2025年11月18日火曜日

木村鷹太郎『海洋渡来日本史』その2

木村鷹太郎『海洋渡来日本史』その2

──『海洋渡来日本史』を読む── その2

//[木村鷹太郎の世界2]


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木村鷹太郎の世界


第2編 天孫降臨と天業恢弘

1 天孫降臨の準備──出雲

 イザナギ、イザナミの二神の三人の子はそれぞれ領地を与えられた。天照大御神[アマテラスオオミカミ]は天=アジア、月読命[ツクヨミノミコト]は夜の食国[よるのおすくに:夜の世界]=ヨーロッパ、須佐之男尊[スサノオノミコト]は海原=地中海とアフリカ、である。だがスサノオは自分の国を捨てて母・イザナミの国である東方へと行った。その子孫の大国主命[オオクニヌシノミコト]は出雲を領地とした。
 出雲とはアジアとアフリカの中間の地峡、イドム[エドム。死海とアカバ湾の間にあった古代王国]である。大国主神は『旧約聖書』のヨセフ及びダビデである。しかし、オオクニヌシの活動範囲はエドムのみならず、中央アジアやチベット、インドなどに及んでいる。

2 天孫降臨──アーメニヤより希臘及び阿弗利加へ

 アマテラスは天、つまりアルメニアに住んでいた。その子、忍穂耳命[オシホミミノミコト]はギリシア語でオシオ・オムニミ Hosio-Omnymi 「神聖・祝福」を意味する。また、オシホミミは釈迦牟尼[シャカ・ムニ。釈迦]と同一人物である。なぜならシャカはラテン語でサカ Sacer 「神聖」、ムニはOmnymiが訛ったもので、同一の名前だからである。[シャカ・ムニって「シャカ族の聖者」って意味なんですけど……。]
 オシホミミの子、彦番能邇々芸命[ヒコホノニニギノミコト]は、アルメニアから南下してギリシアのテッサリア、フチホ地方のオートリ山 Othrys (鷹=高)つまり「高・フチホ」=「高千穂」に来た。これが天孫降臨である。
 ニニギは降臨地から東北の鹿葦津姫[カアシヅヒメ]、別名木之花咲耶姫[コノハナサクヤヒメ]の国に行った。この旅のルートは使徒ポール[パウロ。?-67頃。各地を旅行しキリスト教の布教に活躍したがネロ帝に処刑された]の伝道旅行のルートと同じである。つまりパウロの話はこの神話の改作である。コノハナは『オデュッセイア』にいうカリュプソ(花姫)[ニンフ。ジブラルタル海峡に近い島に住み、帰国途中に難破したオデュッセウスを引き止めて結婚しようとしたが、結局別れる。……つまりニニギはオデュッセウスであるとも言いたいらしいが、話がちと違うぞ]である。ニニギはコノハナと結婚してカルタゴに移り住んだ。
 ニニギとコノハナの子、彦火々出見尊[ヒコホホデミノミコト。山幸彦]はカルタゴで生まれた。その子鵜葺草葺不合命[ウガヤフキアエズノミコト]はギリシア語でウ・ガヤ・フォーキス Ur-gaia-phorkys 「天地支持者」を意味する。すなわちギリシア神話のアトラスである。ウガヤはモロッコを支配した。モロッコにはアトラス山脈があることからアトラスの国であることがわかる。また、彼は中国神話の庖犧[ホウギ][伏犧(フクギ)ともいう。中国の伝説上の皇帝]とも同一人物である。中国史もまた極東中国の歴史ではなく、西方の歴史を東洋に持ってきたものなのである。

3 神武天皇の世界統一、万国平和運動の開始
4 神武天皇の出発は阿弗利加のセネガル国

 ウガヤの子、神武[ジンム]天皇[初代]はアフリカの西の果て、ヒスペリアに住んだ。現在のセネガルである。セネガルのゼネは「正」、ガルはギリシア語でガラ Gala 「乳」「養う」。神武天皇の勅語の文中にある「正を養う」はこの国のことを指している。神武天皇は世界統一を志し、世界平和運動を推進した。
「現在島国日本に神武天皇の遺跡なきは素よりなり。神武天皇は世界的大天皇にしてその史蹟は世界的舞台たればなり。而して此世界的大舞台に於いて『全世界の徳光的統一、人類平和』の日本の国是は、定まれるなり。」

5 神武東征より崇神天皇に至る──希臘日本

 神武天皇はアフリカを出発し、地中海を航海してマルタ島に到着し、案内人の珍彦[ウズヒコ]と出会った。マルタ海の周辺をギリシア神話では渦=カリプラ[カリュブディス。ギリシア神話でシチリア島のメッシナ海峡に住む渦の魔物]の海と呼び、『古事記』ではそれを甲斐弁羅[カイベラ]神という。
 それから神武天皇は北ギリシアの西方アカル・ナニヤ[アカルナニア。ギリシアの西北地方]に着いた。ここが難波である。神武天皇はそこからギリシアに上陸し、その地で日本を建国した。ドーリス国つまり「剱奉献国」では高倉下[タカクラチ]の剣を天皇に奉献する者がいた。高倉下はヘラクレス族の別名である。また、神武天皇の宮、橿原宮はテッサリアのクランノンである。
 神武天皇の東征はギリシア史上「ヘラクレス神族の帰国」あるいは「ドリヤン[ドーリス]民族の帰国」[前12~11世紀に、ヘラクレスの子孫を自称する北方のドーリス人がギリシアに侵入した事件。ミケーネ文明を滅亡させた]とよばれるものである。
[……コメントをつける気にもなれない……。]

6 羅馬建国者稲氷命、及びピラミッド王三毛入野命

 神武天皇の3人の兄のうち、五瀬命[イツセノミコト]は東征中に戦死したが、稲氷命[イナヒノミコト]は海原=イタリアの王となり、三毛入野命[ミケイリノノミコト]は常世国=エジプトの王となった。
 イナヒは新羅[しらぎ。朝鮮半島南東部にあり、のち朝鮮を統一した国(?-935)、のはずなんだが……]の先祖だが、新羅はイタリア南部の地名シラキ Scyllaci [不祥。スキラ(シチリア島のメッシナ海峡にある危険な岩、ギリシア神話のスキュラ)のことか?]のことである。ヨーロッパの伝説では、イナヒ(Aeneas)[アエネイス、アイネイアス。トロイ戦争の勇士。ウェルギリウスの『アエネウス』(前70-前19)では、トロイ落城後、流浪の旅の果てにローマを建設したことになっている]がローマ帝国の建設者となっている。また海原はイタリア中央部のウンプリアのことである。ウェルギリウスの『イナヒ伝』[『アエネウス』]には、イナヒ王の子イウレ(Iule-us)彦が登場するが、これは磐余彦[イワレヒコ。神武天皇の別名]のこと。またパリヌラなる人物も登場するが、これは兄のイツセのことである。イツセはギリシャ語で「直」の意のイツセ Ithyse で、パリヌラは「棹」の意の Phallinauarcha の短縮形であるから、意味が同じ。
 そしてミケイリノはエジプト王になった。エジプト王ミケイリノ[ミケイリノス。メンカウラーのギリシャ語読み。エジプト第四王朝(前2613頃-前2494頃)のファラオで、ギザの三大ピラミッドのうち、最小のピラミッドを建設した]と同一人物である。この王の年代は、今から約4612年前である。[概数にしちゃやけに正確だなぁ。]
[現地音と全然違う発音を持ってきて、「同じだ!」と言われても困るんだけど……。]


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//[木村鷹太郎の世界3]


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木村鷹太郎の世界


第3編 天教の世界宣伝(1)

1 崇神天皇の大教世界宣伝──宣教師の起源

 崇神[スジン]天皇[第10代]、その名は御間城入彦[ミマキイリヒコ]。万物生成の神である。また、文明・教化・友愛・平和の神、酒神バッカスである。崇神天皇は世界各地を王化するため、世界各地に宣教師を派遣した。晩年にはギリシアからアラビアに移っている。
 御間城入彦の「間城」[マキ]は、ギリシア語でマキ Make つまり「栄え」の意、これはメッカの語源でもある。
 また、当時日本の属国だった任那[ミマナ。朝鮮半島南端にあった日本の領土だとされていたが、現在、その存在は否定されている]はマケドニアである。マケドニアはマキ・ドネー Make-Done 「マキの名を負う国」を意味し、ミマナはバッカスの別名ミマロナに由来する。アレクサンドロス大王がアテナ=アマテラスを祭ったのは、彼が日本人の子孫だからである。
[アレクサンドロスがギリシアの軍神アテナを祭るのは当たり前だろーがっ!]
 崇神天皇の皇子豊城命[トヨキノミコト]のトヨキは、ギリシア語で「剣」[つるぎ]を意味するトウキ Teucia である。彼の領地は後にツルキ[トルコ]人の国となった。また、ツルキの国、ツルキスタン[トルキスタン。中央アジア]をつくった。古代にはトルキスタンをスキティア[スキタイ。南ロシア]と呼んだが、これは鍬[すき]の国の意味で、その妹の豊鍬入姫命[トヨスキイリヒメノミコト]に由来する。
[トルキスタンってトルコ人の国って意味で、トルコ人はここから現在のトルコへ移住してきたんですけどね。おまけにスキタイとトルキスタンは場所が違う。]

2 天文学者ヒパコ及びアリシタルコス埃及日本に来る

 垂仁[スイニン]天皇[第11代]は都をエジプトに移した。この代に、天の日矛[アメノヒホコ]なる人物が来たが、これは天文学者ヒパコ[ヒッパルコス(紀元前2世紀)]である。天の日矛の持ってきたという宝玉は、星座図のことである。また、これより前に宇斯岐・阿利叱智・干岐[ウシキ・アリシチ・カンキ]なる人物がきたが、これはやはり天文学者のアリシタルコス[アリスタルコス(紀元前3世紀)。地動説を唱えた]である。
[全然年代が合ってないのだが、もはやここまで来ると、そのくらいのことは気にならなくなる。]

3 狭穂姫と本牟知別王──西王母とマホメット

 垂仁天皇の皇后、狭穂[サホ]姫は、『聖書』のシヴァの女王であり、サハラ沙漠の語源であり、中国神話の西王母である。その子、桃太郎として知られる本牟知別王[ホムチワケノミコ]は、マホメット[ムハンマド、570頃-632]である。さらに、この王の伝説はイギリスに伝わってシェイクスピアの『ハムレット』になった。『ハムレット』には他に、『道成寺』なども混ざりこんでおり、材料も地理も実は皆東洋にある。さらに、バイロンの『海賊』の主人公も同一人物である。
[……む、無茶苦茶だっ! 年代が合わないなんてもんじゃねーぞっ!]

4 皇化の亜細亜発展──日本武尊

 景行天皇[第12代]は日向の日代宮に移ったが、これはエジプトのヘリオポリス[エジプトの古代都市オンのギリシア名]である。その皇子・日本武尊[ヤマトタケルノミコト]は、アジア全土を征服した。碓氷峠はアッシリアのザクロ山であり、この峠より東は「あづま」である。また、チベットは「日高見[ひたかみ]国」[東北地方にあった国のはずだが]と呼ばれた。膽吹山はカラコルム山脈である。
 ヤマトタケルはアポロンである。アポロンの別名はタケルという。どちらも琴や弓矢の神であるし、アポロンの妃や皇子の名はヤマトタケルと同じである。また、彼はインド神話のインドラでもある。インドラはギリシア語の「アンドラ」つまり「男子」である。ヤマトタケルは「実に男子の『男子』たるなり」。
[強引というかハチャメチャというべきか。だが、ヤマトタケルに関する話はこれだけでは終わらないのである。]

5 日本武尊と釈迦とマホメット

 ヤマトタケルは東征に赴く際、景行天皇に「巧言以って暴神を調え、武を振って姦鬼を攘[はら]え」と告げられた。つまり、彼は「巧言」=「言葉」の神であり、同時に「武器」を持つ神である。
 釈迦の本名ゴータマ・シッダールタの「ゴータマ」は「言葉」であり、シッダールタはギリシア語で「斧鉞を持つ者」を意味する。
 マホメットは「コーランの経典を信ぜよ、しからざれば剣を受けよ」と言った。
 イエス[?-30頃]は、「言葉は即ち神である」と言い、「自分は地に泰平をもたらすのではなく「刃」をもたらすために来た」と言った。
 後醍醐[ゴダイゴ]天皇[1288-1339、在位1318-39]は左手に法華経を持ち、右手に剣を持って崩御した。
 だから、釈迦・マホメット・イエス・後醍醐天皇は、皆、ヤマトタケルと同一人物である。
[もはや語るべき言葉もないだろう。馬鹿馬鹿しさもここまでくれば壮絶である。3代宗教はヤマトタケルが作ったのだ!]


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//[木村鷹太郎の世界4]


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木村鷹太郎の世界


第4編 天教の世界宣伝(2)

1 神功皇后の西征は伊太利征伐

 成務[セイム]天皇[第13代]は影面(かげとも=金剛=コンゴ)、背面(そとも=スーダン)などの地名を定めた。
 仲哀[チュウアイ]天皇[第14代]は南国巡狩をしたが、これはアラビア海岸の巡狩のことである。また、熊襲[くまそ。南九州の大和政権に副属しなかった部族、の筈だが……]を攻めようとして穴門[あなと]に行ったが、穴門はアカバ湾のアラナである。熊襲はギリシア南部のことである。
 仲哀天皇没後、その后、神功[ジングウ]皇后は新羅を攻めたが、これは前に述べた通りイタリアのことである。『日本書紀』の文飾の多い部分は必ず地理的偶意を含めており、この辺りの記述ではイタリアの地名が多く折り込められている。「あゝ世界の史学家──特に伊太利人は日本書紀に対して無限の感謝を表せざる可からざるなり。」
 例えば、「即ち素旆[しろはた]を掲げて自ら服[まつろ]い素組して面縛し図籍を封じて王船の前に降りて叩頭す」という文章では──「素旆」「素組」はタスカン[トスカナ]、日本語で「栲布[たくづぬ]の白き」というが、たくづぬはタスカンである。「面縛自服」はラティウム[ラテン]、自ら服するの意。「王船」はヴェネツィア、船の意。「叩頭」はアンパニア[不祥]、「屈折」つまり「叩頭」[頭を地面につけるおじぎのことなのだが]の意。他に、「大魚」はイオニウム[イオニア]海、イオは魚である。
 また、三韓[朝鮮半島南部にあった馬韓・弁韓・辰韓(後の百済・新羅・加羅)の三国のはずだが……]はイタリア北部のガリア、つまりガラである。ガリアは三つに分割される。また、当時の新羅王は宇流助・富利知干[ウルショ・フリチカ]というが、これはローマ王タークィン5世ルシオ・フリシカ[ルキウス・タルクイニウス・フリスクス。5代目のローマ王]のことである。

2 応神天皇──及び七曜の意義

 神功皇后の子応神[オウジン]天皇[第15代]は文・武の神であり、北欧神話の武神オーディンで、ギリシア神話の文神カドモス[フェニキアの王子でエウロペの兄。ギリシアに渡って大蛇を殺し、テーバイを建設した]である。彼の都、軽島の明ノ宮は、南エジプトのチバ[テーベ]にあるカルナック(軽島)神殿とルクソール(明ノ宮)神殿である。チバは「豊明」の意。
 ギリシア史ではホイニシア[フェニキア]人カドモスがエジプトのチバを見てギリシアにチバ[テーベ、テーバイ]を建設したという。これは『古事記』の「ちばのかづぬを見れば」という記述と同じである。ギリシア神話によれば、カドモスが大蛇を殺したとき、アテナが言葉を伝え、大蛇の歯を地に撒くことを命じた。そうしたところ土中から槍の穂先が出、次に甲冑をつけた兵士が出た。カドモスは彼らを使ってテーベを建設した。ところで「言葉」はギリシア語でロゴスつまり『論語』、「槍の穂先」はセンチメンつまり『千字文』である。[おーい、孔子はどうなった!?]
 また、カドモスは王仁[ワニ。日本に『論語』や『千字文』を伝えた渡来人、のはずなんだが……]と同一人物である。ホヒニシアの語幹「ポエニ」がベニ→ヴェニ→ワニと変化した。また、「ポエニ」も「わに」も紅の意味である。
 七曜の名前は日本の神々と天皇を記念したものである。すなわち、

  • 日曜日──天照大御神=アテナの日。太陽の日だから。
  • 月曜日──月読ノ神の日。
  • 火曜日──大物主ノ神=ゼウスの日。
  • 水曜日──応神天皇=オーディンの日。
  • 木曜日──豊浦の神・仲哀天皇=トール(北欧神話)の日。
  • 金曜日──神功皇后=フリゲ、別名ジンゴー(北欧神話)の日。
  • 土曜日──須佐之男尊=サトゥルヌス=ペルセウスの日。須佐之男尊は土壌木材の神だから。

3 仁徳天皇の難波──スエヅ運河開掘の率先

 仁徳[ニントク]天皇[第16代]の都、難波はスエズである。これはギリシアのアカル・ナニヤ=難波とは別である。難波の語源は「ナナツ」、つまり「七つ」で「若者」の意。スエズは「七つ」の地である。また、スエズは「摂津」と同じである。私は内閣図書館で仁徳天皇時代の難波の地図を見つけたが、これは大阪の地形とは全く違い、ギリシアのアカル・ナニヤの地形と一致する。
[大阪の地形は、淀川の運ぶ土が大阪湾を埋め立てたため、古代と現在とでは大きく変化してしまっている。が、その前に、「仁徳天皇時代の地図」なんてものが本当に残っているのか? 本物なら「日本最古の地図」ということになるのだが……。]
 仁徳天皇はスエズ運河を開削した。仁徳天皇には聖帝という別名がある。エジプトでスエズ運河を初めて作った王はセイティ Seti 1世[第19王朝のファラオ、在位B.C.1318-04]。ギリシアのセイトス王も同一人物である[これは正しいらしい]。また、これは英語セージ sage (聖人)の語源である。
[古代エジプトではナイル川の水を利用したスエズ運河が掘削された、というのは事実だが、それがセイティI世時代かどうかははっきりしない。]
 エジプト史にはセイティI世がユダヤ人を使ってコロコヂル[クロコダイル。ワニ]の池を掘る、とあり、これは仁徳天皇が秦人[渡来民。秦の始皇帝の子孫を称しているが、実は朝鮮南部の出らしい]を使って丸迩[わに]の池を掘る、という記述と附合する。したがって、秦人はユダヤ人である。
 ポートサイドにはスエズ運河の建設者レセップスの銅像が建っている[1956年に壊されてしまった]が、日本人は運河を最初に作った仁徳天皇の銅像か神社を建造するべきである。


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//[木村鷹太郎の世界5]


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木村鷹太郎の世界


第5編 世界統一の神天照大御神

1 耶蘇紀元は天照大御神のエチオピヤ伊勢鎮座の紀年なり

 天照大御神[アマテラスオオミカミ]は世界を統一した大神である。
 垂仁天皇の25年に伊勢に鎮座[神がその場所を自分の土地として留まること]されたが、これはエチオピアである。この鎮座の年は、キリスト紀元前5年である。正しいキリスト紀元[つまりイエス=キリストの生年]は紀元前5年または4年、というのは西洋学者の定説である[キリストが生まれた時のユダヤ王ヘロデは紀元前4年に没しているからそうなる……という理由を知っているんだろうか?]。これはもちろん偶然の一致ではない[そもそも垂仁天皇25年が紀元前5年というのが怪しいんだが]。キリスト紀元は伊勢鎮座の紀年なのである。
 この鎮座は、御鏡を鎮座したものである。この御鏡は平面鏡ではなく、鼎、壺、酒杯と同一のものである。なぜなら天皇の位を「日高」というが、これはギリシア語でピダカ、酒壺の意。皇太子を「ひつぎのみこ」といい、立皇太子の儀式では壺切りの御剣を伝えるが、「ひつぎのみこ」はギリシア語でピトイギ、「壺切り」の意味である。
 イエスはギリシア神話の酒神バッカスの変形である。イエスの経典には何度となく葡萄や酒が出てくることからそれが知れる。また、エホバ、別名ヤハウェはゼウスの変形で、またバッカスと同一神である。バッカスの別名はヨウホイというからである。私の郷里、宇和島の盆踊りでは「ヨウホイ、ヨウホイ、ヨウイヤナー」という歌が歌われるが、これはバッカスを歌っているのである。
[エホバがバッカスと同一とは、キリスト教徒が聞いたら激怒しそうである。それにしても前後の矛盾をものともせず無理やりこじつけてしまう神経が凄い。]

 ヨーロッパの教会では菊花紋章のあるキリスト像を見かけるが、菊花は学名クリス・アンセム、つまりキリスト花を意味する。また、バムビノ[バンビーノ。イタリアで、幼少のキリスト像]というキリスト像があり、医療の神秘力があるというが、これはバンブー[竹]、藪である。日本語の藪医者は、本来「藪は医者なり」を意味した。ヤブの語源はギリシア語のヤマイ(病を直す)である。また、イエスは「癒す」の意。
[ああ、もう、むたくた……。]
 ペルシアのスサからは16弁の菊花紋章のある遺物が出土し、またペルシアの王室[当時のカージャール朝(1794-1925)]は16弁の菊花を紋章とする。ギリシア神話のアスクレピオス[医術の神]は『古事記』垂仁記に登場する豊・朝倉・曙立王。アスクラは朝倉で、ピオスは豊を意味する。また、この神のエピダウロス神殿の破風の紋章は、12弁の菊花である。エジプトのサクカラ[サッカラ]から出土した女神像の左胸には16弁の菊花紋章があった。これらは全部日本と関係するものである。
[なお、皇室の菊花紋章は後鳥羽天皇(1180-1239、在位1183-98)以降使われることになったという。したがってこの論証は全く意味がない。]

 したがって[どういう脈絡なのかちっともわからないが]、日本がスベラ御国[神の国、天皇の国の意]であるのは当然であり、日本が神国を自称するのは至当、イエスが「神の国を求めよ」というのは日本教を宣伝していたのであり、この神の国とは神国日本なのである。「ヨハネ黙示録」には日本国に関する世界帝国の予言がある。「彼の口より利剣出づ、之を以って諸国の民を撃つ、且つ鉄のつえを以って列国の民をつかさどらん。彼が衣と股に記せる名あり、曰く諸王の王」。「ダニエル書」にも日本帝国に関する予言がある。
[「ヨハネ黙示録」が予言書であるという話は多いが……なんでこれが日本の予言になっているのか、ちっともわからん。]

2 世界統一人類平和の理想は日本に起原す

 天照大御神=アテナは日光の神である[太陽神はアポロンだが]だけでなく、農工、知識、善美、尚武、護国、世界統一、平和の神である。武神であるからアマゾン、つまり「天国守護」とも称した[アマゾンは「乳なし」って意味なんだけど]。天照はギリシア語でアマ・テロス、「完全円満全権統治」を意味する。
 ヤマトはギリシア語でヤマトス[イァマトス]、治療救済の意。だからヤマトは救世国である。キリスト教の救済思想はこのヤマトに由来するものである。
 ユダヤの建国は、日代の宮=ヘリオポリスの祭祀オサルシフ、つまり景行天皇(本名は忍代別[オシロワケ]命、つまりオサルシフ。またエジプトのオシリス神でもある)の恩恵による。
 釈迦は天照大御神の子、正勝・吾勝・勝速日・天忍穂耳と同一である。釈迦の伝記にあるマガダ国はエジプトの纒向[まきむく]、別名ゴセンであり、鷲の山はシナイ半島の山で、アララ仙人の山はアララット山である。また、釈迦入滅の地はアフリカ南部である。仏教の本地はアルメニアとエジプトである。
 マホメットは崇神天皇、垂仁天皇、本牟知別王と同一である。現在アラビアに伝わっているマホメットの伝記は不完全なもので間違いが多い。
[前にヤマトタケルと同一人物と書いたのはどこの誰だ?]

 日本は世界に冠たる「スベラ御国」であり、天皇はすなわち「スベラ尊」。天皇こそが世界を統一し全世界の帝王たるべきである。その他の諸国の諸君主はことごとく天皇の国造である。というのも、諸国の君主のうち、「王」は皆プリンス[間違い。プリンスは王子・公爵]つまり日本語の「みこ」で、侯爵・伯爵はデューク[これも間違い。デュークはイギリスの公爵。英語で侯爵はマークィス、伯爵はカウント]、ズコ、コン・ヅコ、つまり国造[くにつこ。普通「くにのみやつこ」と読む。古代の地方官]のこと。
 イギリスはスカンジナビアの海賊、ノルマンディ侯ウィリアムの建国[これは正しい]。蜂須賀小六の後裔が現在の侯爵である[え、なんで?]。ドイツはホーエンツォレルン侯家で、国造家。ロシアはスカンジナビア人ルーリックの建国。オーストリアもまた侯国。米国は平民国。清国は「満州土人」[原文のママ]の建国で、しかも今は滅亡した[辛亥革命、1911年]
 一方、アビシニア[エチオピア帝国(?-1974)]の王は「王の王」と呼ばれ、ソロモン王とシバ女王の末裔といわれる[そう自称していたのは事実だが、無論、学問的には全く問題にならない]。ソロモンは大国主命の子、建御名方[タケミナカタ]ノ命、シバ女王は狭穂姫。だから日本皇室の傍系である。
 また、トルコ[オスマン=トルコ帝国(1299-1922)]の王は万世一系を名乗る[1299年の建国なんだけど]。崇神天皇の王子豊城命の子孫で、やはり皇室の傍系。

 此く世界諸王国の系図を調べ来るも、到底日本の系図に及ぶものなく、日本帝国は全世界に於て開闢以来万世一系のスベラ尊を戴ける所のスベラ御国たり、以って全世界に帝王たるの資格ありと謂ふ可きなり。
 此くて世界統一人類平和の理想は、世界統一の神たる天照大御神の建て給へる太古の日本に起原し、日本帝国は此理想を実行し来れるスベラ尊の国たり、将来又た此大理想を宣言し、其宣言の中心たる権利と義務と、即ち其資格を有せるものなるや、日月よりも炳か[あきらか]なりと謂ふべし。日本民族たるものは、造次にも顛沛にも、常に此事を念頭より去る可からざるなり。

[ま、要するに「世界は全部日本のものだ!」と言いたいわけである。]

3 余論──『日本学』創始の必要

 天智・持統・天武天皇の時代には、日本の中心はインド・チベットにあった。奈良時代から南北朝時代までの日本史の地理的舞台も、また海外である。源平時代と南北朝時代は実は同じ時代で、光厳[コウゴン]法皇[1313-64。北朝初代天皇(在位1331-33)。晩年、出家し全国を行脚した]の行脚はビルマからインド、セイロン[スリランカ]一帯に及び、その年代は中国史における宋末・元初の頃[日本史では鎌倉末期。とことん時代が合わない]である。
 『日本書紀』から『太平記』に至る間に描かれる地域は、エジプトのギザのピラミッドから、アフリカ南端に至り、アルバート湖やヴィクトリア湖の詳しい地誌がある。また、マダカスカル島とレユニオン島は鬼界島である。

 其果して何れの時より現在島国日本の国家的活動の歴史の始りしかは、余の未だ十分に明かに為し得ざる所なりと雖、意外に新しきものなるは、余はこれを成せざると得ざる者なり。

[……というわけで、なんで現在の日本が島国なのかはちいともわからぬまま、この話は終わってしまうのである。]


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//[木村鷹太郎の世界6]


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木村鷹太郎の世界


続編 西方旧日本の極東移転及び日本諸国名の意義

[本全体の1/3以上を占めるこの部分では、日本の旧国名は世界各地にあった国名を転写したものである、として、世界各地の地名と日本の旧国名をむりやりこじつけている。全てを一々紹介するわけにもいかないので、適当に選んで紹介すると、]

山城
アルメニアの別名アマゾン(Ama-Zones)国のこと。アマゾンはアマ+ゾン、アマはヤマ(山)、ゾンはギリシャ語で園生(ゾノフ)で城を意味する[伝説ではアマゾンは確かにカフカス地方、つまりアルメニア付近にあると考えられていたらしい。だけど、アマゾンは「乳なし」の意なんだってば!]。また、キリスト教でいうエデンの園もここである。
加賀[石川県南部]
コンゴである。コンゴはギリシア語でカンガ、焦熱・堅固を意味する。だから灼熱地獄はここである。コンゴ河は恒河[ガンジス河]で、インドの恒河はこの名を移したものである。
淡路
ホヒニシア(フェニキア)である。『古事記』によれば淡路は別名を穂之狭別[ほのさわけ]といい、これはホヒニシアがちぢまったものである。ホヒニシア人はアフロディテを崇拝する国で、アフロディテがアホヂ、アハヂと変化した。また、アフロディテは海の泡(淡)から生まれた神である。
伊豆
マレー半島である。地形が似ている[どこが?]。マレーとはラテン語でマラ、これは直立するものを意味し、これをギリシア語でイズと言う。
安房[千葉県南部]
アフガニスタン。アフガニスタンはアフリカ植民国 African-stan の意味[もちろん本当は無関係。正しくは「アフガン人の国」]。アフリカの語源はアフラ Aphra すなわち「泡」、だから安房である。
美濃[岐阜県南部]
アルメニアの東、古代アリアナ国。ギリシア神話のアリアドネ女神の国である。その父にミノスなる神がいるが、父子一体である。だからアリアナ国はミノ。[ミノス王はクレタ島の王でアリアドネはその娘。なんでアリアナが出てくるのだ。しかしミノタウロスが美濃出身であるという洒落、誰かが書いてたような気がする……。]

 なお、巻末には、付録として「東京京都両大学及び修史局の『倭女王卑弥呼考』を駁す」という論文が収録されている。この論文は、邪馬台国研究史上最も奇妙な学説(といっても「新史学」にとっては氷山の一角に過ぎないが)、「邪馬台国=エジプト説」について述べたものである。これについては、別稿にまとめておいたので、そちらを参照していただきたい。


 最後に「解説」がある。
 日本は皇御国[スベラミクニ、皇国]と自称する。スベラとはラテン語でスペラ、至上至貴の国を意味する。しかし、現在の日本は小国にしてスベラとは言い難い。それに旧派史学では、日本文明は最初朝鮮、後に中国・インド、最後に欧米からこれを学んだという。これまたスベラとは言い難い。さらに、アッシリア、バビロニア、エジプトは数千~数万年に建国され、たかだか二千五百数十年[それでも長すぎる]の歴史しかない日本はまたもやスベラとは言い難い。旧派史家の言う神武紀元[紀元前660年を神武天皇即位の年とする、現在では論外とされる説]に従えば日本は現存する最古の国になるからスベラと言えないこともないが、国は古けばいいというものではない。
 世界の様々な国が、自国を美称するのは自由である。それは自画自賛で主観的なものだからである。日本のスベラ御国というのもそういうものである。[と、ここまではまあ、もっともなのだが……]
 が、日本民族の心底には「日本は皇国、至上至貴の国である」という信仰が厳として存在し、この気位だけは何をもってしても圧伏させることができない。この気位がなぜ極東の小島国日本の国民の心底に存在しているのか。旧史家の研究は、この信仰的事実と矛盾する。
 この信仰は厳然たる事実である。間違っているのは旧派の歴史家の方である[何故!?]。私は新史学あるいは日本学というものを提唱する。この新史学は、日本民族のスベラ信仰と合一し、その起原を説明できるものである。そして私の研究の結果は、

  1. 日本祖先の神々は、世界人類──少なくとも文明人種の祖先なること
  2. 日本太古の版図は世界的に大なりしこと
  3. 日本の中心即ち皇室は、世界最古の皇室にして、アススリヤ[アッシリア]、バビロニヤ及び埃及よりも古代なること
  4. 日本民族は太古の文明を形成し、以って後世世界の文明の基礎を成せしこと
  5. 特に吾皇室は世界救済を目的と為し、日本民族は「ヤマト」即ち「救済」を意味せる高尚なる目的を有せること
  6. 西方文明の率先者たる古代の希臘も、羅馬も、埃及も皆吾皇室の国なりしこと
  7. 現日本民族の中心は、西洋即ち地中海方面より東漸し来りしこと

である。
 私の方法論は、比較神話によって日本神史の系統を明かにし、比較言語によって日本語源を知り、国典地理を厳密に研究し、日本の太古史と西洋諸国の太古史との交渉の有無を見極め、日本の太古が世界に残る太古史にどのように記録されているのかを明かにすることにより、客観的で堅固な基礎[いったいどこにそんなものがあるのだ?]を作り、その堅固な基礎の上に大々的世界的神国日本ありしを発見し来るものである。
 旧史学者はどうしようもない無知、無学で、全く誤っている。
[これほど言っていることとやっていることが解離している文章も珍しいだろう。本人が本気だけに、余計タチが悪い。]


 ところでなんでこの本が『海洋渡来日本史』という題名で復刻されたか、ということなだが。日本文化の起原は、大陸から中国を経てやってきたというのは間違いで、南方から黒潮を伝わってやってきた、と主張していた編者の八切止夫が、自説に都合のいい本を捜し出してきて復刻した、ということらしい。しかし、鷹太郎は日本文化が海洋を伝わってやってきた、などとはひとっ言も書いていないのだが……。
 八切の挿入した珍文(プロの作家とはとても思えない、ひどい文章。おまけに本文とほとんど関係がない)には、次のようなものがある。

 中国の周史もバビロニヤ史の漢訳であったとは現代では周知の事実である。[これはおそらく鹿島舜の「借史論」のことなのだろうが、いつ「周知の事実」になったのかぜひ教えてもらいたい。それだったら周時代やそれ以前の遺跡はいったい何なんだろう。]

 「黄禍論」をドイツ皇帝カイゼル[カイゼルは皇帝の意味である]がヨーロッパで説いたのも、ドイツ語の刊著を読んだせいか。[ドイツのウィルヘルム2世が黄禍論を唱えたのは日露戦争以前で、時代があわない。]
 なにしろ阿片戦争から、有色人種は白色人種にはかなわぬものとされていたのをば、日露戦争によって白人の大国に戦勝した当時の日本人としては、もはや白人なにするものぞと気概を示して、彼らのイエスキリストをも太古の日本人となして世界制覇をおおいに志しもした。[世界征服するな。]

 明治日本人の意気軒昂たる発想によるもので、陸海参謀教育テキストに採用されもした。[とうてい実話とは思えない。木村が一時期陸軍士官学校の英語教授をしていた話と何かを混同したのかもしれない。]

 人類は今のエチオピアで文化をもち当時白っ子呼ばされていた白人を奴隷にエジプトにピラミット建設。[ヨーロッパ人が当時エジプトにいるわけがないし、だいたい、ピラミッドは奴隷労働の産物ではない。]

 大航海時代になるまで白っ子人種は、蔑まれスカンヂナノルウェーに追われ寒気で胸毛や毛むじゃら[スカンジナビアはノルマン人の出身地。それにしても差別意識が実にみっともない]。有色人種は彼らをモンキーと蔑んでいた[「有色人種」「白っ子人種」が何を指すのかよくわからない。だいたい、「モンキー」という蔑みかたは進化論以降のものである]が彼らが技術人間に変化し逆転。が日本人の出現は世代交替。


 ともかく、こんなトンデモない内容の著作が、千葉大学付属図書館の歴史学の書架に、一見まともそうな顔をして、まともな歴史書の中にまぎれこんでいたのは、かなりのショックだった。
 だが。実はもっと怖い話があるのだ。
 これだけ変な本があるのだから、他にも変な本があるのではないかと図書館内を捜してみたところ……集密書庫の奥地から、さらに木村鷹太郎の著作が発見されたのである。

『世界的研究に基づける日本太古史』(上/下)(博文館 1911~12)

 『海洋渡来日本史』の元となった、百科事典並みにぶ厚い二巻本。木村鷹太郎の代表作である。もちろん『海洋渡来日本史』に輪をかけてトンデモない歴史が展開されていることは言うまでもない。いったい何の因果で、こんな本が図書館にまぎれこんだのか、ぜひとも知りたいものである。
 なお、この『世界的……』は、八幡書店から復刻版(1983)が出ている。いや、別にお勧めはしませんが……。


[前章]

[望夢楼][謎の疑似科学世界]/[木村鷹太郎の世界6]

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