2025年11月7日金曜日

上品蓮台寺(京都市)ー司馬遼太郎『兜率天の巡礼』の舞台を訪ねてー|David Ishii

上品蓮台寺(京都市)ー司馬遼太郎『兜率天の巡礼』の舞台を訪ねてー|David Ishii

上品蓮台寺(京都市)ー司馬遼太郎『兜率天の巡礼』の舞台を訪ねてー

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 司馬遼太郎の小説『兜率天の巡礼(とそつてんのじゅんれい)』には、洛西の「上品蓮台(いん)」という寺院が出てくる。この上品蓮台院という寺院は実在せず小説上のフィクションのようであるが、京都市北区紫野十二坊町には真言宗智山派の「上品蓮台(てら)」という寺院が存在し、この場所がモチーフであったのではないかと私は勝手に思っている。

司馬遼太郎の短編『兜率天の巡礼』は西暦431年に小アジアで開催されたキリスト教のエフェソス公会議の結果、ネストリウス派という派閥が破門され、その学派に属した者たちは西アジアを経て、中国の長安にまで逃げ延びていった。この物語はそのようなネストリウス派の命脈を継ぐ、ユダヤ系ペルシア人の末裔たちが中国を超えて、7世紀の日本・京都に来ていたという物語である。少々荒唐無稽な気もするものの、浮世はつらいことが多いから、古代の日本に遥か東ヨーロッパのローマ帝国にルーツを有する人々が渡ってきたとしてもおかしくない!この小説の着想は素晴らしい!と太鼓判を押したのが、司馬を世に送り出した一人 故・海音寺潮五郎である。渡る世間の深刻な事情を抱えて日本に来て、日本の社会や歴史の中に溶け込んでいった人たちは昔も今もきっとたくさんいたはずである。

 予め期待していたほど、桜自体には感動しなかったので、長い堀川通の坂を下り、自宅へと戻った。

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上品蓮台寺の看板

 蓮華金宝山九品三昧院(れんげこんぽうざん・くぼんざんまいいん)と号する真言宗智山派の寺院である。
 古くは聖徳太子の創建と伝えられ、当初は香隆寺(こうりゅうじ)と称したが、天徳四年(960)に宇多法皇の勅願により、寛空僧正(かんくう・そうじょう)が再建し、寺号を上品蓮台寺と改めたといわれている。当時は、広大な寺域に伽藍が建ち並ぶ壮大なものであったが、応仁の兵火により焼失した。
 文禄年間(1592-1596)に性盛上人(しょうせい・しょうにん)が復興し、この付近の蓮台野一帯に十二の子院を建立したことから、「十二坊」の名で知られるようになった。
 本堂には、村上天皇から賜った上品蓮台寺の勅願を掲げ、その内部に、本尊の延命地蔵菩薩を祀っている。
 寺宝として下段に経文を、上段に経文の内容を説明した絵画を描いた貴重な経典として名高い絵因果経(国宝)をはじめ、文殊菩薩画像、六地蔵画像(ともに重要文化財)など、多くの文化財を所有している。
 境内には、平安時代を代表する仏師・定朝の墓があり、春には枝垂桜が見事に咲き誇る。

上品蓮台寺内の京都市による説明。

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