2024年11月12日火曜日

ユダヤ慈善研究 田中利光


ユダヤ慈善研究. 2013年3月. 首都大学東京大学院人文科学研究科. 田中利光. Page 2. 凡例. 1.本研究で用いるテクストは、巻末の参考文献に掲げる「Iテクスト」によって ...


ユダヤ慈善研究
田中利光



ユダヤ慈善研究

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タナカトシミツ 著 · 2013 — マイモニデス(Maimonides)はラテン語表記であり、ヘブライ語では1r泊珊1コ詞帥 ... ユダヤ慈善の基本理念はツェダカ』(叩刺である。ツェダカーの語義はr 義 ...
243 ページ

学位論文博士 (社会福祉学)
ユダヤ慈善研究
2013年3月
首都大学東京大学院人文科学研究科
田中利光


中世のラビ文学の重要な人物として、サアディア・ベン・ ヨセフ・ガオン (Saadia ben
Joseph Gaon 882 - 942, 「ガオン」は学塾の学頭の尊称)、ソロモン・ベン・イサーク
(Solomon ben Isaac 1040-1105, 通称 Rashi ラシ) がいる。 彼らは著名な注解者として
知られており、 とくにラシは『メラヒームロック(列王記)』 を除く全聖書と一部の篇を除
くタルムードの注解を行っている。 ラシの弟子にメイル ・ ベン・サムエル (Meir ben Samuel
1160 頃 - 1135頃)と、 メイルの3人の息子サムエル・ベン・メイル (Samuel ben Meir 1085
頃-1160,通称 Rashbam ラシュバム)、ヤコブ・ベン・メイル (Jacob ben Meir 1100
頃-1171,通称 Rabbenu Tam ラベヌウ・タム)、 イサーク・ベン・メイル (Isaac ben Meir
生没年不明)がいる。 彼らはラシのタルムード注解に追加 (第1201回 トサフォート)を書い
たことから、トサフィスト (Tosafist) の名で知られている。
サアディア・ガオン、ソロモン・ベン・イサーク (ラシ)に次ぐ著名な注解者として
イブン・エズラ (Ibn Ezra, Abraham 1089-1164)がいる。彼は聖書の注解を行った。
他に著名な注解者として、キムヒ(Kimhi, Joseph 1105-1170)と、彼の二人の息子ダビ
デ (Kimhi, David 1160 頃-1235 頃, 通称 Radak ラダック)とモーセ (Kimhi, Moses ?
- 1190 頃)、モーセ ・ ベン・ナフマン (Moses ben Nahman 11941270, 通称 Nahmanides
ナフマニデス)らがいる。
中世のラビ文学の範疇で、難解な議論の集大成であるタルムードを簡潔に分類した人物
がいる。早期の作品にはアルファスィ (Alfasi, Isaac ben Jacob 10131103, 通称 Rif リ
フ)の『ハラハーの書 d Sefer ha - Halakhot) 』 がある 7)。 彼は主題別の分類
はしなかったが、 焦点が外れたものを削除し簡潔な形に編成した。 アルファスィのこの書
は二つのことが意図されている。 そのひとつは、タルムードからハラハー資料のみを取り
出し、手近な参考書として包括的な要約を供給できるようにすることであり、もうひとつ
は、タルムードの縮図を準備することによって学習を容易にすることである。
この分野でアルファスィの業績を更にしのいでいるのがマイモニデス (Maimonides,
Moses 11351204) である。 彼は哲学者でありユダヤ民族の精神的な牽引者でもあった。
彼の業績のひとつに、タルムードを含む法規類を主題別に分類、再編した『ミシュネ・ト
ーラー(A)』(「第二のトーラー」の意) がある。 その書の中に「慈善の8段階」
が記されている。 また、 ラビではないが詩人であり倫理に関する著作を残しているアル・
ナカワは『光の燭台 Menorat ha-Ma'or)』 の中で、 「9種類の慈善」について
記している。そこで次に、彼らの慈善の段階区分と種類をみることにする。
3.2 マイモニデスの 「慈善の8段階」
マイモニデス (Maimonides) はラテン語表記であり、 ヘブライ語では 7
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ーシェ・ベン・マイモーン (マイモンの息子モーシェ)と表記する。 タルムード学者で数
学者、天文学者であったラビ・マイモンを父として、スペインのコルドバに生まれた。1148
年から58年まで、イスラムのムワッヒド派の迫害を逃れスペイン南部と北アフリカを流
転し、1159 年にモロッコのフェズに定住した。 さらにのちにフェズでの迫害を逃れパレス
ティナを経由してエジプトのカイロ旧市街のフスタートに定住した。 1171年に医師として
開業する傍ら、フスタートのユダヤ共同体のラビに就任した。 1178年に聖書とタルムード
にある律法や慣習等のすべてを体系化し、過去のユダヤ教賢者たちの解釈で矛盾している
部分を自らの責任でひとつに決定して著した『ミシュネ・トーラー (77)』を完成
させた。彼はこの頃よりエジプト全土のユダヤ教徒の精神的指導者となっていった。 1190
年には、信仰から離れた敬虔な知識人のための啓蒙書である『迷える者の手引き (Dalalāt
al-Hairin)』8) を完成させた。 これはアリストテレス哲学とユダヤ教神学を融和させるこ
とを目的としたものでもあった。
マイモニデスは 『ミシュネ・トーラー』で、慈善を8つの段階に区分している。『ミシ
ュネ・トーラー』 は 14 書から構成されており9) 慈善の8段階が記された箇所は、
750 セフェル・ゼライーム(種子の書)のロッコファヒルコット・マテノット・ア
ニイム(貧困者への施しの規定)の第10章の7節から14節にある。 その具体的な内容は
次のとおりである (Maimonides / Klein 1979:91-2)。 なお、この箇所で用いられてい
る聖書の引用句については、マイモニデスの引用句は BHS にある同節の文言と異なって
いるため、邦訳に新共同訳を充てることなく、マイモニデスの文言に従って訳出している。

The Code of Maimonides (Mishneh Torah): Book 7, The Book of Agriculture (The Yale Judaica Series) ハードカバー – 1979/9/10
英語版 Isaac Klein (翻訳)

マイモニデスによる「貧困者への施しの規定」第10章7-14節
慈善の戒律について、他のどの前向きな戒律よりも、 注意深く行うことが我々の義務で
ある。「わたしは彼がのちの子らと家族とに命じて主の道を守らせ、正義を行わせるために
彼を知った(選んだ) のである」 (創世記 18 章 19節)とあるように、 我らの父アブラハ
ムの子孫として、慈善を行うことが正しい人間としてのしるしである。 慈善を行わずして
イスラエルの王座は樹立されず、真の信仰は確立されない。 これは 「あなたは義をもって
堅く立ち、虐げから遠ざかって恐れることはない。 また恐怖から遠ざかる。 それはあなた
に近づくことはないからである」 ( イザヤ書54 章 14-5節)と書かれている通りである。
また、「シオンは裁きをもって贖われ、そのうちの悔い改める者は正義をもって贖われる」
(イザヤ書 1章 27節) とあるように、 イスラエルを救うには慈善を行うほかないのであ
る。


慈善には8つの段階がある。 段階を追うごとにより優れた慈善となり、 最高段階におい
ては、貧困に陥ったイスラエル人の手を取り、贈り物を与えたり、貸付をしたり、協働者
としたり、仕事を見つけたりすることにより、他人に物乞いをする必要のないように自立
させる。関連する聖書の一節、「彼を助け、寄留者または旅人のようにして、 あなたと共に
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生きながらえさせなければならない」 (レビ記 25 章 35 節)とは、 彼を助け、物乞いに陥
らないようにさせるということである。


この1つ下の段階では、誰に施しを与えるのか、 誰から施しを受けたのか分からない状
態で貧困者に施しをする。 この行為が宗教的な義務の遂行そのものであり、かつて神殿に
は秘密の部屋があった。そこで秘密のうちに施しを与えることができ、また同様に、善き
貧しい家族はそこで秘密のうちに生活の助けを受けることができた。この施しに最も近い
行為として、慈善基金への直接的寄付が挙げられる。しかし、テラディオンの息子ハナニ
ココハナニア・ベン・ティラディオン)のような信頼できる賢者が適正に
管理していることが確かでない限り、 直接寄付すべきではない。
さらに1つ下の段階では、与える側は誰に与えるか知っているが、貧困者は誰からの施
しか知らない状態で行われる。これは最も偉大な賢者が行うように密かに手配し、貧困者
の戸に金銭を差し入れる行為である。 これは慈善の義務を負う者が然るべき行動を起こし
ていない場合、適切且つ好ましい方法である。
さらに1つ下の段階では、貧困者は誰から施しを受けているか知っているが、与える側
は受け取る側を知らない。 最も偉大な賢者が行うように、 亜麻布の敷布に包んだ金銭を肩
越しにぶら下げて、後をついて来る貧困者が恥を感じることなくそれを受け取ることがで
きるようにすることである。
さらに1つ下の段階では、貧困者が施しを乞う前に施しを与える。
さらに1つ下の段階では、貧困者から施しを乞われてから施しを与える。
さらに1つ下の段階では、貧困者にとって必要な額を下回る施しではあるが、しかし親
切な態度で与える。
さらに1つ下の段階では、しかめっ面で施しを与える。
以上がマイモニデスによる 「慈善の8段階」 であるが、 これは現代においてもアメリカ・
ラビ中央協議会 (The Central Conference of American Rabbis) が編集・出版している
The Union Prayerbook for Jewish Worship(『ユダヤ教礼拝合同祈禱書』)の中にも、慈
善の観念として継承されている。 マイモニデスが示した段階は、最上の段階から最低の段
階の順に並べられていたが、『ユダヤ教礼拝合同祈祷書』 では、最低の段階から最上の段階
の順に並べられている。 また、祈禱書のほうではマイモニデスの記述を要約し説明的な文
言になっているところが若干異なっている点である。 祈禱書にあるマイモニデスの「慈善
の8段階」は次のとおりである (The Central Conference of American Rabbis 1946 : 117
- 8).
『ユダヤ教礼拝合同祈禱書』より、マイモニデスの「慈善の8段階」
慈善の義務は8段階に分かれている。 1段階目且つ最小限の慈善は、進んで行わない、
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あるいは後悔するような慈善である。 物品の寄付であり、心からの寄付ではない。
2段階目は、喜んで与えるが、受け取る側の貧苦に釣り合わない慈善である。
3段階目は、喜んで適正な額を与えるが、乞われるまで与えない慈善である。
4 段階目は、喜んで適正な額を、さらに乞われる前に与えるが、直接貧困者に手渡すた
め、その人に恥辱的な感情を与えてしまう。
5段階目は、施しを受ける貧困者が施しを与える側を知っているが、 施しを与える側は
施しを受け取る側を知らない慈善である。 我々の先祖のやり方で例を挙げると、 外套の裾
に金を結わえ付け、貧困者が人目につかずにそれを受け取れるようにする方法である。
6段階目は、高尚な行為であり、 施しを与える側が受け取る側を知っているが、受け取
る側は与える側を知らない慈善である。 我々の先祖のやり方で例を挙げると、 自分たちの
正体や名前が知られないように気を配りながら、 慈善的な恵みを貧困者の住居に運び込む
方法である。
7段階目は、称賛に値する行為である。 施しを与える側は自ら救った者について知らず、
また救われた側も施しを与えた側の名前を知らない慈善である。 これは、まだ神殿が存在
していた時代に、 慈善心のある先人によって行われていた。 神殿には沈黙の部屋があり、
そこには善意の心から出た善き贈り物が秘密のうちに置かれ、貧困者は秘密のうちにそれ
を受け取ることができた。

最後に、 8段階目で最も称賛に値するのは、 貧困を防ぎ慈善の必要をなくす行為である。
例えば、贈り物を与えたり、 貸付をしたり、商いを教えたり、仕事を与えたりすることで
貧困に陥った同胞を助け、真っ当な手段で生活費を稼げるようにする。 そして物乞いをす
るような劣悪な状況に追い込まれないようにする。これは聖書で次のように示されている。
「あなたの兄弟が落ちぶれ、暮らしていけない時は、 彼を助け、寄留者または旅人のよう
にして、あなたと共に生きながらえさせなければならない」。これが最高段階であり、善意
の黄金の梯子における頂点である。

このように、マイモニデスの慈善の観念を表す「慈善の 8段階」 は、 現代においても、
文言の配置が逆転し内容に若干の変更が加えられ簡素化してはいるが、 大方そのままの形
で受け継がれている。マイモニデスの「慈善の8段階」 自体は、 慈善に関するタルムード
の記述を総合的且つ簡潔に分類した結果、 そのような表現になっているものであり、した
がって、少なくとも古代のユダヤ慈善の観念の一端はマイモニデスを経て現代に継承され
てきたといえる。
3.3 アル・ナカワの「9種類の慈善」
マイモニデスは慈善を8段階に区分しているが、 アル・ナカワ (Al Nakawa, Israel ?
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ミシュナ(y)、 タルムード (71) 等を指している。
今日のユダヤ教ソーシャルワークにつながるユダヤ慈善も、価値の根源はそれら宗教文
書にあるといえる。 トーラーは前 1000 - 961年頃に編纂された。 その後ユダヤ教賢者たち
によってロ伝で継承されてきた十戒に基づく無数の法規であるハラハー(ホコファ)をまとめ
たミシュナが後3世紀初頭頃に編纂され、さらにミシュナの体系的、弁証論的分析と補足
の集成であるタルムードがその後数世紀にわたって編纂され、それらの言説が慈善の価値
を形成するに至っている。
ユダヤ慈善の基本理念はツェダカー (77) である。 ツェダカーの語義は「"義"ある
いは"正義"」であるが、「憐れみ」や「慈愛」の意味も内包されていた。 それが転じて、
のちにユダヤ社会の中で、 義(あるいは愛)の表白手段としての「施し」(alms giving)
の用語として用いられるようになった。
1190 年にマイモニデスは、タルムードにある律法や慣習等のすべてを体系化し、過去の
ユダヤ教賢者たちの解釈で矛盾している部分を自らの責任でひとつに決定して著した『ミ
シュネ・トーラー』を完成させた。その中の一書『セフェル・ゼライーム(種子の書)』の
「ヒルコット・マテノット・アニイム(貧困者への施しの規定)」の第 10 章で、彼は慈善
形態を最低位の慈善から最高位の慈善まで8つの段階に区別した。それはのちに、アメリ
カ・ラビ中央協議会が編集・出版している『ユダヤ教礼拝合同祈祷書』 の中にも、慈善の
観念として継承されている。マイモニデスの 「慈善の8段階」 は、 先の 3.2 (マイモニデ
スの「慈善の8段階」)で見たとおりである。 その中でとくに最高段階の慈善 (貧困を防
慈善の必要をなくす行為) は、 防貧の対策を強調するものであり、その1つ下の慈善の
段階(施しを与える側は自ら救った者について知らず、 また救われた側も施しを与えた側
を知らない慈善)は、顔の見えない相手との連帯を強調している。マイモニデスの慈善の
観念は、慈善に関するタルムードの記述を彼が総合的且つ簡潔に分類した結果として導き
出されたものである。 したがって少なくとも古代のユダヤ慈善の観念の一端はマイモニデ
スを経て近代、 現代へと継承されてきたといえる。
4.2 価値をめぐる葛藤
本項に入る前に、 先ず価値 (英 value 独 wert、 仏 valeur)とは何かをみておこう。
価値とは、主体のもつ欲求や目的の実現に役立つ性質のことをいい、 広義には「善い」と
いわれる性質のことである。これに対し「悪い」 といわれる性質に反価値があり、一般に
はこれら価値と反価値を併せて「価値」と呼んでいる。それは本質的に選択されたもので
あり、ソーシャルワーカーの視点でみるならば、 人間関係における行動に直接影響を及ぼ
す点に特徴を持っている。 価値の選択には個人の好き嫌いなどの欲求や関心を満たすもの
と、個人の好き嫌いに関わりなく一般的に「善い」 として実現すべきもの、つまり客観的
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The Code of Maimonides (Mishneh Torah): Book 7, The Book of Agriculture (The Yale Judaica Series) ハードカバー – 1979/9/10
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