2026年1月5日月曜日

味の素の余った原料から「くず餅」が出来た? ブラタモリで話題 愛知・大阪の技術が支えた味の素川崎工場(とらべるじゃーな!) - エキスパート - Yahoo!ニュース

味の素の余った原料から「くず餅」が出来た? ブラタモリで話題 愛知・大阪の技術が支えた味の素川崎工場(とらべるじゃーな!) - エキスパート - Yahoo!ニュース

味の素の余った原料から「くず餅」が出来た? ブラタモリで話題 愛知・大阪の技術が支えた味の素川崎工場

宿泊経験500泊。関東圏の穴場いやし旅、地理旅の愛好家、とらべるじゃーな!です。

先日放映のブラタモリ川崎大師(後編)では、川崎大師名物の「くず餅」の歴史の一端を味の素の工場が支えていたことが明かされ、話題となりました。味の素の原料からくず餅とは、どういうことなのでしょう?

小麦粉を原材料とする「関東くず餅」

写真は、川崎大師駅に近い住吉屋総本店のくず餅。

くず餅といえば吉野葛を使ったものが本物で、安く手に入る含有量が少ないものはジェネリックというイメージを持つ人もいるかも知れません。しかし、関東では名産品としては小麦粉由来のくず餅が主流。しっかりとした食感とつるつるした歯触りが楽しめるのが本場の「関東くず餅」です。

小麦粉といっても、小麦粉をグルテンとでんぷんに分離し、でんぷんを何と180〜450日も発酵させる発酵食品。発祥地は諸説あり、別記事でご案内します。

(同時公開)ニセモノ? 関東のくず餅が葛粉でなく「小麦粉」を使用する訳 原点は川崎大師なのか千葉県なのか

川崎大師駅ホームからも見える味の素の工場。

川崎大師門前のくず餅の材料である「でんぷん」は、現在は別のルートより仕入れていますが、味の素の工場から仕入れた時代がありました。

味の素が門前のくず餅店を支えていた。これはどういうことなのでしょうか?

味の素の原料は?

ブラタモリでもちらりと紹介された、京急大師線の鈴木町駅。味の素の創業者である鈴木三郎助氏にちなんだ町名を駅名としたものです。

目の前には、味の素の工場と一般向けの体験館(味の素グループうま味体験館)があります。小中学生などが団体見学に訪れますが、予約なしで入場できるエリアもあります。

味の素グループうま味体験館
開館日:火曜日~土曜日
開館時間:9:00~16:00(最終入場15:30)
特別休業日:12月26・27日、12月30日~1月3日

現在、味の素では東南アジアなどでサトウキビやキャッサバ(いも類)を発酵させ、九州工場などで精製、川崎工場を中心に瓶詰を行っています。

おおまかに言うと、サトウキビなどから取り出した糖蜜を原料に微生物発酵を行い、微生物が糖を食べて分泌するグルタミン酸を回収し、それにナトリウムを結合させて結晶化する工程です。

グルタミン酸はうま味の主成分で、東京帝国大学の池田菊苗(きくなえ)博士が湯豆腐に使われる昆布だしの味にヒントを得て発見したものです。

この工法が開発されるまでは、どのようにグルタミン酸を作り出していたのでしょうか?

グルタミン酸を作るには、①肉や魚などに含まれることで知られるたんぱく質をアミノ酸に分解しその1種であるグルタミン酸を分離する方法、②上述の発酵法、③化学的な合成の3つの方法があります。

③はコストが合いませんので、創業期(主に戦前)の味の素では①の方法を使っていました。

簡単に言うと、まず小麦粉をグルテンとでんぷんに分けます(小麦粉に水を加えて練ったものが身近なグルテン。パン、うどんなどにも含む)。次にグルテンを塩酸で分解(加水分解)し、各種工程を経てグルタミン酸を抽出する方法です。

塩酸はすべて中和されるので食品には残留しませんが、製造過程では分解に使う容器をすぐにダメにしてしまいます。この時に活躍したのが愛知県常滑市の常滑焼。そのなかでも道明寺焼と呼ばれる高温で強く焼き締めた水分を通しにくいものを用いました。

愛知県常滑市
愛知県常滑市

この技法は、道明寺(現在の大阪府藤井寺市)周辺から常滑に取り入れられました。

道明寺一帯の丘陵では、鉄分を含む粘土が採れます。酸素を遮断し高温で焼くと鉄の作用で土の粒子が強く結合し、塩酸にもビクともしない焼き物ができたのです。

このような工夫を続けましたが、塩酸を使う方法は大がかりな設備が必要なうえ、作り出せる味の素の約16~17倍ものでんぷんを出してしまいます。余りに量が多過ぎ、川崎工場の倉庫が一杯になり生産ラインにブレーキをかけるほどでした。

川崎大師駅に近い住吉屋総本店のくず餅
川崎大師駅に近い住吉屋総本店のくず餅

このでんぷんが川崎大師周辺のくず餅店に供給され、くず餅作りを支えてきたのです。

追記 川崎大師門前の久寿餅にはお店が複数あり、味の素からの仕入れ歴が「ない」お店もあります。調査不十分を深くお詫びいたします。改めて仕入れ歴がないお店に取材できることになりました。門前でもそれぞれ異なる久寿餅。食感は市販のものと全然違います。詳報ご期待ください。

現在は、味の素の製法が発酵法になったため、くず餅店では別ルートででんぷんを仕入れ、平均して1年以上発酵させ関東流のくず餅を製造しています。

大阪、愛知、川崎と伝わった道具が黎明期の味の素を支え、くず餅の生産にもつながったのです。

日本海側の石川県や新潟県 わが国の「人口首位」を誇った時代があったのはなぜ?

台湾では人口の90%以上が西の中国寄りに住むのはなぜ? 地震、温泉、駅弁……日本との共通項も

フォロー(スマホでボタン出現)いただくと、穴場いやし旅や地理旅の新着記事がタイムラインで見つけやすくなります。リアクションボタンもぜひご協力ください!

【ブラタモリ川崎大師 全ロケ地】関東厄除け三大師に秘められた謎を解く 新#28(とらべるじゃーな!)

【ブラタモリ見逃した?】過去放送の視聴方法、ロケ地の確認方法(とらべるじゃーな!)

参考文献 味の素グループの100年史(歴史資料・史料編 02)

0 件のコメント:

コメントを投稿

【呉座勇一が語る豊臣秀吉】なぜ豊臣秀吉は朝鮮出兵をやったのか/出世の決め手は織田家乗っ取り?/刀狩りと太閤検地の意味とは?(国際日本文化研究セン...

【呉座勇一が語る豊臣秀吉】なぜ豊臣秀吉は朝鮮出兵をやったのか/出世の決め手は織田家乗っ取り?/刀狩りと太閤検地の意味とは?(国際日本文化研究センター研究部准教授 呉座勇一)【ニュースの争点】 youtu.be 秀吉の父が朝鮮人で深層心理的に故郷へ帰りたかったというのが自分の仮説。