2025年3月13日木曜日

【伝えたい橋】残された安倍晴明の蘇生伝説 現世と異界の境目 京都・一条戻橋 - 産経ニュース

【伝えたい橋】残された安倍晴明の蘇生伝説 現世と異界の境目 京都・一条戻橋 - 産経ニュース

残された安倍晴明の蘇生伝説 現世と異界の境目 京都・一条戻橋

人々の生活を支え続けてきた橋。インフラとしての機能はもちろん、まちのシンボルとして、歴史的遺産として、地域で愛されてきた。各地の橋にまつわる物語をみる。初回は京都。映画でも有名になった、あの陰陽師(おんみょうじ)とかかわりのある橋だ。

京都市のほぼ中央を南北に流れる堀川に架かる「一条戻橋(もどりばし)」(同市上京区)。わずか6メートルほどの短い橋には取り立てて特徴はなく、普段は市民がひんぱんに行き来する。ところが実はこの橋、平安時代に活躍した陰陽師の安倍晴明にまつわる伝承や鬼退治の説話の舞台となるなど、京都屈指のミステリースポットなのだ。古都の怪異が潜む橋に足を運んでみた。

晴明が式神封印

一条戻橋は、平安京の造成(794年)の際、都の北端を東西に通る一条通の堀川に架けられた。堀川は運河として造られ、冷泉院や堀川院といった貴族の屋敷に清流が引き入れられていたという。戻橋は何度か架け替えられたが、現在まで同じ位置にある。また、一条通は都と外界を分ける通りであるほか、この世と異界との境目ともされた。

安倍晴明像。晴明神社に伝わる肖像画を基に作られた=京都市上京区
安倍晴明像。晴明神社に伝わる肖像画を基に作られた=京都市上京区

もともとの橋の名前は「土御門橋(つちみかどばし)」。橋の西側に屋敷を構えた安倍晴明が、使役する式神を「妻が怖がる」と橋の下に封じ、用があるときに呼び出したと「源平盛衰記」につづられている。現代の小説では悪霊をはらう〝スーパー陰陽師〟として活躍する安倍晴明も、妻に頭が上がらない…というのがなんとなくほほえましいエピソードだ。

いわれを聞こうと、橋から100メートルほど北に位置する、安倍晴明をまつる「晴明神社」を訪れた。山口琢也宮司(62)は「もとは平安京の東北の角に位置し、いわゆる都の『鬼門』でした。この橋がこの世とあの世をつなぐ橋…という話につながったのかもしれません」と話す。

晴明神社は寛弘4(1007)年、晴明の偉業をたたえた一条天皇の命で、晴明の屋敷跡に建てられたとされる。一の鳥居には神社の名前ではなく晴明の呪符の一つ「五芒星(ごぼうせい)」が掲げられている。御利益は魔よけに厄よけで、悪霊や災難からの守護だ。山口宮司は「晴明さんは鬼門の災厄から都を守る守護者だったのでしょう」と晴明像を解説してくれた。

死者が「戻る」

橋の名前が戻橋になったのは、平安中期の不思議な出来事に由来する。延喜18(918)年、漢学者で貴族だった三善清行が亡くなり、葬儀の列が橋を渡っていたとき、紀州熊野で修行をしていた息子の僧、浄蔵が駆けつけ、棺にすがって経を唱えた。すると暗雲が立ち込め、雷鳴が響き、清行が息を吹き返して浄蔵と言葉を交わした-。仏教説話集「撰集抄」にはこう記されている。こうして魂が戻ってきた橋として、「戻橋」と呼ばれるようになったという。

実は晴明自身にも蘇生伝説が残されている。陰陽師のライバル、蘆屋道満(あしやどうまん)との戦いに敗れて一度は死亡したが、中国の唐から師匠の伯道上人が来日し、蘇生の術で生き返らせた。「これも『戻る』という発想につながり、いろんな伝承を生んでいくのです」と山口宮司。

一条戻橋にまつわる伝承は多い。鬼にまつわる物語で有名なのが「平家物語」の渡辺(わたなべの)綱(つな)。晴明と同時期に活躍した平安中期の武将、源頼光(よりみつ)の部下だった綱が夜中に戻橋のたもとを通りかかったところ、うずくまっていた美女に家まで送り届けるよう求められた。女が都の外に誘い出そうとして綱が応じたところ、女は鬼に姿を変えた。綱は頼光から拝領した名刀「髭切」で腕を切り落としたという。

頼光にも、京の人々を神隠しに遭わせた鬼の首領「酒呑童子」や大妖怪の土蜘蛛といった鬼や妖怪退治の説話が残されている。邸宅は戻橋の東側にあったとの説があり、晴明と頼光には怪異をめぐる近所づきあいがあったのかも-と想像力を刺激する。

戦国時代になると橋のたもとは罪人をさらす場所となり、豊臣秀吉に切腹を命じられた千利休の首がさらされたのも戻橋とされる。さらに先の大戦では多くの出征兵と家族が、無事の帰還を願って戻橋を渡ったといい、近代になってもその神秘は変わらない。

神秘的な場所

沿道から眺めてみると、戻橋は生活道路だ。だが沿道から階段を下りると様相が変わる。濃い木陰と細く流れる清流。時折、遊歩道を人が通るが、意外なほどの静けさに包まれている。橋に近付くにつれ緑が濃くなり、逆光の戻橋は神秘的だ。

一条戻橋の下は不思議な静けさに包まれていた=京都市上京区
一条戻橋の下は不思議な静けさに包まれていた=京都市上京区

「大正時代に橋の架け替え工事をした際に、石棺が出土したという記録があります。晴明さんの封印が解けてしまったのかもしれませんよ」

山口宮司の言葉を思い返しながら、橋の下の暗闇に目をこらすと、なにかにのぞき返されているような気がした。(平岡康彦)

伝えたい橋

人々の生活を支え続けてきた橋。インフラとしての機能はもちろん、まちのシンボルとして、歴史的遺産として、地域で愛されてきた。各地の橋にまつわる物語をみる。

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