2026年3月24日火曜日

【15分で地政学】中国の不安と欲望は「逆さ地図」で読み解ける/日本は太平洋への“蓋”になっている?/深さ約1200mの海に原子力潜水艦を沈める理...

シュメールの生活botさんによるXでのポスト



 
 
シュメールの生活bot
⁦‪@enlil_anzu‬⁩
バグダッド西方約30㎞に位置するアカルクフのジッグラト
紀元前14世紀頃、バビロン第三王朝の王クリガルズ1世によって建設
現在も地上約50m以上の高さを保っている
x.com/IQsumerian/sta…
 
2026/03/25 15:33
 
 

神国日本 eBook : 小泉八雲: 本 原著明治37 1904

https://youtu.be/VuReQvRwm_4

神国日本 Kindle版 


文豪小泉八雲の最後の作品『神国日本』は、日本人の死生観・神道観・仏教観・キリスト教観を洞察し、天皇制のタブーにまであえて足を踏み入れた、誰も書けなかった壮大な日本論だった(削除された不敬部分を復元)!
私たちが忘れ、失いかけている日本人の誇るべき国民性を、西洋人の視座で小泉八雲が熱っぽく論じる!

「マッカーサーの最側近フェラーズの回想によれば、マッカーサーは昭和天皇を訴追するつもりだったという。マッカーサーはフェラーズに『天皇が真珠湾攻撃を計画した証拠を見つけろ』と命じる。しかしすでにあらゆる調査を終えていたフェラーズは、『天皇はそのような命令など出していません』と答え、『元帥、この本をお読みになったら』といって『神国日本』を手渡した。数日後、マッカーサーはフェラーズに、こう命じた。『わかった、天皇に会う。手配してくれ』――天皇制が護持された瞬間だった」(本書序文より)

オリゲネス Origenes 『諸原理について』 魂の先在

オリゲネス 
Origenes
185年頃~254年頃
魂の先在を説いた。
主著 『諸原理について』 



主著 『諸原理について』 
魂の先在を説いた。
オリゲネス 
Origenes
(185年頃~254年頃)

https://www.blogger.com/blog/post/edit/756445346920566665/6678690736722117395?hl=ja


三世紀
オリゲネス553
人間イエス
「イエスキリストの正体は◯◯」エドガーケイシーが死ぬ直前に暴露…キリスト教が絶対に封印したかった2000年の嘘と1万4000の霊視で判明し...




 オリゲネスはそういう新たな知的拠点づくりの表現にあたっては主として3つのスタイルをとった。スコリア(評注)、ホミリア(聖書講話)、コンメンタリウム(注解)である。この方法は、グノーシスを捨てないでグノーシスに犯されないための有効な方法だった。こんなことができたのは、オリゲネスが若い日にプラトンやギリシア語(コイネー)に通じていたせいだと思う。
 次に、キリスト教の神学的10原則ともいうべきを打ち立てた。小高毅さんの説明を借りつつまとめなおすと、ざっと次のようなものである。
 
一 唯一の神が存在し、万物を秩序づけ、それ以前の宇宙の存在を準備していた。
二 イエス・キリストはすべての被造物に先立って処女と聖霊から生まれた。
三 イエス・キリストは人間の身体と喜怒哀楽をもちえた。
四 聖霊が預言者と使徒たちに霊感を与えつづけた。
五 魂には実体と生命があり、この世を去ったのちには永遠の至福か永遠の罪業をうける。
六 死者には復活があり、そのときは朽ちない身体をもちうる。
七 そもそも理想的な魂というものがあり、それは自由意志と決断をもっている。
八 霊には善なる霊とともに、それに逆らう悪なる霊がある。
九 この世はつくられたものであるゆえに、どこかで終末がある。
十 聖書は神の霊によって書かれたものなので、そこには隠された意味が含まれている。

345夜 『諸原理について』 オリゲネス − 松岡正剛の千夜千冊

 上智大学神学研究科がわれわれ編集組読相派にもたらしてくれたものは少なくないけれど、当時はまだ若かったフランシスコ会の司祭であった小高毅さんによるオリゲネスの本邦初訳は、とりわけ快挙というにふさわしい。
 実は困っていた。オリゲネスはヨーロッパ思想史のどんな書物の劈頭にもその名が出てくる教父であるのに、どうもその実像がわからない。「全ヨーロッパの思想はプラトンとオリゲネスの注解にすぎない」、あるいは「ヨーロッパ2000年の哲学史はプラトンの註にすぎないが、ヨーロッパ2000年の思想はすべてオリゲネスが用意した」などと、ヨーロッパ思想史のどんな本の冒頭にも書かれているにもかかわらず、プラトンはともかくオリゲネスについては、日本ではキリスト教の研究者をのぞくと、あまりに語られてこなかったのだ。
 たとえば、オリゲネスの次にはプロティノスがヨーロッパ思想史の主要舞台に登場するのだが、日本ではプラトンからプロティノスまでがひとっとびなのだ。
 いわゆる「世界の名著」的なシリーズにオリゲネスがとりあげられることも、まったくなかった。ルフィヌスによるラテン語訳が読める者はともかくも(あるいは英語版ですます勇気があればともかくも)、誰もが有賀鉄太郎の名著『オリゲネス研究』(長崎書店 1943)に頼っていただけだったのである。有賀は同志社大学の初代神学部長で、オリゲネスやヘブライズムを研究し、独得の「ハヤトロギア」を提唱した。神をギリシア的なオントロギアのように「存在」として捉えるのではなく、ヘブライ的に「はたらき」として捉えるというものだ。

 エウセビオスの『教会史』(講談社学術文庫)によれば、オリゲネスは二世紀のアレクサンドリアの人である。ここにはオリゲネスを筆頭にアタナシオス、キュリロスらのすぐれたキリスト者が登場したが、アレクサンドリアがそのような古代キリスト者の最初の思想を生んだ意外性については、いまひとつ日本人にはピンとこないものがある。
 もともとアレクサンドリアはアレクサンドロス(アレキサンダー大王)に因んでつくられた当時の世界最大の人工都市で、かつ学芸都市であり、かつまたきわめて流動的な移民都市だった。そこにはマケドニア人とギリシア人とユダヤ人が密集していた。約70万巻の書籍を収納した「ムセイオン」が完成したころには、だいたい人口100万人にまで膨らんでいた。
 そういう古代の大都市アレクサンドリアにユークリッド、アルキメデス、アリスタルコスらが陸続と登場し、アリストテレス型の学芸の贅を尽くしたのは当然で、それこそがヘレニズムの牙城というものだった。『旧約聖書』のギリシア語訳(70人訳聖書)もそのころできあがっている。
 が、その成果をオリゲネスが受け継いだのではない。アレクサンドリアの学芸は紀元前でいったん衰退した。アレクサンドリアの繁栄と過熱はキリスト出現以前のことであり、『新約聖書』到達以前のことだったのである。
 それが新たな容姿をもって復活してくるのは、キリストとほぼ同世代のフィロンが登場したころ、ここにネオプラトニズムとグノーシス主義が芽生えてからのことだ。フィロンはユダヤ人であるが、この復活アレクサンドリアの哲人はユダヤ教というよりも、ネオプラトニズムとグノーシスに通じていた。フィロンだけではない。多くのヘレニックなユダヤ人はそういう趣向をもっていた。
 つまりは、ここにはまだキリスト教団が進出していない時期、はやくも異教異端の炎が燃え上がっていたということになる。
 2世紀、パンタイノスとクレメンスとオリゲネスを生んだアレクサンドリア教会が産声をあげたのは、こうした背景のなかでのことである。オリゲネスがネオプラトニズムとグノーシス主義の渦中で「原点としてのキリスト教」を確立しようとしたのは、こういう事情と関係している。もっともオリゲネスはアレクサンドリア教会で活動や執筆をしたわけではなかった。伝道師に任命されてからは、パンタイノスが開いた「ディダスカレイオン」(キリスト教を学ばせる学校)をクレメンスから継承して、そこで参会者を集めて口述著述した。口述を始めたのが218年だった。
 ディダスカレイオンは学校というよりも私塾である。オリゲネスは教会活動や学校での教授活動よりも、ディダスカレイオンでの口述を重視した。そのほうが性にあっていた。本当の思考というものは、アリストテレスもアウグスティヌスも空海も宣長もそうだったけれど、往々にして私なる塾から生まれる。
 
 こうしてオリゲネスの思索はしだいに聖書研究に傾注される。ただし邪魔がいた。その邪魔によって聖書を字句通り読むことが妨げられていた。それがグノーシスである。これは手ごわい敵だった。当時、グノーシスを根底批判できるキリスト者なんて一人もいなかった。
 いったいギリシア思想の究極の裏面をあらわしているのか、それともキリスト教に隠れた恐るべき神秘なのか、その真の正体をいまもって明確に指摘しえないグノーシスについては、ここでぼくが安易に説明するところではないのだが、一言でいえば、キリスト教をその叡知のかぎりで追究することによって、逆にキリスト教の全体を内部崩壊させる刃を秘めているものと考えればいいだろう。内なる寄生者が外なる宿主を食いやぶりかねないもの、それが「知識」の両刃の剣としてのグノーシスだったのである。
 そこで、ちょっと乱暴な言い方をするのなら、オリゲネスはそのグノーシスと全面対決することを覚悟したのだろう。そのために去勢までしたとも噂された。いわゆるオリゲネス閹人説である。
 こうした覚悟がオリゲネスに芽生えた理由はさだかではないが、おそらくはアレクサンドリアに新たな事件がおこったことと関係がある。215年前後のこと、カラカラ帝がアレクサンドリアを訪れた。このとき学生たちがこのローマ皇帝に猛反発をした。怒った皇帝は学校を閉鎖し、学生を虐殺し、教師を追放しようとした。オリゲネスは知人たちの勧めで、このときカッパドキアに落ちのびたのだ。
 オリゲネスはそこで娘に救われ、さらにパレスチナまで赴いている。この逃亡と巡礼がオリゲネスを変えたようだ。それとともにグノーシスとの全面対決姿勢がゆっくり融和された。グノーシスを吸収しつつもキリスト教思想を確立しきってしまうこと、それがオリゲネスの新たな目標になったのだ。
 のちにポルフュリオスが書いたように、その試みはへたをすれば「外国の寓話にギリシアの理念を導入した」ともとられかねないものだったが、しかしオリゲネスは聖書解釈に戻ってこれをなしとげた。グノーシスからの摂取をあえて断片におさえ、さらに暗示にとどめるように工夫しきったのである。もっと正確にいえば(キリスト者の側からの言い方をすれば)、オリゲネスはグノーシスを本来の意味における「知識」(もともとグノーシスとは「知識」という意味である)として使える方法をつくりだしたのだ。
 もしこのような試みをオリゲネスが確立しなかったなら、その後のキリスト教思想もヨーロッパ思想もどうなっていたかはわからない。グノーシスによって崩されていたかもしれない。だからこそオリゲネスの試みは「ヨーロッパ2000年の思想の原点」と言われたのだ。最初の聖書神学の誕生だったのだ。

 オリゲネスはそういう新たな知的拠点づくりの表現にあたっては主として3つのスタイルをとった。スコリア(評注)、ホミリア(聖書講話)、コンメンタリウム(注解)である。この方法は、グノーシスを捨てないでグノーシスに犯されないための有効な方法だった。こんなことができたのは、オリゲネスが若い日にプラトンやギリシア語(コイネー)に通じていたせいだと思う。
 次に、キリスト教の神学的10原則ともいうべきを打ち立てた。小高毅さんの説明を借りつつまとめなおすと、ざっと次のようなものである。
 
一 唯一の神が存在し、万物を秩序づけ、それ以前の宇宙の存在を準備していた。
二 イエス・キリストはすべての被造物に先立って処女と聖霊から生まれた。
三 イエス・キリストは人間の身体と喜怒哀楽をもちえた。
四 聖霊が預言者と使徒たちに霊感を与えつづけた。
五 魂には実体と生命があり、この世を去ったのちには永遠の至福か永遠の罪業をうける。
六 死者には復活があり、そのときは朽ちない身体をもちうる。
七 そもそも理想的な魂というものがあり、それは自由意志と決断をもっている。
八 霊には善なる霊とともに、それに逆らう悪なる霊がある。
九 この世はつくられたものであるゆえに、どこかで終末がある。
十 聖書は神の霊によって書かれたものなので、そこには隠された意味が含まれている。
 
 これだけの10原則を打ち立てれば、だいたいの問題に対処できる。唯一神を戴いたヨーロッパ思想の議論の多くがここから出ていることも見当がつく。10番目の原則がグノーシスを意識したところである。
 こうしてオリゲネスはいっさいの神学的原点に屹立する最初の思想者となった。ヒエロニムスもアンブロシウスも、アウグスティヌスもロレンツォ・ヴァラもエラスムスさえ、すべてはオリゲネスが源流なのである。もっとも、この源流から分かれたくなる分岐点もひそんでいた。「アポカタスタシス」(apokatastasis)という分岐点だ。
 アポカタスタシスというのは、神は終末において救済をするのかどうかを議論するという問題のことをいう。オリゲネスは「すべては救済される」(万物救済論)の立場だから、終末には悪霊すら救われると説いたのだけれど、さすがにその後の神学やヨーロッパの哲学は、この問題で袂を分かつことになっていった例が少なくない。

 本書は「キリスト教古典叢書」(創文社)というシリーズに入っている。いま16冊ほど刊行されていて、オリゲネスの著作が本書を含めて6冊翻訳されてきた。アウグスティヌス『主の山上のことば』、レオ一世『キリストの神秘』、アタナシオス/ディデュモス『聖霊論』などはここでしか読めない。
 冒頭に書いたように上智大学神学研究科の献身的な仕事だった。その後、オリゲネスをめぐる本が出始めて、小高毅の『オリゲネス』(清水書院)をはじめ、上智大学中世思想研究所による長大な「キリスト教神秘思想史」のシリーズ(平凡社)を頂点に、2000年紀を前にした欧米の数々の"キリスト教2000年もの"の翻訳もあいついだので、いまではやっとオリゲネスを白昼に議論できるようになってきた。なお、かつてはこの1冊だけが頼りだった有賀鉄太郎の『オリゲネス研究』は有賀鉄太郎著作集・第1巻(創文社)に収録されている。 

参考¶本書は「キリスト教古典叢書」(創文社)というシリーズに入っている。いま16冊ほど刊行されていて、オリゲネスの著作が本書を含めて6冊翻訳されてきた。アウグスティヌス『主の山上のことば』、レオ1世『キリストの神秘』、アタナシオス/ディデュモス『聖霊論』などはここでしか読めない。冒頭に書いたように上智大学神学研究科の献身的な仕事である。その後、オリゲネスをめぐる本が出始めて、小高毅の『オリゲネス』(清水書院)をはじめ、上智大学中世思想研究所による長大な「キリスト教神秘思想史」のシリーズ(平凡社)を頂点に、2000年紀を前にした欧米の数々の"キリスト教2000年もの"の翻訳もあいついで、いまではやっとオリゲネスを白昼で議論できるようになってきた。なお、かつてはこの1冊だけが頼りだった有賀鉄太郎の『オリゲネス研究』は有賀鉄太郎著作集・第1巻(創文社)に収録されている。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%B2%E3%83%8D%E3%82%B9

オリゲネス

この記事は検証可能参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。 出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。このテンプレートの使い方
出典検索?"オリゲネス" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL
(2014年11月)

オリゲネス(Origenes Adamantius, 185年頃 - 254年[1])は、古代キリスト教最大の神学者。いわゆるギリシア教父とよばれる神学者群の一人で、アレクサンドリア学派英語版といわれるグループの代表的存在。『諸原理について』(De Principiis)など膨大な著作を著したが、死後異端の疑惑をかけられたため、多くの著作が処分された。キリスト教の教義学を初めて確立し、その後の西欧思想史に大きな影響を与えたと評される[2]

生涯

オリゲネスの生涯はエウセビオスの『教会史』に詳しい。

アレクサンドリアの裕福なキリスト教徒の家庭で七人兄弟の長男として生まれたオリゲネスは、幼い頃から父レオニデスについて聖書を学んだ。セプティミウス・セウェルス帝のキリスト教徒迫害のさなかに、父が殉教。若かったオリゲネスも自ら殉教に加わろうとしたが、母親が衣服を隠して外に出ることができないようにしたため、家にとどまって殉教を免れた[3]。一族の財産も没収されたが、オリゲネスの才能を惜しんだ篤志家の援助を受けて勉学を続けることができたため、アンモニオス・サッカスという学者に師事してギリシア哲学を学んだ[4]

エウセビオスは、オリゲネスがアレクサンドリアに滞在していたクレメンスに学んだと記している。キリスト教が迫害されていたにもかかわらず、オリゲネスはアレクサンドリアにディダスカレイオンというキリスト教学校を開設してそこで教えた。迫害が終わったあと、同学校は主教司教)の正式な認可を得て発展し、アレクサンドリア学派の拠点となった[4]

しかしオリゲネスの名声をよく思わないアレクサンドリアの主教デメトリオスとの間でトラブルが起きたため、パレスティナへ移り、カイサリアで同じようなキリスト教学校を開設した[4]。オリゲネスは福音の精神を完全に生きようと自ら去勢していたという説もあるが、真相はわからない。

249年デキウス帝による迫害のさなかに捕えられ、獄に投じられ、過酷な拷問を受けた[3]。皇帝の死によって迫害が終わった後で解放されたが、獄中で体調を崩しており、まもなく亡くなった[4]

思想

オリゲネスの世界観や歴史観は、その師であるクレメンスとよく似ており、新プラトン主義(ネオプラトニズム)の影響を強く受けたものであった。プラトンの『ティマイオス』と旧約聖書の『創世記』の世界創造の記述を融合しようとし、「創造とは神が無に自分の存在を分かち与えたことである」と唱えた。『諸原理について』が現存する代表的著作だが、そこでは神、世界、人間、人間の神への回帰などが論じられている。オリゲネスの思想の特徴として、聖書の記述を字義通りでなく、なんらかの比喩として解釈する比喩的聖書解釈の手法があげられる。

オリゲネスは膨大な著作を残したが、死後300年たった553年異端の宣告を受けたため、著作の多くが失われた。オリゲネスが異端の疑惑をうけたのは以下のような理由からであった。

  1. 人間の救いについての「すべてのものが完全に救われる」という思想が人間の自由意志の問題と矛盾すると考えられたため。
  2. 魂が先在するという思想が「人間ははじめから魂と肉体を持つ」という考え方と矛盾すると考えられたため。
  3. 三位一体理解において父なる神が子なる神より役割的に上にあるという従属説英語版的理解が問題とされたため。

死後300年を経た6世紀にもなって異端宣告が出されたのは、オリゲネス本人に対するというよりは、彼の追随者を称する者への影響力を考慮したからと考えられる。

主要な著書

主要著作は創文社「キリスト教古典叢書」および教文館「キリスト教教父著作集」に収録されている。

  • 『諸原理について』…オリゲネスの代表的著作、比喩的聖書解釈の手法で知られる。
    • 一巻 神(第一原理)、精神的諸存在(天使・英知)について
    • 二巻 物質世界、罪、救いについて
    • 三巻 徳、自由(人間の神への回帰)について
    • 四巻 全体の方法論的反省、源泉について
  • ヘクサプラ
    • 旧約聖書の六つのテキスト【ヘブライ語、ヘブライ語(ギリシア語音訳)、ギリシア語(七十人訳、シュンマコス、アキュラ、テオドティオン】を対照した書。ヘブライ語を知らない人でも、ヘブライ語聖書の発音がどのようなものかを知ることができる。
  • 『過越について』
  • 『ヘラクレイデスとの対話』
  • 『祈りについて』
  • 『殉教の勧め』

日本語訳

  • オリゲネス 著、小高毅 訳『諸原理について』創文社〈キリスト教古典叢書〉、1978年。ISBN 4423392097normal 
  • オリゲネス 著、小高毅 訳『雅歌注解・講話』創文社〈キリスト教古典叢書〉、1982年。ISBN 4423392100 
  • オリゲネス 著、小高毅 訳『ヨハネによる福音注解』創文社〈キリスト教古典叢書〉、1984年。ISBN 4423392119 
  • オリゲネス 著、小高毅 訳『祈りについて;殉教の勧め』創文社〈キリスト教古典叢書〉、1985年。ISBN 4423392127 
  • オリゲネス 著、小高毅 訳『ヘラクレイデスとの対話』創文社〈キリスト教古典叢書〉、1986年。ISBN 4423392135 
  • オリゲネス 著、小高毅 訳『ローマの信徒への手紙注解』創文社〈キリスト教古典叢書〉、1990年。ISBN 4423392143 
  • オリゲネス 著、小高毅 訳、小高毅(編訳) 編『中世思想原典集成1 初期ギリシア教父』平凡社、1995年、495–630頁。ISBN 4582734111 (「創世記講話・出エジプト記講話・民数記講話」所収)
  • オリゲネス 著、出村みや子 訳『ケルソス駁論 I』教文館〈キリスト教教父著作集〉、1987年。ISBN 4764229080 
  • オリゲネス 著、出村みや子 訳『ケルソス駁論 II』教文館〈キリスト教教父著作集〉、1997年。ISBN 4764229099 
  • オリゲネス 著、出村みや子 訳『ケルソス駁論 III』教文館〈キリスト教教父著作集〉、2022年。ISBN 4764229102 

脚注

[編集]
  1. ^ "オリゲネス". ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典、コトバンク. 2017年8月13日閲覧。
  2. ^ D・A・v・ハルナック『教義史綱要』久島千枝、1997年、P.98頁。 
  3. ^ a b フスト・ゴンサレス 著、石田学 訳『キリスト教史 上巻: 初代教会から宗教改革の夜明けまで』新教出版社、2002年6月。ISBN 4-400-22114-8OCLC 123037046 
  4. ^ a b c d 『原典 古代キリスト教思想史 1』 pp.301-302。

参考文献

[編集]
  • 『原典 古代キリスト教思想史 1 初期キリスト教思想家』 小高毅/編、教文館、1999年6月。

外部リンク

[編集]

関連項目

[編集]

Israel's Hidden Civil War: Jerusalem vs Tel Aviv | Prof. Jiang Xueqin

Israel's Hidden Civil War: Jerusalem vs Tel Aviv | Prof. Jiang Xueqin youtu.be