ネアンデルタール人の胎児でわかった「絶滅への深刻な一撃」、6万5000年前に人口が激減
約5万5000年前に亡くなったネアンデルタール人の胎児のDNAを分析したところ、彼らが絶滅する数万年前に、遺伝的多様性を大きく失う深刻な人口の激減が起こっていたことが明らかになった。胎児が属していたのは約4万年前に絶滅した最後の系統ではなく、より古い系統だった。その希少なDNAのおかげで、古い系統の実態をより明確に把握できた。この論文は3月23日付けで学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表された。 ギャラリー:ネアンデルタール人の最後の日々 写真と画像18点
「ネアンデルタール人のごく幼い子どもの骨は、出生前であれ出生後であれ、非常にめずらしいものです」と、ポルトガル、アルガルベ大学の考古学者および地球科学者で、論文の共著者の1人であるアルビーゼ・バルビエーリ氏は言う。
「これまでの例はおそらく、フランスで研究されたものが1件あるのみです」
研究チームは今回、胎児の「ミトコンドリアDNA(細胞内のミトコンドリアにあり常に母親から受け継がれるDNA)」に加えて、ベルギー、フランス、ドイツ、セルビアなどヨーロッパ各地で見つかったネアンデルタール人のミトコンドリアDNAの配列をさらに9例決定した。新たに得られたこの10例を既知の49例とあわせて分析し、胎児に代表されるより初期の系統と最後の系統の違いを明らかにできた。
この発見により、ネアンデルタール人が約6万5000年前に「遺伝的ボトルネック」、すなわち、遺伝的多様性の大半を消し去る人口の激減に見舞われていたと推定できた。 今回の研究は、この遺伝的ボトルネックが発生した時期について、これまでで最も精度の高い推定値を提示している。
人口が激減したのは、ヨーロッパに広がった氷床によって、比較的氷の少ないフランス南西部へとネアンデルタール人が押し戻された時期ではないかと科学者らは考えている。こうした場所を科学者らは「氷期逃避地(glacial refugium)」と呼んでいる。
その後に氷床が後退し、再びヨーロッパに広がって人口が回復したネアンデルタール人が遺伝的に非常に似通っていたことも今回の研究は示唆している。そして、ネアンデルタール人は4万5000年から4万2000年前にかけて最後の人口激減を経験し、まもなく絶滅した(ただし一部はホモ・サピエンスと交雑した)。 彼らの最終的な消滅は、狩猟や採集の領域を縮小させた気候変動が原因だったのではないかと、研究者らは考えている。
米プリンストン大学の遺伝学者ジョシュア・エイキー氏は、後期ネアンデルタール人が遺伝的に互いによく似ていたと思われる点に注目している。 「人口規模の急激な縮小が示唆しているのは、最終的に姿を消す以前から、ネアンデルタール人がすでに人口動態への圧力を受けていたということです」と、エイキー氏は述べている。
「きわめて興味深い」発見
今回の研究は、ネアンデルタール人の遺伝的ボトルネックが起こった時期をいち早く提示したもののひとつだ。ボトルネックの存在については以前より示唆されていたが、胎児やほかのネアンデルタール人から得られたミトコンドリアDNAのおかげで、その具体的な時期を特定することがようやく叶ったと、研究者らは言う。 正確な時期については依然議論の余地があるとしつつ、「基本的な考え方には十分な裏づけがあると、わたしは考えます」と、米ウィスコンシン大学マディソン校の古人類学者ジョン・ホークス氏は述べる。「後期のヨーロッパのネアンデルタール人は、6万5000年前以降のある時点で存在していた小さな創始者集団に部分的に由来します」 最後のネアンデルタール人の系統が限られた遺伝的多様性しか持っていなかったという発見は「きわめて興味深い」と米ニューヨーク州立大学バッファロー校の遺伝学者カリクレイア・カラゲオルギウ氏は述べる。 ネアンデルタール人に何が起こったのかをより深く理解するには、より多くの個体のゲノム配列を決定するしかないと、氏は言う。「わたしはそれこそが、現在この分野で最も注目を集めている、最先端の領域だと考えています」
絶滅の謎を解くきわめて重要な手がかりに
5万5000年前の骨から有用なDNAを抽出するのはそもそも難しい作業だが、胎児からそれを取り出すのはさらに困難だった。 古代のDNAは多くの場合、エナメル層に守られている歯から見つかる。しかし、胎児には歯がなく、顎も丸ごとは残っていなかった。 内耳の骨には通常、古代DNAが豊富に残っている。だが、このケースにも当てはまらなかった。 胎児の骨のうちごくわずかな部分からしか、分析に使える古代DNAは得られなかったと、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)でもあるバルビエーリ氏は強調している。その量はきわめて少なく、抽出できたのはミトコンドリアDNAのみであり、完全な解析に必要となる細胞核のDNAは得られなかった。 この胎児はおそらく、母親が亡くなったときに埋葬されたものと思われるが、母親の遺体は見つかっていないという。 古代の遺伝子解析に加えて、バルビエーリ氏らはこの胎児の化石に対し、マイクロCTスキャンと解剖学的研究を行っている。その成果の一部をまとめた論文は、2月26日付けで査読前論文を投稿するサーバー「bioRxiv」で公開された。 この研究で氏らが、PNASに掲載された研究の成果を基に、出生前のネアンデルタール人の発育(出生前の骨の発達を含む)について調べた結果、ネアンデルタール人と現代人の胎児を比較できたと、バルビエーリ氏は述べている。 いずれの研究も、新たに判明したネアンデルタール人に関する知識と、彼らが現代人とどの程度似ており、またどの程度異なっているのかを示している。ネアンデルタール人が約4万年前に最終的な絶滅に追い込まれた要因の全容はまだ明らかになっていないが、今回の研究は、その謎を解くとても重要な手がかりになる。
文=Tom Metcalfe/訳=北村京子