- 失われた10支族との関連: 古代イスラエル王国の崩壊後に行方不明となったとされる「イスラエルの失われた10支族」の末裔が、実はイギリス人(アングロ・サクソン人)であるという主張です。 [1]
アングロ・イスラエリズム(Anglo-Israelism)またはブリティッシュ・イスラエリズム(British Israelism)は、アングロ・サクソン人がイスラエルの失われた10支族とする思想[1][2]。特に、イギリス、ブリテン諸島人が「遺伝的、人種的、言語的に失われた10支族の直系の子孫であるとする[3]。


始祖 リチャード・ブラザーズ
19世紀
ブラザーズに続いて1840年にジョン・ウィルソンが『イスラエル起源のイギリス』を刊行した[1][6][7]。
1864年にはスコットランド王室天文官でピラミッド学者のチャールズ・ピアッツィ・スミスが古代エジプト人とユダヤ人の研究にあたって、イギリス人の重要性を論じた[1][9]。
1871年にはエドワード・ハインが『失われたイスラエル族としてのイギリス国民』を刊行し、週刊誌や月刊誌『死後の世界』などを創刊して、アングロ・イスラエリズムの主導者となった[1][10]。
1874年には神学者ウィリアム・カーペンター[11]、1879年にはトロントでウィリアム・プールが同種の書籍を刊行した[1][12]。
1880年にはアメリカでG.W.グリーンウッドが月刊誌『世界の遺産』を創刊してアメリカにおけるアングロ・イスラエリズムの主導者となった[1][13]。
その他の地域
脚注
参考文献
- レオン・ポリアコフ『アーリア神話―ヨーロッパにおける人種主義と民主主義の源泉』アーリア主義研究会訳、法政大学出版局、1985年8月。ISBN 978-4588001581。[原著1971年]
関連項目
出典
- Joseph Jacobs,ANGLO-ISRAELISM,Jewish Encyclopedia,1906.
- #ポリアコフ1985,p.57-8.
- Brackney, William H. (英語). Historical Dictionary of Radical Christianity.Scarecrow Press. pp. 61–62.ISBN 9780810873650 2017年4月9日閲覧。
- Richard Brothers,A REVEALED KNOWLEDGE OF THE PROPHECIES AND TIMES,1794.A Description of the New Jerusalem(1801). Joseph Jacobs,BROTHERS, RICHARD:Jewish Encyclopedia,1906.
- Richard Brothers,Correct Account of the Invasion of England by the Saxons, Showing the English Nation to be Descendants of the Lost Ten Tribes.
- John Wilson,Our Israelitish Origin:Lectures on Ancient Israel, and the Israelitish Origin of the Modern Nations of Europe,1840.
- Eller, Jack David (2007). Introducing Anthropology of Religion: Culture to the Ultimate. p. 291. ISBN 1138024910
- F. R. A. Glover,England, the Remnant of Judah, and the Israel of Ephraim.1861.
- Smyth, Charles Piazzi (1864). The Our Inheritance in the Great Pyramid.
- Edward Hine,The British Nation identified with Lost Israel,1871.
- William Carpenter,The Israelites Found in the Anglo-Saxons (London: George Kenning, 1874)
- William H. Poole,Anglo-Israel; or, The British Nation the Lost Tribes of Israel,1879,トロント。
- G. W. Greenwood, monthly journal, "Heir of the World," New York, 1880.
- S. Backhaus, "Die Germanen ein Semitischer Volksstamm,",Berlin,1878.
- 小澤実(編)『近代日本の偽史言説』 勉誠出版 2017 ISBN 978-4-585-22192-0 pp.251-252.
1422夜 『アーリア神話』 レオン・ポリアコフ − 松岡正剛の千夜千冊
https://1000ya.isis.ne.jp/1422.html
イギリスとは何か。
11世紀以前のイギリスは多数の民族の到来によって錯綜していた。ブリトン人、アングル人、サクソン人が先住していたうえに、そこへケルト人、ローマ人、ゲルマン人、スカンディナヴィア人、イベリア人などがやってきて、最後にノルマン人が加わった。大陸の主要な民族や部族は、みんなイギリス島に来ていたのだ。
この混交が進むにつれて、本来は区別されるべきだったろう「ブリティッシュ」と「イングリッシュ」の境い目が曖昧になっていった。今日、キラー言語として世界を侵蝕している「英語」とは、こうした混成交差する民族たちの曖昧な言語混合が生み出した人為言語なのである。それゆえOED(オックスフォード英語辞典)後の英語は、これらの混合がめちゃくちゃにならないようにその用法と語彙を慎重に発達させて、「公正」や「組織的な妥協力」や「失敗しても逃げられるユーモア」を巧みにあらわす必要があったわけである。
こうした調整をするにあたってイギリス人は、自分たちの起源神話をギリシア・ローマ神話にもケルト神話にも、ゲルマン神話にも聖書にも求めることにした。こんなちゃっかりした民族はない。もっとちゃっかりしているのは、このイギリスから派生したアメリカ人だったろう。そのことはトマス・ジェファーソンらがアメリカ合衆国の起源神話として、ひとつにはサクソン人の首領ヘンギストとホルサによる海洋横断をあげ、もうひとつにメイフラワー号の渡航をもってユダヤ人による砂漠横断につなげたことにあらわれている。
ブリトン人は自分たちの「最初の横断」のことなどすっかり忘れていた連中だった。そこでやむなく、セビリアのイシドルスの記述に従って、自分たちの名の由来になる祖先として「ブリットないしはブルタス」という名を選び出し、これをせっせとヤペテの系譜につなげた。イギリス史学の父と呼ばれたベーダは「ジュート、アングル、サクソンがゲルマニアの地からやってきた」と書いた。
この系譜はのちに書き換えられた。アルフレッド征服王の史実を正統化するための変更だ。そのうちゲルマン部族のなかで、アングル族とサクソン族のみが(つまりはアングロ・サクソンのみが)、最高神オーディンにまでさかのぼりうる系譜をもっているとともに、セムの系譜に直結しているというふうになったのである。
イギリス人はヤペテの系譜ではなく、ノアの長子のセムの系譜のほうに位置づけられたのだ。これでうまくいった。アーサー王伝説や獅子王リチャードの伝説がその線でかたまり、その後のイングランド王たちは自分たちがセムの末裔であって、「モーセの民」であることを誇るようになったのだ。ヘンリー8世も、クロムウェルやジョン・ミルトンのようなピューリタン派も、さらにはウィリアム・ブレイクでさえ、イギリス人をモーセの民に帰属させることに賛意を抱いたことには、驚かざるをえない。
さっそくイギリス人とユダヤ人を積極的に結びつける理屈がいろいろ試みられた。ジョン・トーランドの『大ブリテン島およびアイルランドにユダヤ人を帰化させる理由』は、そういう1冊だ。逆に、そんな安易な選択に反対するウィリアム・プリンの『イングランドへのユダヤ人の召還に反対する小論』なども出回った。
しかし近代に向かってイギリス人の血を沸き立たせたのは、ウォルター・スコットの『アイヴァンホー』(岩波文庫)と『ウェイヴァリー』(万葉舎)のほうだ。『アイヴァンホー』は12世紀のイングランドを舞台にした熱血小説で、『ウェイヴァリー』は1745年のジャコバイトの反乱を素材に若い草莾の血を描いたもので、それぞれ英国浪漫を滾らせた。イングランドの血統はスコットランドの血統に対峙し、イギリスの血潮はフランスの血潮を凌駕してしまったのである。





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