2026年8月29日土曜日

動画で明らか、日本701年が世界最古の国旗記録 投稿された動画は、日本の「日像」の旗が701年(大宝元年) の文武天皇の朝の儀で使われた『続日本紀』の記録を根拠に、世界最古の国旗として紹介している。この記述は宮中の儀式で太陽をモチーフにした旗の最古の文献記録だが、現代の白地赤丸の日の丸とはデザインや用途が異なり、国家旗として定着したのは幕末以降、法律で明文化されたのは1999年だ。一方で、太陽を国の象徴とする精神の起点として捉え、長い歴史への誇りを共有する声が広がっている。 このストーリーは、Xのポストの要約であり、時間の経過とともに新しくなります。Grokは間違えることがあるため、アウトプットが事実かどうかを確認してください トップ 最

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動画で明らか、日本701年が世界最古の国旗記録

投稿された動画は、日本の「日像」の旗が701年(大宝元年)

の文武天皇の朝の儀で使われた『続日本紀』の記録を根拠に、世界最古の国旗として紹介している。この記述は宮中の儀式で太陽をモチーフにした旗の最古の文献記録だが、現代の白地赤丸の日の丸とはデザインや用途が異なり、国家旗として定着したのは幕末以降、法律で明文化されたのは1999年だ。一方で、太陽を国の象徴とする精神の起点として捉え、長い歴史への誇りを共有する声が広がっている。

このストーリーは、Xのポストの要約であり、時間の経過とともに新しくなります。Grokは間違えることがあるため、アウトプットが事実かどうかを確認してください

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天皇家に最後まで従わなかった男は、東北と阿波に痕跡を残していた──長髄彦とアラハバキの謎|きーの歴史沼チャンネル

天皇家に最後まで従わなかった男は、東北と阿波に痕跡を残していた──長髄彦とアラハバキの謎|きーの歴史沼チャンネル

天皇家に最後まで従わなかった男は、東北と阿波に痕跡を残していた──長髄彦とアラハバキの謎

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お元気様です🫡
きーちゃんです🐊

今日は、天皇家に最後まで従わなかった男の話をします。

その名は、長髄彦(ながすねひこ)。

神武東征に立ちはだかり、討たれた「敵役」です。
教科書ではせいぜい一行、名前が出るかどうか。

でも——調べていくと、この人の痕跡が、日本のあちこちに残っているんです。
東北にも、そして阿波(徳島)にも。

しかも最後には、日本神話そのものの構造が見えてきます。

■ まず、長髄彦とは誰か

長髄彦は、大和を守っていた豪族です。

饒速日(ニギハヤヒ)——天から降り立った天津神の子——と深く結びついていました。
饒速日は長髄彦の妹と結婚しており、長髄彦は義兄として、饒速日のもとで大和を守る立場にあった。

そこへ、神武天皇の軍が攻め込んできます。

一度目の戦い。長髄彦の軍は神武天皇の兄・五瀬命(いつせのみこと)を射殺し、大打撃を与えます。
二度目の戦い。神武天皇の弓に金色の鵄(とび)が止まり、その光で長髄彦の軍は混乱しました。

長髄彦は「饒速日は天津神の子だ」と主張し続けます。
けれど最終的に、その饒速日自身が神武天皇に服従してしまう。

そして長髄彦は、討たれました。

……この「味方だったはずの饒速日に、あっさり手放される」という筋書き。
ここ、あとで効いてきます。

■ 東北に逃れた、という伝承

長髄彦には、続きがあります。

『東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)』という書物に、こんな伝説が記されています。

神武天皇に敗れた長髄彦は、大和を離れて東北へ渡った。
阿彦(あひこ)という義兄弟とともに、その故郷である津軽——現在の青森県——へ移り住んだ。

そして津軽で、彼は地域の諸族を併合し、荒吐族(あらはばきぞく)という勢力を築いたとされます。

興味深いのは、地名です。
東北には「日本(ひのもと)」「日上」といった、日高見に由来する地名が残っている。
そして荒吐族は、のちに安倍氏として東北の有力豪族になった、とも言われます。

宮城県塩竈市の鹽竈神社。
その主祭神・塩土老翁(しおつちのおじ)は、実は長髄彦である——という伝承もあるんです。

■ アラハバキという、古い神

荒吐族の名の由来である「アラハバキ」。

これは太陽・月・大地・生命力を司る神で、その信仰は縄文時代まで遡るとされています。
荒ぶる神であり、同時に道祖神でもある。北海道・東北から関東、北陸、中部、近畿まで広がりました。

面白いのは、名前の解釈です。

一説では、シュメールのカルデア人の信仰との関連が指摘されています。
シュメール語で「アラ」は猛獣や太陽の光、「ハバキ」は蛇や母なる大地を意味する、という説。

また別の見方では、「アラ」は古語で鉄を意味する。
だからアラハバキは、製鉄を行う民の守護神だった——という解釈もあります。

アラハバキを祀る神社の多くは、岩倉(いわくら)をご神体としています。
宮城県仙台市や多賀城市の荒脛巾(あらはばき)神社が代表的です。

■ なぜアラハバキと長髄彦が重ねられるのか

この二つが同一視される理由は、いくつかあります。

・どちらも東北・関東と強く結びついている
・どちらも大和朝廷に従わなかった「まつろわぬ神」として位置づけられる
・そして——「ハバキ」と「スネ」が、どちらも足に関わる言葉である

……最後のこれ、面白くないですか。
脛(すね)と脛巾(はばき/脛に巻く布)。名前のレベルで通じている。

ただし正直に書いておくと、両者の直接的な関係を示す確かな根拠はありません。
同一視は、後世の解釈である可能性が高いとされています。

それでも、こういう重なり方が起きること自体が、古代信仰の複雑さを物語っていると思うんです。

■ 奈良に、ひっそりと祀る神社がある

長髄彦は天皇家に反抗した存在です。
だから彼を祀る神社は、『延喜式神名帳』にもほとんど記されていません。表立って崇められることが少なかった。

ですが奈良県に、ひっそりと長髄彦を祀るとされる神社があります。

添御県坐神社(そうのみあがたにいますじんじゃ)。
奈良市三碓(みつがらす)にある、古墳時代に起源を持つとされる古社です。

ここは朝廷直轄領である「御県(みあがた)」の一つに置かれた神社で、『延喜式神名帳』では最高位の大社として記されている。祈年祭や新嘗祭の幣帛を受ける、格式ある神社でした。

主祭神は、建速須佐之男命とされています。
けれど古老の伝承によれば——この神こそが長髄彦なのだ、と。

伝承はこう続きます。
神武東征に敗れた長髄彦は、なお立ち上がろうとする人々を説き伏せた後、自ら命を絶った。
その最期を惜しんだ人々が、彼を祀ったのがこの神社の起源である、と。

そして明治以降、神武天皇を敬う風潮のなかで、長髄彦の名をそのまま用いることがためらわれるようになった。
だから祭神は須佐之男命とされ、表立って長髄彦を祀ることは避けられた——。

■ そして、阿波

ここからが、きーちゃんがいちばん引っかかっているところです。

長髄彦は、四国の徳島県——かつての阿波国——と縁のある、ある神と同一ではないか、という説があります。

その神とは、諏訪大社の祭神・建御名方(たけみなかた)。

建御名方は、大国主の子。
出雲の国譲りで、高天原から遣わされた建御雷(たけみかづち)と力比べをして敗れ、諏訪へ逃れた神です。そして「この地を離れない」と誓い、以後は武勇の神として崇められました。

長髄彦と建御名方には、いくつも共通点があります。

・建御名方の別名に「多方富命(たかたとみのみこと)」など「トミ」を含むものがあり、「登美(とみ)の長髄彦」と呼ばれる長髄彦と音でも意味でも通じる
・長髄彦は事代主の子または弟とされることがあり、建御名方もまた事代主の弟として描かれる

そして阿波です。

阿波国那賀郡(現在の名西郡石井町)にある多祁御奈刀弥神社(たけみなとみじんじゃ)。
この社名が建御名方と音が似ていることから、江戸時代の『大日本史』でも建御名方を祀る神社と解釈されています。

さらに、この地の「那賀郡」という名称も、建御名方の「ナカ」と一致する。

阿波には、長髄彦の後裔がこの地に移り住んだという伝承があり、後期銅鐸がこの地域から出土していることも、その傍証とされます。

■ ここからは、きーちゃんの妄想です

長髄彦と建御名方が同一だと考えたとき、ある構図が浮かび上がってきます。

見てください。この対応。

【神武東征】
・大和の権力を渡してなるものかと抵抗した → 長髄彦
・あっさり神武天皇に服従した → 饒速日

【出雲の国譲り】
・葦原中国は譲らないと抵抗した → 建御名方
・あっさり統治権を譲った → 事代主/味耜高彦根(あじすきたかひこね)

そして、味耜高彦根は饒速日と同一視されている。

……つまり、この二つの神話、まったく同じ構造をしているんです。

抵抗する者と、譲る者。
同じ役を、違う名前で、二度演じている。

だとすれば——記紀神話は、「出雲側から高天原へ地上の統治権が移った」という一つの事実を、何重にも、いくつにも分けて神話的に語ることで、その姿を見えにくくしたものなのではないか。

きーちゃんは、そう考えています。

神社や神話を学んでいると、こういう「同じ形が繰り返されている」場面に出会うことがあります。
そのたびに、何かを隠すためにわざと重ねているんじゃないか、と思ってしまうんです。

■ 動画でもっと詳しく話しています

この記事は、動画の内容をまとめたものです。

動画では、
✔ 神武東征の二度の戦いをもっと詳しく
✔ アラハバキ信仰とシュメールの関係
✔ 阿波の神社と地名に残る、長髄彦の痕跡

まで、じっくり話しています。

▼動画はこちら
【9割が知らない...】長髄彦を隠れて祀る神社とは?神武東征に抵抗した神の正体

■ 考察のいちばん深いところは、サロンで

きーちゃんは「きーの歴史沼サロン」というオンラインサロンを運営しています。

YouTubeで話すのは「入口の考察」まで。
学術的にはまだ言い切れないけれど、どうしても考えてしまうこと——そういう話は、サロンでしています。

記紀神話が何を隠そうとしたのか。
この続きは、そちらで。

▼きーの歴史沼サロン

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

弥栄🙏

ANYAチャンネル

https://youtube.com/@anya-channel?si=sbKh0oy8uxf7hTq2 良かったです。何よりも日本の未来の歴史研究にとって良かったです。リニューアルされた動画群も高レベルで頭が下がります。

2026年8月28日金曜日

ヴォイニッチ手稿の世界に住んでいた人物の話の続きが気になってしょうがない件https://youtu.be/CmofgeWHOkY?si=TxyvAER_fe0IxzJB

ヴォイニッチ手稿の謎を解く【Part1】〜誰がどのような技法で書いたのか?│赤い空

ヴォイニッチ手稿の謎を解く【Part1】〜誰がどのような技法で書いたのか?│赤い空

ヴォイニッチ手稿の謎を解く【Part1】〜誰がどのような技法で書いたのか?

ヴォイニッチ手稿という未解読の本についてリクエストをいただきました。この本はオカルト好きな友人が口にしていたのを聞いた事があり、名前をなんとなく覚えていました。

具体的にどのような本か調べてみた所、世界で最もミステリアスな写本と呼ばれているようです。いつ、誰が、何のために、何語で書いたのかが不明との事です。

いつものように宇宙人さんなら分かるだろう、という軽い気持ちで行ったのですが、まさかの大苦戦となりました。地球の資料にも載っていない謎の本……。今回は現在判明している分の情報をお届けいたします。

ヴォイニッチ手稿の謎に迫る

ヴォイニッチ手稿は地球の物ではない

幻朋:今日はヴォイニッチ手稿という本について質問しにきました。そのような名前の本の情報はありますか?

メラムサフラ:ヴォイニッチ?

幻朋:1912年にイタリアのモンドラゴーネ寺院という場所で、ウィルフリッド・ヴォイニッチという人が発見した本です。

メラムサフラ:ないですね…。

幻朋:世界一の奇書と呼ばれるくらいだからありそうな気もしますが、見当たらないんですね。誰が何の目的で書いたか分からないそうです。なにより何語で書かれてあるのかが不明です。修正した跡がないというのも不思議らしいです。

メラムサフラ:すみません、見つけられないです。

幻朋:メラムさんにも分からないなんて(笑)こんなの初めてですよね。ちなみに、これがその本に書かれてある絵と文字です。植物みたいなものがたくさんあります。これ、どこかで見た事があるような…。

The Voynich Manuscriptというサイトで無料でページを閲覧する事ができます。

メラムサフラ:これは何でしょうね?地球人が書いたものではない気がする…。

幻朋:え?!まさか宇宙人ですか?でも人間の女性も描かれていますよ?地球人に似た人達なのかな?

メラムサフラ:文字とか絵が手で書いたものではないです。地球の言葉で言うなら印刷したものだと思います。

幻朋:手書きじゃない?だから修正した跡がないんですかね?それにしても、こんな植物は他の星にも生えているんですか?

メラムサフラ:そうかもしれません。こういう植物は地球じゃなくてもあります。これに似たのを見た事があります。

幻朋:じゃあ、どこか別な星の植物の絵なんですね。というか何でこんなに女性の絵があるんでしょう?(笑)文字はどうですか?

メラムサフラ:う〜ん。文字の種類が少ないですね。文字が読み取れないし、意味が伝わってこないです。

幻朋:地球以外の星の文字も何となく読めるんですよね?読み取れないという事は、適当に書いてある可能性もあったりして?

メラムサフラ:分かる言語であれば、だいたいの意味が伝わります。適当に書いたというのも有り得るかもしれませんね。

幻朋:こうして3次元物質として残っているなら、そこの星も地球に似た次元なのでしょうか?

メラムサフラ:地球と同じような次元があるから、そこから来たとも言えますね。

誰が本を書いたのか?

その後、メラムさんと一緒にヴォイニッチ手稿の色々なページを眺めていました。メラムさんは「どういう意味なのか分からない」と何度も口にして困った様子でした。

植物の他にも不思議な図形のようなものもあり、どれもとても細かく描かれていました。あの独特な絵の雰囲気に少し引き込まれていました。しばらくすると、メラムさんが何かに気付いた様子で話し始めました。

メラムサフラ:やっぱりこの本を作ったのは地球人じゃないです。

幻朋:何か情報が分かったんですか?!

メラムサフラ:地球に似た環境の星に住んでいる人が来て、地球人を見て描きました。地球にいる女の人に興味を持って、自分の星の背景に女の人を写し描きました。地球に興味を持っている人です。

幻朋:そういう事だったんですね。どう見てもあの女性は宇宙人ぽくないので悩んでいました。やっぱりあれは地球人なんですね。どうしてここに来たのでしょうか?

メラムサフラ:なぜ地球に来たかは分からないですが、当時の女性にすごく興味を惹かれました。これは宇宙人が描いた絵です。

幻朋:確かに女性ばかり出てきますもんね。自分の星にある植物や背景とコラボしたんですね。

どのようにして本を書いたのか?

幻朋:手書きではなく印刷のような感じだと言っていましたが、具体的にはどのように書いたのでしょうか?

メラムサフラ:手書きじゃないです。多分……頭の中に描いたものを皮(羊皮紙)に写し出しています。自分の星の景色と地球の女性を合体させたものを写す感じ。だから修正した跡がないのかもしれません。

幻朋:頭の中に思い浮かべた絵を?!本当にそんな事できるんですか?(笑)

メラムサフラ:これを手で書いていたらすごく時間がかかりますよ。でもこの人は1ページを数秒で書けます。

幻朋:すごいですね…。どうやってこの情報にたどり着いたんですか?

メラムサフラ:過去の地球の情報から読み出しました。当時の状況を見てみたんです。今はその星がどこなのかを探していますが……。

幻朋:頑張って調べてくださったんですね!ありがとうございます。

本を書いた目的は?

幻朋:本自体の素材は地球産ですか?それとも持ってきたものですか?

メラムサフラ:本とかは地球のものです。書いて残していきました。その宇宙人なりのちょっとしたいたずらのようにも感じ取れます。

幻朋:せっかくだから記念に残していったのかな。

メラムサフラ:書いた後はその人がずっと持っていたけれど、いつの日か地球に置いていきました。色んな人に見てほしかったようです。これは私の予想ですが、自分をアピールしたかったんじゃないでしょうか?

幻朋:地球に来た記念というか証みたいな感じですかね?

メラムサフラ:私の予想なので本当の目的が分かりませんが…。

【強力な助っ人】言語マニアの宇宙人

ヴォイニッチ手稿は謎に包まれたまま、私はどうする事もできずにいました。メラムさんもだいぶ悩んでいました。そんな中、突然見た事がないサヴィラジヌ星人がパッと現れました。

シノエテ

幻朋:ん?!!あ、初めまして…。どちら様でしょうか?

シノエテ:私はシノエテと言います。女性です。重要施設から近い場所にある関連施設から来ました。

メラムサフラ:こういうのが好きな人を連れて来ました。

幻朋:もしかして専門家の方ですか?!とても心強いです。

シノエテ:メラムさんから地球にあるだいたいの文字を見せてもらいましたが、他の星の言語だと思います。これはサヴィラジヌの近くではないですね。とても興味深いので、メラムさんと一緒に調べてみます。

幻朋:ありがとうございます!サヴィラジヌには他の星の言語に詳しい方もいるんですね。

メラムサフラ:やっぱりこういうのが得意な人もいます。専門家というより趣味の世界です。個人的に調べていて、他の星の言語とかに詳しいです。私もそこから勉強させてもらっています。

シノエテ:さっそく調べてきます。(目の前から消えました。)

幻朋:あ、もう行っちゃった(笑)

メラムサフラ:多分楽しいんだと思います。

幻朋:地球にも色々な分野のマニアックな人がいますが、シノエテさんもそんな感じでしょうか?

メラムサフラ:そういうマニアックな人はいますよ。

幻朋:どこの宇宙でも一緒ですね(笑)シノエテさんを呼んでくださってありがとうございました。助かります。

メラムサフラ:いえいえ。私には分からなくて困っていました。今回の質問は、これはすごいのが来たなと思いました。自分が知らない世界は興味深いです。……あと、オルアエルには言っても分からないと思ったので呼んでいませんでした。悔しがるかもしれないので内緒にしておきます。

幻朋:分かりました(笑)次からは一応オルアエルさんにも声をかけてみましょう。それでは引き続き調査をよろしくお願いします!


ヴォイニッチ手稿について、現段階の情報は以上となります。こんなに難航するとは思っていませんでした。まさかこの本にまで別な星の人が関わっているなんて…。

様々なページにはどんな意味の文章が書かれているのでしょうか。内容が楽しみです!再度サヴィラジヌに行って調査結果を聞いてきたいと思います。