2026年1月31日土曜日

項羽は阿房宮を焼き払っていない、前殿の発掘調査で明らかに←中国通信社:文化・科学・スポーツ

項羽は阿房宮を焼き払っていない、前殿の発掘調査で明らかに←中国通信社:文化・科学・スポーツ

項羽は阿房宮を焼き払っていない、前殿の発掘調査で明らかに←中国通信社:文化・科学・スポーツ

 (中国通信=東京)西安5日発新華社電によると、項羽が阿房宮を焼き払ったという学説は約2000年も続いてきたが、中国の考古専門家が先ごろ阿房宮前殿遺跡の20万平方メートルの範囲内で行った発掘調査では、数カ所の焦土遺跡しか発見されなかった。専門家は、項羽が阿房宮を焼き払ったとする記載が誤っていることを示すものだとの考えを示した。

 阿房宮は秦王朝が建設した宮殿で、規模は非常に大きい。現在の山西省西安の西13キロのところにあり、秦の都だった咸陽とは渭河を隔て相対していた。西漢(前漢)時代、阿房宮は上林苑に建設する宮城の前殿として建設された。東部、北部、西部の3面に重厚な壁があったため、歴史上「阿城」と呼ばれていた。阿房宮は高地にあったため、歴代王朝が軍隊の駐屯地として利用することが多かったが、宋代以降は徐々に農地として利用されるようになった。中国は1961年、阿房宮遺跡を第1次全国重点保護文化財に指定した。

 西安文物園林局副局長で秦阿房宮考古調査隊副隊長の孫福喜氏は次のように話した。この1年間に考古専門家が行った発掘調査面積は20万平方メートルを超え、発掘面積も1000平方メートルに及んだ。しかし、発見された焦土は数カ所しかなかった。3カ月も燃え続けた(歴史書の記載)というのであれば、ほとんどが焦土になっていなければならず、焦土のほか、大量の草や木の灰もなければならない。

 また孫副隊長は次のように指摘した。項羽が焼き払ったのは咸陽宮である。そのことはその後の発掘調査で実証されている。咸陽宮遺跡では、大面積にわたる焦土遺跡が発見されている。阿房宮の14平方キロの範囲内には、版築基址が60カ所も残っていたが、完成したものもあったが、一部は完成していなかった。前殿も完成したかどうか疑問だ。このことからも、阿房宮が焼き払われなかったことが分かる。

 阿房宮は2大建築群からなっている。一つは阿房宮前殿建築群である。「史記」の記載によると、その規模は東西500歩(680メートル)、南北50丈(113メートル)で、堂上には1万人が座れ、堂下には5丈の旗を立てることができたという。もう一つは上天台建築群で、破壊がひどく、かつて考古専門家が発掘調査を行ったが、重要な発見はなかった。

0 件のコメント:

コメントを投稿

新規チャット - Yahoo!検索 AIアシスタント

AIアシスタント 承知しました。「阿房宮」の当時の発音についてですね。 🏯 阿房宮の当時の発音 現在伝わる中国語の発音では、「阿房宮」は「Ēfánggōng(アーファンゴン)」と発音されます。しかし、時には「Ēpánggōng(アーパンゴン)」という発音も使われることがあります...