万葉集 現代語訳 巻一雑歌36・37・38・39
持統天皇が吉野離宮に行幸されたときに、柿本人麻呂が作った歌36 やすみしし わが大君の 聞こしをす 天の下に 国はしも さはにあれども 山川の 清き河内(こうち)と 御心を 吉野の国の 花散らふ 秋津の野辺に 宮柱 太敷きませば ももしきの 大宮人は 舟並めて 朝川渡り 舟競(きお)ひ 夕川渡る この川の 絶ゆる事なく この山の いや高知らす みなそそく 滝のみやこは 見れど飽かぬかも
※枕詞:やすみしし、御心を、花散らふ、ももしきの、みなそそく
※「聞こしをす」お治めになる。
※「河内」川の流れを中心として、その両岸一帯の地域。
※「御心を」〈み心を寄す〉で吉野の〈よし〉に掛けた枕詞。
※「太敷きませば」〈太〉接頭語。尊い。立派な。いかめしく。〈敷きます〉お治めになる。〈ば〉確定条件。
※「滝」急流。
※「都」天皇の居場所。
わが天皇がお治めになる
天下に国はたくさんあるが
中でも山や川の景色の
きれいな川の流域として
心をお寄せになっておられる
吉野の国の秋津の野辺に
立派な御殿を建てられたので
御所に仕える官人たちは
船を並べて朝川渡り
船を競って夕川渡る
この川の水絶えることなく
この山高く聳えるように
いつも変わらず高く聳える
吉野の滝の離宮の御所は
見ても見飽きることがない
反歌
37 見れど飽かぬ吉野の川の常滑(とこなめ)の絶ゆる事なくまたかへり見む
※「見れど~常滑の」〈絶ゆる事なく〉の序詞。
※「常滑」水苔などがついて滑らかな岩。
見ても飽きない吉野の川の
その川底の滑らかな
岩のように絶えることなく
帰って来てはまた見よう
38 やすみしし 我が大君 神(かむ)ながら 神さびせすと 吉野川 たぎつ河内に 高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば たたなはる 青垣山 やまつみの 奉(まつ)る御調(みつき)と 春へには 花かざし持ち 秋立てば 黄葉(もみじ)かざせり 行き沿ふ 川の神も 大御食(おおみけ)に 仕へ奉ると 上(かみ)つ瀬に 鵜川を立ち 下(しも)つ瀬に 小網(さで)さし渡す 山川も 依りて仕ふる 神の御代かも
※枕詞:やすみしし
※「鵜川」鵜を使って魚を追わせて獲る漁法。
※「小網」すくい網。
わが天皇が神として
ご意志のままに神らしく
お振舞いになるために
吉野の川の急流の
谷間に立派な高殿を
お建てになって登り立ち
国見なさると幾重にも
連なる山の峰々は
山の神がこれですと
差し出す貢ぎ物として
春には花を髪に挿し
秋になると色づいた
紅葉を飾り立てている
離宮に流れ沿う川の
神も帝にお食事を
さし上げようと上流の
瀬で鵜飼いして下流では
網で魚をすくい獲る
山や川の神までが
従い仕えるありさまは
神の帝の御代である
反歌
39 山川も依りて仕ふる神ながらたぎつ河内に舟出せすかも
※「依る」服従する。
※「神ながら」神でおありになるままに。神の本性のままに。
※「たぎつ」水が激しい勢いで流れる。
※「河内」川の流れを中心として、その両岸一帯の地域。
山や川の神々までが
仕え従う神として
帝は川の速い流れに
船をお出しになることだ
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