2026年1月26日月曜日

カナー カヌー

羽八重事代主神を祭神とする伊那上神社 すなわち、カノという地名から 「枯野」という船名が生じたと考 えられる。そのカノの語源だが、 金属を意味するカネカナが訛っ たものと考えられているが、伊豆 諸 の八丈島や青ヶ島では、アウ トリガー付きのカヌーのことをカ ノーと呼ぶ。 そのカノーは幕末か ら明治にかけて、小笠原諸島の父 島に住んでいたチャモロ系の人び ととの交流から導入されたと思わ れているが、八丈島ではそれ以前 3 から小舟のことをカノーとよんで いたともいう。 それが真実だとす ると、舟を意味するオーストロネ シア系のカノーからカノ (狩野) という地名が生じたものと想われ る。つまり、舟 (カノ)を造るた めの良い木をたくさん産出するか 今カノという地名が生まれた、と 考えることができる。 
 八丈島は古代ミクロネシア文化 圏の最北端に位置し、また、神津 島で産出する良質の黒曜石は縄文 早・前期から盛んに伊豆半島へ運 ばれており、もう一つの海上の道 として、南太平洋の文化が伊豆半 島へ到達していた可能性は、充分 にあるのではないかと思われる。 ちなみに、2ページ以下でも紹 介したように、『常陸国風土記』 の「香島郡」の、今日の茨城県神 栖市には「野池)」(神之池)

シリーズ 神社の基層掘る①
菅田正昭
古代技芸神の足跡と古社
新人物往来社


八丈島には徐福伝説がある


 

 











北村皆雄(きたむら みなお)

映画『倭文(しづり) 旅するカジの木』から

【倭文と荒妙】
 私たちの調べでは、平安期に定められた「延喜式(えんぎしき)」以降は、「荒妙」は「麻」、「和妙」は「絹」とされたが、時代をさらに古代にまで遡れば、荒々しい樹皮繊維 で織った「穀布(かじふ)」を「荒妙」にし、草の繊維であり樹皮より柔らかい「麻布」を「和妙(にぎたへ)」として織ったと考えられる。(岡村吉右衛門『日本原始織物の研究』、武部善人『日本木綿史の研究』、『賀茂馬淵全集7巻』参照)
 しかし平安期に柔らかい「絹」が浮上してくると「和妙」の座を占め、和妙だった「麻」が「荒妙」となり、荒妙だった「穀」がはずれたのである。

『倭文(しづり) 旅するカジの木』オフィシャルガイドブック(2025) 27頁より





 私たちの調べでは、平安期に定められた「延喜式(えんぎしき)」以
降は、「荒妙」は「麻」、「和妙」は「絹」とされたが、時代
をさらに古代にまで遡れば、荒々しい樹皮繊維で織った
「穀布(かじふ)」を「荒妙」にし、草の繊維であり樹皮より柔らか
い「麻布」を「和妙(にぎたへ)」として織ったと考えられる。(岡村吉
右衛門『日本原始織物の研究』、武部善人『日本木綿史
の研究』、『賀茂馬淵全集7巻』参照)
 しかし平安期に柔らかい「絹」が浮上してくると「和
妙」の座を占め、和妙だった「麻」が「荒妙」となり、荒妙
だった「穀」がはずれたのである。

大正天皇の時、しばらく断絶していた「荒妙」復活の

監督
北村皆雄
きたむら みなお
ドキュメンタリー映画監督・映像民俗学/人類学
衣〉の始源神話
rating
1942年長野県生まれ。早稲田大学第一文学部演劇専修を1965年に卒業後、記録映画やテレ
ビドキュメンタリーの監督となる。 1964年 「映像芸術の会」に参加し機関誌 「映像芸術」 の編集委
員を務める。 1978年に映画作家の野田真吉、 宮田登(民俗学者)、 野口武徳(社会人類学者)
らと日本映像民俗学の会を創設。 1981年に映像制作会社ヴィジュアルフォークロアを設立し、
日本とアジアで数多くのテレビ番組を制作する。 エベレストには3回遠征、1988年には山頂から
の史上初のTV生放送に参加、 世界一危険とされたアイスフォール上 (6200m)から中継した。 ヒ
マラヤ、チベットなど秘境での大型企画を数多く実現した冒険家としての顔もあわせ持つ。 諏訪
その古代史の探究から始まった日本文化の古層へのアプローチは多方面にわたり、映像と文筆に
よって独自の 「映像民俗学」 を開拓してきた。 神の島と呼ばれる沖縄久高島の記録を1966年
以来続けており、 久高映画の集大成が待たれる。
映画『倭文(しづり) 旅するカジの木』から

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