2025年4月4日金曜日

いまの日本人のDNAは「大陸から来た渡来人」が9割…最新のゲノム研究でわかった日本人の意外なルーツ(プレジデントオンライン) - Yahoo!ニュース

いまの日本人のDNAは「大陸から来た渡来人」が9割…最新のゲノム研究でわかった日本人の意外なルーツ(プレジデントオンライン) - Yahoo!ニュース


いまの日本人のDNAは「大陸から来た渡来人」が9割…最新のゲノム研究でわかった日本人の意外なルーツ


https://news.yahoo.co.jp/articles/c4724048f363458732ad112319975746cb37a227


いまの日本人のDNAは「大陸から来た渡来人」が9割…最新のゲノム研究でわかった日本人の意外なルーツ

配信

プレジデントオンライン


■旧石器時代という大きな謎  【星野】そもそも、日本列島に最初のホモ・サピエンスが現れたのは約4万年前といわれます。そこから縄文時代が始まる1万6000年前までの間、旧石器時代については分からないことが多いとか。  【篠田】一番の謎といっていいでしょう。人骨が極端に少なく、生活ぶりや人口動態を復元する手がかりがほとんどありません。旧石器時代は2万年以上も続いているはずですが、われわれは断片的な石器遺跡から推測するしかない。  もし今後、旧石器時代の人骨がまとまって見つかり、DNA解析が行えるようになったら、日本人の起源をめぐる議論は大きく塗り替わる可能性があります。これは列島だけでなく、東アジアや東南アジア全体の人類拡散とも深く関わりますから、非常にエキサイティングなテーマですね。  【星野】先生の著書では、日本列島に人々が来たルートが複数あると指摘されています。北方から、南方から、そして大陸側からと。  【篠田】日本列島はユーラシア大陸の東端に細長く連なり、氷河期には海面が低くなっていたこともあって、さまざまなルートで人が入ってきたと考えられます。  沖縄や奄美など南西諸島には南方系の集団が、北海道にはオホーツク文化など北方系の流れが、そして九州や本州には朝鮮半島経由のルートがあった。これらが何度も波状的に流入・混血を繰り返した結果が、現在の日本列島に住む人々だと思われます。 ■日本人の起源は「縄文+弥生」ではない  【星野】つまり、最初から一方向で来たわけではなく、複数方向から人が入った。  【篠田】そのうえ縄文後期〜弥生〜古墳と、文化的にも断続的に大陸との交流があったはずです。そう考えると、日本人の起源は単純な「縄文+弥生」の二重構造で片づけられない複雑さをもっています。  【星野】教科書でも習う「二重構造モデル」(※)は、やはり通用しなくなってきているのでしょうか。  ※ 東南アジア系の縄文人に北方アジア系の渡来人が混血し日本人が形成されたとする仮説。東京大学名誉教授、国際日本文化研究センター(日文研)名誉教授の埴原和郎(1927〜2004年)が発表。  【篠田】大枠では有効ですが、実はずっと前から「沖縄と北海道はどう説明する?」という問題は指摘されてきました。  沖縄やアイヌに高い縄文DNAが残っているのは、弥生的な混血が遅れた、あるいは局所的に進まなかったからですが、同時に南方・北方の要素も混在している。  さらに、古墳時代や中世以降にも渡来や移動があった可能性を考えると、「縄文対弥生」だけでは収まりきれない歴史が垣間見えてくるわけです。今後、古代DNA研究が進めば、「どの時期にどの地域から来たDNAが、どこに残ったのか」まで判明していくかもしれません。

■外来種が今の世界を作った  【星野】先生の研究にもあるように、「日本人のDNAの9割は外来」という話を聞くと、「私たちは結局、外から来た人々の子孫ばかりなのか」と思ってしまいます。  【篠田】実際、日本列島だけでなく世界各地がそうなんです。ヨーロッパ人だって狩猟採集民、農耕民、牧畜民などの集団が混ざり合い、現在に至っています。  時間スパンを長く取れば、もともとアフリカで生まれたホモ・サピエンスが全球的に拡散した歴史ですから、ある時代を境に外から来た人を「外来種」と呼んだところで、つまるところ境目は恣意的なんですよ。  ただ、私たち日本列島の視点で言えば、縄文人が2万〜3万年以上かけて育んできた文化に、農耕を中心にした渡来民が3000年前ごろ流入し、圧倒的に人口を増やしたことが今のDNA構成を生み出した──それを「外来DNAが9割」と表現しているわけです。  【星野】篠田先生は別の著書で「1万年前の狩猟採集民のほうが脳容量が大きかった」とも書かれていますよね。それは現代人より優れていたということなのでしょうか。 ■狩猟採集民のほうが脳が大きかったワケ  【篠田】脳のサイズだけで知的水準を測るのは難しいですが、狩猟採集を主とする社会では一人ひとりが幅広い知識や技能を身につけないと生きていけませんでした。自然界の動植物を見極め、危険を回避し、獲物を仕留める道具を工夫する。現代人ならAIに頼ったり、専門家に任せたりしてやり過ごせることも、当時はすべて自力だったわけです。  ただホモ・サピエンスとしての認知能力は2万〜3万年前から大きく変化していないとされていますし、文明社会では逆に分業と協力で高度な技術や科学を発展させてきた。昔が賢い、今がバカという話にはならないということですね。  【星野】今後、日本人の起源について研究がさらに深まれば、どんな新しい景色が見えてくるでしょう?  【篠田】やはり古代DNAの解析精度が格段に上がっているので、弥生や古墳はもちろん、中世〜近世の遺骨解析が進むと、「実はこの時代にも意外な渡来があった」「ここには北方系が紛れ込んでいる」など、これまで想像しなかった事実が浮かび上がると思います。  朝鮮半島側や中国東北部などの古代DNAとも比較すれば、日本列島に入ってきた集団の具体的な系統がかなりはっきりするでしょう。二重構造モデルがどう細分化されていくのか。そこにこそ、私が今いちばん期待している研究の発展があります。


■「日本人の成立の解明」の大きな効果  【星野】沖縄や北海道、いわゆる列島の南北を丁寧に見ていくことも大切だと感じました。  【篠田】本州中心だと見えにくい流れが、南北にははっきり残っているんです。沖縄のグスク時代(中世期)まで稲作が本格導入されなかったことや、北海道が弥生化せずにオホーツク文化や擦文(さつもん)文化を経てアイヌへとつながったことなどは、ある意味で「日本列島における別の歴史」を示唆しています。  たとえばアイヌは縄文系が7割以上とも推定されていますが、一部には北方系のDNAが混ざっている。沖縄の3割ほどの縄文系も、実は南方系との交流が重なっていて、本土とは異なる独自の混血パターンになっている。こうした多様性が日本全体の“豊かさ”とも言えるわけです。  【星野】日本人のルーツにこれほどさまざまな要素があると知ると、私たちの自己認識も変わりそうですね。  【篠田】大いに変わると思います。結局、人間は常に動いて混ざり合ってきました。今も世界各地で移民や難民など移動が続き、「排外主義」が起こる国もありますが、DNAが示すのは、「どんな国や地域にも多様な系譜が入り混じっている」という事実です。  日本列島を例に取ってみても、南北端の歴史を検証すれば、一方向的な同質集団であるはずがありません。日本人はもともとそうやって成立してきたんだ、という視点は、アイデンティティを狭く捉えがちな風潮への一つの処方箋になりうるでしょう。 ■クラファンを始めたワケ  【星野】先生ご自身として、まだ解明されていない部分で興味をそそられるのはどのあたりですか。  【篠田】やはり旧石器時代の人骨をはじめとする超古代のDNA解析ですね。これがまとまった数で行えるようになれば、日本列島の最初期にいた人々がどのようにアジアからやってきて、どんな経路で北と南に分岐したのか、もっとリアルに描けるはずです。さらに古墳時代〜中世の骨についても、朝鮮半島や中国華北・華中の古代DNAと合わせて比較すれば、弥生以降の「第2、第3の渡来」がどこで起きたのか分かるかもしれません。  「日本人とは何か」という問いに対して、どんどん実証的に答えられるようになっていくと思います。でも分かれば分かるほど、いかに多重的かが分かる、というのがおもしろいところですね。  【星野】最後に、国立科学博物館のクラウドファンディング(以下、クラファン)について教えてください。2023年8月7日にスタートして1日で目標1億円を突破し、非常に多くの支援が集まりました。多くの方が驚かれたと思いますが、いつ、どんな理由で実施したのか、改めてお聞かせください。  【篠田】今回のクラファンは、コロナ禍や国際情勢による物価・光熱費の高騰で、国立科学博物館の標本保存や研究活動を支える運営費が大きく逼迫したことが直接のきっかけです。コロナによる入館料収入の激減、新収蔵庫建設の資材高騰、電気代の大幅な増加──これらが重なり、予算不足が深刻化しました。

国立科学博物館館長 篠田 謙一、プレジデントオンライン編集部 星野 貴彦


飯島雅史さんによるXでのポスト 恐怖の樹 ゴシック文学の展開

 
 
飯島雅史
⁦‪@Masafumi_Iijima‬⁩
新聞の切抜きなどにまぎれて出てきました。右下に注目です。「イラスト/紀田順一郎」と書かれています。
先日、奇妙な世界さんが派生?作品を調べておられた「猿の手」も、当然のことながら入っています。 pic.x.com/YNuhngTwg2
 
2025/04/04 12:47
 
 
https://x.com/masafumi_iijima/status/1908003348009333153?s=61

恐怖の樹 ゴシック文学の展開
*ハインライン / 宇宙の戦士(1959)
*クラーク/少年時代の終り(1957)
*アシモフ/鋼鉄市/1954) C.ウィリアムズ/万季節の夜(1949)
*シマック/都市(1952) ルイス・ゴールディング/幽霊の窓(143)田田)
デニス・ホイートリ/黒団(1948)
☆法の悲(1942)
*デミトリオスの棺 (1939)
*ローマ帽子(1929)
*ベンスン (1926)
☆赤毛のレドメイン(1922) チャペック/R.U.R.
コリア/緑の思い(1932)
アポリネール
*(樽(1920)
*トレント最后の事件(1913)
ローマー
ダンセニー
ロンドン
キプリング
ゴーティエ
*アルセーヌ・ルパン (1907)、
フォルヌレ
ドルヴィリ
*ルルー/黄色の部屋 (1907) D
S
シュップ
メリメ ロラン
H.ジェイムズ/ねじの回転(898)
* ウェルズ/透明人間 (1897)
F.オブライエン
*ドイル/緋色の研究(1887)
モーパッサ
M・クロフォード
スタヴンスン
/オルラ(1886)
W.コリンズ
マクドナルド
*ヴェルヌ/海底二万里 (1869)
98
DT-スター
T.スターション
R.ブロック/サイコ (1960)
レイ・ブラドベリイ
「J.P.ブレナン
C.ジャコビ
C.A.スミス
D. ワンドレイ
オーガスト・ダレス
H.P.ラヴクラフト/アウトサイダー (1939)
・EF・ベンスン/いも虫
E.L.ホワイト/ルクンド (1927)
「L.P.ハートレー/夜の恐怖 (1924)
H.H.エーベルス/吸血鬼(1920)
サキ/開いた窓(1914)
0.0% R.ヒチェンズ/魅入られたギルディア教授
「W.F. ハーヴィー/眞夜中の家(1910)
W. デラメア / 死者の誘い (1910)
A.ブラックウッド/空屋(1906)
M.R.ジェイムス/怪談集 (1904)
ジェイコブズ/猿の手(1902)
ブラム・ストーカー/ドラキュラ(1897)
A・ビアース/ いのちの半ばに(1891)
1950
1900
アーサー・マッケン/パンの大神 (1884)
タルアー
クライスト
(1841)
S.レ.ファニュ/曇りガラスの中 (1872)
1850
モルグ街の殺人
M. オリファント
ホフマン/悪の美酒(1816)
エドガー・アラン・ポー / 怪奇物語(1840)
ディケンズ
POE

ホーソーン
B.リットン/幽霊屋敷
マチューリン/放浪者メルモス (1820)
1800
F. マリヤット/ 人狼
W. アーヴィング

M・シェリー/ フランケンシュタイン(1818)

M.ルイス/マンク (1796)
ラドクリフ/ユドルフの秘密(1794)
ベックフォード/ヴァセック (1786)
レッシング/ハンブルク演劇論(1767-9)/

D.デフォー/ヴィール夫人 (1706)
〔スェーデンホルク]
デフォー/ヴィール夫人 (1706)
グリフィウス/恋する怪物(1660)
ロマンチ
H.ウォルポール/オトラント城 (1764)
イラスト/紀田順一郎
1700

「阿波」という地名が使われるようになったのは、いつ頃からか。 | レファレンス協同データベース

「阿波」という地名が使われるようになったのは、いつ頃からか。 | レファレンス協同データベース

レファレンス事例詳細

「阿波」という地名が使われるようになったのは、いつ頃からか。
下記資料に記述あり。
【A】『国史大辞典 第1巻』
 p364「あわのくに」の項。
 阿波国成立に関する記述あり。
 「古代の阿波国は北方と南方に二分され、北方は粟国、南方は長国と呼ばれ、…大化改新後、両国は合一して阿波国(上国)となり、…」
【B】『日本古代史大辞典 旧石器時代~鎌倉幕府成立頃』
 p34「あわのくに[阿波国]」の項。
 「律令制以前には北部の忌部氏による粟国と南部の三輪系の海人による長国があったといわれる。」
【C】『神道大系 古典編 8』
 p205「国造本紀」で、「阿波國造」あり。
 「国造本紀」は、9世紀後半に成立したとみられる『古語拾遺』等の文を借用していたと考えられる。
【D】『神道大系 古典編 5 古語拾遺』
 p24「古語拾遺」(大同2(807)年を、一応の成立年とする)で、「阿波國」あり。
【E】『徳島県の歴史』
 p51 阿波国成立に関する記述あり。
 「七世紀末の飛鳥浄御原律令と八世紀初頭の大宝律令によって…律令国家が成立する。こうした変革期のなかで、徳島県域には…古代阿波国の名前があたえられた。」

阿波古代史を知るための公開古文書リスト、「阿波國風土記」他(更新2024.5.13)|committed to excellence 阿波古代史など

阿波古代史を知るための公開古文書リスト、「阿波國風土記」他(更新2024.5.13)|committed to excellence 阿波古代史など

阿波古代史を知るための公開古文書リスト、「阿波國風土記」他(更新2024.5.13)

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阿波邪馬台国説を提唱する、先人の調べた資料・痕跡をたどるために、
とくに、ネット上で無償公開されて読めるものを中心にピックアップした資料を列挙して紹介しておきます。

※なにゆえ古代史であり、それぞれの内容の真偽は不明です。
私は、先人の説におおむね賛同しており、阿波から始まった政権が奈良平城京に遷都したと考えています。
ただし、近年までの考古学的成果を踏まえて、少し修正すべき点もあると思います。

道は阿波より始まる(岩利大閑著)

道は阿波より始まる(その1,その2、その3)は 徳島のスーパー・キョーエイ(京屋社会福祉事業団)から発行されているものであるが、これを読まずしては始まらない。
「狐の帰る國」の著者坂東一男氏の家系に伝わる伝承を、岩利大閑氏とともに調べてまとめ上げたものである。

後世の阿波邪馬台国説を語る人は、これをベースにしている。

狐の帰る國(坂東一男著)

著者が生まれた実家、徳島県旧勝浦郡多家良村(徳島市八多町)に伝わる伝承をもとに、万葉集の舞台を説明した本です。
坂東氏は、「道は阿波より始まる」著者の岩利大閑氏とともに、阿波古代史を解き明かしてきました。

(新発売)最終結論 皇都ヤマトは阿波だった

岩利大閑氏の後継者? 笹田孝至 (著)  阿波国古代研究所 2024年4月18日発売予定
目次
第一章 記紀神話の封印(謎)を解く
第二章 阿波国延喜式内社
第三章 神話の本源地(舞台)を復元する
第四章 神武天皇の東征
第五章 倭(阿波)と大倭(奈良)
第六章 遷都はいつ行なわれたか

(新発売)甦る皇都阿波への旅: ~岩利大閑に導かれて~ 古事記が示す神々の舞台

藤井 榮 (月神文芸)  Kindle版 藤井 榮 (著) 2024.2.8発売

岩利大閑氏、笹田氏の説を徳島以外の人にもわりやすく地図・写真と対応させて説明しています。全体像をつかむのにも詳細を知るための入り口としてもおすすめします。

国会図書館デジタルコレクション

粟之抜穂 巻1 飯田義資 著 徳島県教育会, 1961

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古風土記逸文 栗田寛 纂訂 大岡山書店, 1927

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阿波

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勝間井 アマノリト山
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アマノリト山(つづき)
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伊予 天山
倭に天加具山あり。・・・

萬葉集叢書 第八輯 古今書院, 大正15

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阿波國風土記ニモ
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中ノミナトとは、阿波國・・・
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阿波国の風土記のことくは、そらよりふりくたりたる山のおほきなるは、阿波國にふりくたりたるを、あまのもとやまと云。 その山のくたけて、太和國にふりつきたるを、あまのかくやまといふとなん申。此儀によらは、別の心えやうもいるへからす。 あまくたりつきたる、あまのかく山といひつへし。
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阿波國風俗也
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阿波國風土記云、勝間井冷水、勝間井と云由は者、倭健天皇乃・・・

万葉集叢書 第五輯 第三卷上 古今書院 大正14

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(阿波)藤原宮の藤の花は盛りなり。(奈良)平城京に移った君はどうしているのだろう?

上代歴史地理新考 : 附・風土記逸文註釈 第1 風土記逸文新考 南海道,山陽道,山陰道 上代歴史地理新考 北陸道 井上通泰 著 三省堂, 昭和16

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あまのもと山

阿波国徴古雑抄 小杉榲邨 編 日本歴史地理学会, 1913

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阿波の歴史地理 第1 福井好行 著 1964

岩利大閑氏よりも古くから郷土史を調査していた方

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粟国、長国、伊予、土佐、讃岐は直轄だったため、国造の設置が後回しになったのか?
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徳島県郷土史 徳島県教育会 編 大正7

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成務天皇の御代から国司が阿波にはおかれていた

阿波の昔語 : 郷土研究 橋本亀一 編 [橋本亀一], 昭和6

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道は阿波より始まる その1

(阿波風土記伝承と磯上乃古事記) は公開されていないので、発行元からの直接入手が必要だが、その2、3はなぜか公開されている。

道は阿波より始まる その2

(阿波風土記伝承と磯上乃古事記) 
岩利大閑 著 阿波国々史研究会, 1986.5

道は阿波より始まる その3

(阿波風土記伝承と記紀の史実)
岩利大閑 著 阿波国国史研究会, 1989.5

邪馬壱国は阿波だった

: 魏志倭人伝と古事記との一致
古代阿波研究会 編 新人物往来社, 1976

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邪馬壱国は阿波だった : 魏志倭人伝と古事記との一致

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邪馬壱国は阿波だった : 魏志倭人伝と古事記との一致

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邪馬壱国は阿波だった : 魏志倭人伝と古事記との一致

邪馬壱国は阿波だ

堀川豊平 [著] 教育出版センター, 1982.3

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邪馬壱国は阿波だ
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邪馬壱国は阿波だ
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邪馬壱国は阿波だ

高天原は阿波だった

山中康男 著(元日本テレビ社員) 講談社, 1977.3

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高天原は阿波だった

新しい阿波史 (新生文庫)

飯田義資 著 徳島新聞出版部, 1953

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新しい阿波史

徳島県史料 第2巻 (阿府志,阿淡御条目)

徳島県史編さん委員会 編 徳島県, 1967

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阿府志 巻第十二
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阿府志 巻第十三

佐那河内村史 1967


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佐那河内村史

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佐那河内村史

名東郡史 1960

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大和時代 阿波国造
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大和時代 阿波国造 

徳島市史 第1巻 (総説編) 1973

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大化の改新

鴨島町誌 1964

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大化の改新以前 鴨島町の古墳とその副葬品

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呉島郷 大陸からの帰化人

小松島市史 風土記 1977

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阿波三峰

小松島市史 上巻 1974

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板野郡誌 上巻 1972

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神領村誌 1960

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折口信夫全集 第七巻

  折口博士記念古代研究所 編 中央公論社, 昭和41 1966
日本文學の發生 序說/153

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日本文學の發生 序說

御肇国史 開篇 大槻如電 著 昭和8

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御肇国史 主篇

宮内庁 図書寮文庫

宮内公文書館 陵墓資料(繪図類)阿波国名方郡図 ※非公開

宮内公文書館 陵墓資料(繪図類)東大寺文書 阿波国名方郡新鳥山庄絵図(条里図)/天平宝字2年 ※非公開

阿波志 (12巻) ※非公開

万葉集作者部類1巻) 文化二(1805) 阿波国文庫&不忍文庫 

国書データベース 唯一の日本古典籍ポータルサイト

★阿波國風土記 巻之一,K1,地誌,久富/憲明,1件,619352
(筑波大学付属図書館)

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阿波国風土記
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天照皇太神の御弟神素戔嗚尊の御悪行を・・・
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人皇の第一神日本磐余彦**天皇舟師を引率したまひて・・・
皇帝の命令に背き・・・長髄彦征罰・・・

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(鴨島は神島?)
鴨島村・・・かもとかみとの誤り也と伝・・・又宮地と伝・・・
西門東門・・・神領の蔵あり
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阿波國古郷名附 風土記編纂
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高足(タカシ) 土師
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讃州界道 天皇社 拝村 種穂山忌部社
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鴨島 古は 冠島ナリ
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阿波國風土記編纂雑纂
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麁妙服事

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阿波真人廣記

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阿波國風土記
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粟の落穂,K1,地誌,野口/年長(野口/直道) 編,安政三,3件,87489

万葉集作者部類(1巻) 文化二(1805) 阿波国文庫&不忍文庫  
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「人麻呂は飛鳥のち岡本宮のひに生まれて藤原京和銅の始奈良へ遷都より前にみまかれし也この人すべて日本紀にのす万葉考別記に詳し」

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万葉集作者部類(1巻)

徳島県立図書館 郷土古文書資料一覧

https://library.bunmori.tokushima.jp/digital/monjyo/kmonjyo.html

阿波志 藤原之憲著 文化一二(一八一五)
阿府志 赤堀良亮著 天明二(一七八二)
阿波志抄 柴野碧海著 文化二(一八〇五)
粟の落穂 野口年長著 安政三(一八五六)
阿波国後風土記巻 松浦長年著 明治二(一八六九)

阿波志 一
阿波志 二
阿波志 三
阿波志 四
阿波志 五
阿波志抄
異本阿波志 上
異本阿波志 下

阿府志 十二

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阿府志 十二

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阿府志 十二
阿府志十二 按ニ斉明天皇ノ朝大友実記ニ曰昔百済国ノ福信ト云者カ乞ニ応シテ救ヒノ人数ヲ九州及中国四国ノ軍勢 数騎百済ニ渡ル 阿波ノ司阿波ノ真人廣純五百ノ軍勢ヲ引率シテ彼ノ地ニ至ル・・・
(?天武天皇の和風(国風)諡号は天渟中原瀛真人天皇。阿波ノ真人だった時期があったのでは?)

阿府志 十三
阿府志 十四
阿府志 十五
阿府志 十六
阿府志 十七
阿府志 十八
阿府志 十九 上
阿府志 十九 下
阿府志 二十二
阿府志 二十四
阿府志 二十八
阿府志 二十九
亜墨新話
阿波名所圖會(図会)

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阿波名所圖會(図会) 

阿波名所記
阿波地誌
阿波国名勝記
阿波名所
阿波名所案内 名西郡
阿波国群村浦録 附名所旧跡
小学阿波国地誌
祖谷紀行
四国徳島写真帖
白鹿洞掲示図解
女孝経 源元寛 校訂
闇路指南車  上
闇路指南車  下
山崎邨神社紀
阿波国杉之小山之記

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阿波国杉之小山之記

洞明神
阿波国二十二社順拝記
阿波国神社 全
當山開基由来書(竹林院)
式社略考論
二狂談
雪夜吟
雪窓夜話
阿波西国三十三ヶ所
阿波国秩父三十四ヶ所道中記
阿波三十三所巡礼記
四国偏礼道指南増補大成
天保再刻 四国遍路道志るべ 全
四国偏礼霊場記(一)
四国偏礼霊場記(二)
四国偏礼霊場記(三)
四国偏礼霊場記(四)
四国偏礼霊場記(五)
四国偏礼霊場記(六)
四国偏礼霊場記(七)
御尊号略縁起
丈六寺秋葉山唐銅獅子寄附名面牒
民間童蒙 孝行和讃
土沙加持永祠縁記並真言宗在家要抄
七星九曜念誦真言
地蔵菩薩-万躰印行勸記
地蔵菩薩讃歎記
安心小鏡内編  上下
安心小鏡外編  上下
光明真言配当和釈
奉納経(一)
奉納経(二)
名東郡井戸村切支丹宗門就御改仕上書物帳控
郷土関係記事
内外歴史地理断片
社寺(一)
社寺(二)
社寺(三)
社寺(四)
世々のうもれぎ_匂玉考(全)
白鹿洞窟提示図解1
粟の落穂(一)

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粟の落穂(一)

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粟の落穂(一)

粟の落穂(二)
粟の落穂(三)
阿波国古記録
阿波国後風土記起稿 他
南海治乱記 一
南海治乱記 二
南海治乱記 三
南海治乱記 四
南海治乱記 五
南海治乱記 六
阿淡両国掟記録写 全
阿淡御両国御譜録
渭水勤懲録 乾坤
浅川浦取立之覚 他
郡方記 全
野芹(全)
大粟誌稿 全
阿波平均簿
阿波古城図郡記
阿波廃城考

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阿波廃城考

元武弘徳明視録 上
元武弘徳明視録 下
阿淡御両国御壁書之写
温故録

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温故録

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温故録

古狸金長義勇珍説 乾
近頃古狸珍説 礼義智信
阿波百物語
燈下録 一
燈下録 二
燈下録 三
燈下録 四
燈下録 五
阿州奇事雑話 一
阿州奇事雑話 二
阿州奇事雑話 三
阿州産藍之説
阿波藍栽培及製造法
藍方始末書
阿波藍沿革史 一上
阿波藍沿革史 一下
阿波藍沿革史 二上
阿波藍沿革史 二下
阿波藍沿革史 三
阿波藍沿革史 四上
阿波藍沿革史 四下
阿波藍沿革史 五上
阿波藍沿革史 五下
阿波藍沿革史 六上
阿波藍沿革史 六中
阿波藍沿革史 六下
阿波藍沿革史 七上
阿波藍沿革史 七中
阿波藍沿革史 七下
阿波藍沿革史 八下
阿波藍沿革史 八中
阿波藍沿革史 八下

徳島県郷土研究論文集 阿波学会研究紀要

https://library.bunmori.tokushima.jp/digital/webkiyou/k_list.htm

郷土研究発表会紀要第30号 古代信仰と鴨島https://library.bunmori.tokushima.jp/digital/webkiyou/30/3017.html

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