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昭和62年、店を5階建てのビルにする計画がありました。
土地の有効活用、相続税対策、私の結婚があり、銀行が建築会社を連れて来て設計図を作りました。
建築費は9000万円。
2階3階のテナントの家賃で借金を30年で返す計画でした。
神田のあちこちにエンピツビルが建ち始めた時、不動産バブルと地上げが嵐の様に巻き起こりました。
建築費があっという間に3億円になった時、親父の蕎麦を何杯売ったら返せるのか考えたらビルにはしない。の一言で白紙になりました。
あの時借金をしてビルにした人は神田にほとんど残っていません。新耐震構造で古いビルは大変だと聞きます。
何か今の時代に似ていませんか?
株高、土地バブル、建築費の高騰、くわばらくわばら、菅原道真公も日本三大怨霊の一人で神田明神の一直線上に湯島天神があります。
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