多くの人は、帆が紀元前5千年紀より以前に使われていたとは考えていない。だが、それよりずっと以前に発明されていた、と考える人もいる。[1] ククテニ文化の陶器の考古学的研究によると、紀元前6千年紀にセイルボートが使用されたというしるしがある[4]。
古代メソポタミアのウバイド期(およそ紀元前6000年-紀元前4300年)には、セイルボートが使われていたことを示す、より明確な証拠がある。[5]

古代エジプト時代の墳墓から出土した花瓶(紀元前4000年頃のものと推定されている)に帆をもつ船が描かれているものがある。
中国では後漢時代(25年 - 220年)の書『釋名(しゃくみょう)』に、織物の帆を使用したと推測される記述があり、また「柱を立つを椳(わい)と曰う。椳は巍(ぎ)なり。巍巍として高きかたちなり」と記されているが、椳とは観音開きの門の回転軸のことで(後述書 p.99)、左右に一軸ずつあった。すなわち門の軸のように船の両舷に一本ずつ柱が立っていたことを表している。これは横帆とみられる(後述書 p.99)。三国時代の『三国志』にも帆走の記述が度々見られる[6]。
和船の帆に関しては、古墳時代には絵で両舷の帆が確認されるが、中世になると中央に帆柱を立てた四角帆となった(詳細は「和船」の帆を参照)。10世紀中頃の『和名類聚抄』巻十一の帆に関する記述には、中国の『釋名』に関する引用が見られるため、早くから古文献的な歴史を認知していたことがわかる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%86帆
帆の発明は、車輪の発明と同じくらい、あるいはそれ以上に重要な技術的な進歩だった。一部では、新石器時代の新生活様式のもとで、あるいは太古の文明の都市で、帆が使われるようになっていったしるしがある、と言われている。だが、いつどこで帆が発明されたか知られていない。[1]:173備考として、服といった身に着ける布の登場はコロモジラミの研究から7万年前とされる(布#歴史参照)。
水上運送の初期の発展は、おもに世界の2つの地域で起きたと信じられている。地中海と東南アジアである。それらの海域は、水温が温かく、筏を使っても低体温症にならずに済み、目に見える距離に島々があったので、人々は水上を旅したいという気持ちにさせられたし、そういう旅をするのに高度な航法など必要なかったからである。それに加えて(地中海沿岸、古代エジプトの)ナイル川を移動する場合は、川が北向きに流れているのに対して風は南向きに吹いており、川を下る場合は流れにまかせて、川を上る場合は追い風の力を利用して行き来すればよかった。[2]:113[3]:7
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