2026年1月17日土曜日

【日本の城の造り方】重機もない時代、どのように巨大要塞を築いた?

7:30

穴太衆(あのうしゅう)について

穴太衆(あのうしゅう) は、 日本の近世初期にあたる織豊時代 (安土桃山時代)に活躍した、 石工の集団。

主に寺院や城郭などの石垣施工を行った技術者集団。古墳築造などを行っていた石工の末裔であるという。

北垣聡一郎の『近江の石垣築成者穴太衆』 (昭和51年(1976年))*によれば、 粟田氏の話として、「先祖は阿波国から来た」 と語っていたとしている。

(以上wikipediaより引用)

穴太衆については「サムライウォール」で動画を検索して欲しい。


20頁

《古式穴太流石積み技術保持者である栗田万喜三氏(1911年生) によれば, 「私の先祖は阿波国からきた。私はその十三代目を継いでいる。 かつてその盛んなときには, ここ 穴太)も二百から三百人もの穴太衆がいたと祖父や父から聞いている。 また, 私の若いころ(廿才ごろ), 父に連れられ叡山にのぼった (石垣修築) 当時この石組みを眺めるたびに, 先祖の築いたこの石垣のように, 一日も早く築けるようにと今日まで一生懸命がんばってきた」と述べられている。》

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