| 実は、芙蓉が描きながら、今は橋脚となっている島がもうひとつある。大鳴門橋の橋桁となっている裸島である。鳴門第一の名所、渦潮が発生する鳴門海峡に位置する裸島は、芙蓉の「鳴門十二勝真景図」の中でも重要ポイントとして位置づけられ、二図の景観に描かれる他、芙蓉自身が島に渡りここからの景観も二図描いている。この島については、地図でのシュミレーションの段階で、すでに橋脚になっていることは分かっていたが、その状況を見るため島を望める鳴門公園へと向かった。 |
| 鳴門公園は、大鳴門橋のほぼたもと近くにある。鳴門海峡に面する景勝の地で、現在は海峡に懸かる堂々たる橋を間近に実感できる場所でもある。展望台に出て眼下に目を落とせば、直下に芙蓉が「鳴門中流」として描いた急流が轟音を立てていた。芙蓉の絵では、海ではありながら川のような急流が描かれ、誇張表現がなされいるものと考えていたが、それはとんだ勝手な誤解で、実際も海でありながら豪雨の後の川のごとく激流が逆巻いていた。 |
| その対岸に視線を移すと、頑強そうな橋桁が土台にしている島があった。裸島である。かつては渦潮とともに景勝の一部となっていたはずの島であるが、いまは見る影もなく大鳴門橋の一部となってしまっている。時の流れは名勝の景観をも近代的な趣に変えてしまっていたのだ。 |
| 橋の開通により、徳島への交通の便が格段にアップし、再び鳴門の地が観光地として復権したのでもあるから、この現象を負の遺産と簡単に片づけるのは大人気ないし、大鳴門橋の懸かる海も、現代を代表する美しい景観だと思う。しかし、目の前に展開する芙蓉の時代とは変わり果てた景観に、多少の感慨は抱かざるを得ない。裸島前方の急流に一隻の小舟が棹をさしている。芙蓉もこの激流を越えて裸島に降り立ったのであろう。今は島の上の高速道路をわずか数秒で自動車は通り越していく。 (槇村) |
2025年11月14日金曜日
第二話 裸島
登録:
コメントの投稿 (Atom)
1698? The Chronicon Holtzatiae auctore presbytero Bremensi 1862
Tribe of Dan - Wikipedia Wikipedia https://en.wikipedia.org > wiki > Trib... A 15th-century Latin chronicle, "Chronicon Holsa...
-
. [107] The Book of History (書經), “Book of Shāng” (商書), Announcement of Tāng (湯誥), par. 2: “天道福善禍淫.” 天學傳概 李祖白 Li Zubai https://www.blogger....
-
次に、西族の進入についてであるが、ここでは、漢民族は西からやってきて東族のいる地に入りこんだということを述べている。これが本書の特色の一つである。 ここで西族が漢民族を指すことは、 犠 ぎ ( 伏 ふつ 犠 ぎ )・ 農 のう ( 神 しん 農 のう )・ 黄 こう (黄帝)・...
0 件のコメント:
コメントを投稿