&神武天皇の末裔であるならば、こんなインチキする必要もないでしょう。

・・・

・偽天子達に騙されてた人々

・私に斬りかかってきた人々

などは、この程度の長文は、チャチャっと何度も読む癖を付けて下さい。

まずは、そこからですよ。

それでは

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