2026年4月6日月曜日

寺田寅彦 火山の名について 1931

 

本の概要. 明治から昭和初期にかけて活躍した物理学者、随筆家、俳人である寺田寅彦の随筆作品。初出は「郷土」[1931(昭和6)年]。「寺田寅彦随筆集 第三巻」[小宮豊隆編、 ...

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火山の名について



 日本から南洋へかけての火山の活動の時間分布を調べているうちに、火山の名前の中には互いによく似通にかよったのが広く分布されていることに気がついた。たとえば日本の「アソ」、「ウス」、「オソレ」、「エサン」、「ウンセン」等に対してカムチャツカの「ウソン」、マリアナ群島の「アソンソン」、スマトラの「オサール」などがあり、またわが国の「ツルミ岳」、「タルマイ山」、「ダルマ山」に対しジャヴァの「ティエリマイ」、「デラメン」などがあるという類である。それで、これは偶然の暗合であるか、あるいはこれらの間にいくぶんかの必然的関係があるかをできるなら統計学的の考えから決定したいと思ったのである。
 この統計の基礎的の材料として第一に必要なものは火山名の表である。しかしこの表を完全に作るということがかなりな難事業である。まずたくさんの山の中から火山を拾い出し、それを活火山と消火山に分類し、あるいは形態的にコニーデ、トロイデ、アスピーテ等に区別することは地質学者のほうで完成されているとしても、おのおのの山には多くの場合に二つ以上の名称がありまた一つの火山系の各峰がそれぞれ別々の名をもっているのをいかに取り扱うかの問題が起こる。
 また火山の名が同時に郡の名や国の名であったりすることがしばしばある。その場合そのいずれが先であるかが問題となる。国郡のごとき行政区画のできるはるかに前から、火山の名が存し、それが顕著な目標として国郡名に適用されたであろうとは思われるが、これも確証することはむつかしい。
 山の名の起原についてはそれぞれいろいろの伝説があり、また北海道の山名などではいかにももっともらしい解釈が一つ一つにつけられている。これをことごとく信用するとすれば自分の企てている統計的研究の結果が、できたとしても、それは言語学的に貢献することは僅少きんしょうとなるであろう。しかし自分の見るところではこれらの伝説は自然科学的の立場から見ればほとんど無価値なものであり、またアイヌ語による解釈も部分的には正しいかもしれないが到底全部が正しくないことは、人によって説の違う事実からでも説明される。
 それで唯一の科学的方法はこれらのあらゆる不確実な伝説や付会説をひとまず全部無視して、そうして現在の山名そのものを採り、全く機械的に統計にかけることである。たとえば硫黄岳いおうだけとか硫黄山と言っても、それがはたして硫黄を意味するものであるか実は不明である。のみならずむしろあとから「硫黄いおう」をうまくはめ込んだものらしいと思われるふしもある。むしろ北海道の岩雄山いわおやまや九州の由布岳ゆふだけなどと関係がありはしないかと疑われる。ともかくもこれらの名前を一定の方式に従って統計的に取り扱い、その結果がよければ前提が是認され、悪ければ否定されるのである。
 完全な材料はなかなか急には得難いので、ここではまず最初の試みとして東京天文台編「理科年表」昭和五年版の「本邦のおもな火山」の表を採ることにする。これは現在の目的とはなんの関係なしに作られたものであるから、自分の勝手がきかないところに強みがある。これを採用するとした上で山名の読み方が問題となるが、これは「大日本地名辞書」により、そのほかには小川おがわ氏著「日本地図帳地名索引」、また「言泉」等によることにした。それにしても、たとえば海門岳かいもんだけが昔は開聞でヒラキキと呼ばれ、ヒラキキ神社があるなどと言われるとちょっと迷わされるが、よくよく考えてみるとむしろカイモンが始めであろうとも考えられる節があり、千島ちしまのカイモンと同系と考えるほうがよさそうにも思われ、少なくも両方に同等の蓋然性がいぜんせいがある。それでこれらもすべて現在の確実な事実としての名だけを採る事にする。千島の分だけはいろいろの困難があるので除き、また台湾たいわん朝鮮ちょうせんも除く事とする。
 さて Aso, Usu, Uns(z)en, Esan の四つを取ってみる。これはいずれも母音で始まり、次に子音で始まる綴音てつおんが来る。終わりのnは問題外とする。
 一般に母音で始まり次にいずれか任意の一つの子音の来る場合が火山の表中で何個あるかを数えてみる。この数を N(VC) で表わす。するとこの中である特定の一つの子音、たとえばSならSが出現するという事のプロバビリテーはいくらか。この確率は可能な子音の種類の数(Qとする)の逆数となる。それで全然偶然的暗合ならば現われるべきこの型の火山名の数nは N(VC)÷Q になるはずである。しかるに実際にはこの特定型のものがm個あるとする(アソの場合では m = 4 )。さすれば

R = 実際数m/偶然数n = mQ/N(VC)[#「実際数m/偶然数n」「mQ/N(VC)」は分数]

なる比が大きいほど暗合でないらしい、何か関係があるらしい確率が増すのである。少なくもm個のうちの若干は互いに関係がありそうだということになるであろう。もっとも厳密に言えばこのほかに日本語の特徴としてはこのような組み合わせの現われる一般的の確率を考慮に入れるべきであるが、これは容易でないからしばらく度外視する。  子音数Qをどう取るかがかなりむつかしい問題になるが、「アソ」の場合は、かりにこれを9と取る。すなわち(k, g)(s, z)(t, d)(n)(p, b, h)(m, b, mb, np)(y)(r)(w)の9とする。また山名としては山・岳・島・登・ヌプリ・峰等の文字を引き去った残りだけを取り扱う事にする。ただし白山はくさん月山がっさんはそのままに取る。またシラブルの終わりのnは除外することにする。
 まず歴史時代に噴火の記録のあるものだけについて見ると N(VC) = 8 である。(ただし硫黄、岩雄も iwo, iwao としてこの部分に算入する。すなわちわざと都合の悪いほうを選ぶのである。)さすれば R = 4×9÷8 = 4.5 となる。少し虫のよい取り方をして硫黄、岩雄を Yuwo, Yuwao と見て除けば N(VC) = 4 となり R = 9 となる。
 次に消火山活火山をも合わせて取り扱う場合には、N'(VC) = 11 となり、R = 3.3 に減ずるが、硫黄・岩雄の頭がyなる子音だとして、このアソ型から除けば R = 5.1 となる。
 次に Koma(こまたけ), Kaimon, Kume(久米島くめしま), Kimpu(Kib※(サーカムフレックスアクセント付きO小文字)), Kampu, Kombu, Kamui を取れば m = 7 である。この場合は子音始まりで子音二つの場合として、一般の子音二つのものの数 N(CC) を求めると、消火山も入れてであるから N(CC) = 48 である。ここでも子音数をQとする偶然の確率は 1÷Q(Q-1)(ただし子音二つが異なるとして)であるから

R = mQ(Q-1)/N(CC)[#「mQ(Q-1)/N(CC)」は分数]

 Q = 9, m = 7, N = 48 であれば R = 10.5 となる。活火山だけだと m = 2 なる代わりに N = 14 となるので R = 10.3 でやはりほぼ同値となる。いずれにしても偶然の場合とは桁数けたすうがちがって多い。この場合でも一般の日本語に km なる結合の起こる確率を考慮に入れて補正すればよいが、これはしばらく省略するほかはない。しかしこれは現在の場合結果の桁数を変えるほどの影響がありそうもないことは少しあたってみてもわかると思う。
 Turumi, Tarumai, Daruma の場合は、活火山だけだとタルマイ一つ、すなわち m = 1 で統計価値があまりに少ないから、消火山も入れて n = 3 の場合を考える。この場合は子音三つであってNの最多数な場合である。それでもしこの場合の数 N(CCC) を現在の表中の火山の総数に等しいと取れば、これは結果のRを少なくするほうの取り方であるからこれで得られたRが大きければ、ほんとうはもっと大きい事になる。それでかりにそうしてみる。さすればこの場合 N(CCC) = 167, m = 3 また子音三個の組み合わせの順列の数は 9×8×7 = 504 であるから、R = 3×504÷167 = 9.0 強となる。
 鳥海山はトリノウミと言ったらしい形跡があるので、これも入れるとするとRはさらに四分の五倍だけに増すわけである。
 次に問題になるのは F(H)uz(d, t)i, Hiuti, Kudy※(サーカムフレックスアクセント付きU小文字), K※(サーカムフレックスアクセント付きO小文字)du(sima), Kuti(no sima) の類である。KとHは日本語でもしばしば転化するからここではかりに同じと見て、次のような子音分類をする。すなわち(k, g, h, f)と(t, d, s, z)とを対立させると子音群数は Q = 7 となる。この場合 N(CC) = 48 であって m = 9(火山名略)であるから R = 7.6 となる。  次には Yuwoo, Yuwao, Yufu を取り三つの「硫黄いおう」を名とする火山を三つに数えると n = 5 となり、子音数9とすれば R = 5×72÷47 = 7.5 となる。
 以上の場合に得たRの価はいずれも1に対して相当多いものである。従って単なる偶然と見る事は少しむつかしく思われて来るのである。もちろんこれらが全部関係があるということは言われないが、これらのうち若干は連関しているであろうということを暗示するには充分であると思う。それでもし偶然でないとすれば以上にあげたような言語要素がいろいろな形で他の火山名の中にも現われていはしないかと思われる。また一方で同じ要素が南洋その他の方面にありはしないかと思われる。また南洋の言語中には従来の言語学者の説のごとく世界じゅうの言語が混合しているとすれば逆に遠い外国の意外のへんにも同じ要素が認められはしないかという疑いが起こる。それで試みに同型の疑いのある火山名を次ページの表に列挙して将来の参考に供しておきたいと思うのである。中には現在の形での意味がかなり明白だと思うのがあってもかりに除かないで採録しておくことにする。(外国火山名はおもにウォルフによる。)



第一表

アソ・アサマ型

(本邦)(外国)
Aso
Usu
Unsen, Unzen
Esan

Unsy※(サーカムフレックスアクセント付きO小文字)(阿蘇の峰名) ※(サーカムフレックスアクセント付きO)zy※(サーカムフレックスアクセント付きO小文字)( 〃 )
Osore

Rausu
Rausi
Rasyowa

Gwassan
Bessan(白山の一峰)
Buson

Nasu
Kasa
Kesamaru

Asakusa
Asitaka
Asahi
Usisir(千島の宇志知)

Asama
Aduma, Azuma

Sanbe
Sambon
Sumon
Samasana(火焼島)
Shumshu
Shimshir(千島の新知)

Izuna, Iduna
Udone
Uson(カムチャツカ)
Assongsong(マリアナ)
Azuay(南米)
Asososco(中米)
Asur, Yasowa, Yosur, Yosua
(ニューヘブリデス)

Ossar(スマトラ)
Azul(南米)
Osorno( 〃 )
Izalco(中米)
Lesson(ニューギニア)
Lassen(カルフォルニア)

Vesuvio(イタリア)
Assatscha(カムチャツカ)
Askja(アイスランド)

Kara Aassam(スンダ)
Pasaman Telamen(スマトラ)
Pasema( 〃 )

Soemoe(スマトラ)
Semeroe(ジャヴァ)
Soembing( 〃 )
Semongkron( 〃 )
Gl※(アキュートアクセント付きE小文字) Samalanga(スマトラ) Samasate(中米)
Saba(西インド)

Etna(イタリア)
(このほかの at-, ad- 型略す)



第二表

ツルミ・タラ型

(本邦)
(外国)
Turumi
Daruma
Tarumai
Torinoumi(鳥海)


Chiripu
Chiripoi
Patarabe, Beritaribe


Tara
Tanra(済州島)
Tori(鳥島)
Tenry※(サーカムフレックスアクセント付きU小文字)(白山絶頂)

Adatara
Hutara
Kutara
Madarao
Tjerimai(ジャヴァ)
Taroeb( 〃 )
Delamen( 〃 )
Sahen Daroeman(サンギ)
Pasaman Telamen(スマトラ)
Talla-ma-Kie※(ダイエレシス付きE小文字)(ハルマヘラ) Tulabug(南米)
Talima( 〃 )
Toliman(中米)

Tolo(ハルマヘラ)
Tara( 〃 )
Taal(タール)
Talu(スンダ)
Tauro(サロモン)
Toro(南米)
T※(キャロン付きE小文字、1-10-46)l※(キャロン付きE小文字、1-10-46)rep(ジャヴァ) Teleki(東アフリカ)
Tarakan(ハルマヘラ)
Telok(スンダ)
Tulik(アリウシャン)
Telica(中米)
Talang(スマトラ)
Tarawera(ニュージーランド)
Talasiquin(ズールー)
Tultul(南米)
Turrialba(中米, 白塔)
Tjilering(ジャヴァ)



 このほかにまだコマ・カンプ型、クジウ型およびイワウ型があるがこれは今回は略し、他日の機会に譲ることとする。
 この表中にヨーロッパやアメリカなどの火山が出て来るのを見て笑う人もあろうと思うが、しかし南洋語と欧州語との間の親族関係がかなり明らかにされている今日、日本だけが特別な箱入りの国土と考えるのはあまりにおかしい考えである。これについてはどうか私が先年「思想」に出した「比較言語学における統計的研究法の可能性について」を参照されたい。
 また言語学者のほうからは、私の以上の扱い方が音韻転化の方則などを無視しているではないかという非難を受けるかと思う。しかしグリムの方則のような簡単明瞭めいりょうなものは大陸で民族の大集団が移動し接触する時には行なわれるとしても、日本のような特殊な地理的関係にある土地で、小さな集団が、いろいろの方面から、幾度となく入り込んだかもしれない所では、この方則はあるにはあっても複雑なものであろうと予期するほうが合理的である。これを分析的に見つけて行くのが、これからの長い将来の仕事でなければならない。それで私の現在の仕事は、そういう方面への第一歩として、一つの作業仮説のようなものを持ち出したに過ぎないのである。
 以上の調べの結果で、たとえば Aso, Usu, Esan, Uson, Asur, Osore, Ossar 等が意味の上で関係があると仮定すれば、これはいったい何を意味するかが問題となる。たとえば南洋エファテの Aso(燃える)Asua(煙る)サモアの Asu(煙)や、マレーの Asap(煙)(マレイでは火山は Gunong berasap すなわち煙山とも Gunong berapi 火山ともいう。Asap は Asama にもかよう)。あるいはヘブリウの ‘Esh(火)‘as´en(煙る)‘as´an(くすぶる)などが示唆され、これと関係あるアラビアの ‘atana(煙る)から西のほうへたぐって行ってイタリアの Etna 火山を思わせ、さらに翻ってわが国の Iduna を思わせる。しからばこれはセミティク系の言葉かと思っているとまたたとえばスキートの説によればギリシアの eusein(燃える、焦げる)はインドゲルマンの理論上の語根 eus とつながり、アングロサクソンの Yslan(熱灰)の源であり、サンスクリットの語根 Ush(燃える)ともつながるとある。アイスランドの火山 Askja は同国古語の Aska(灰)であるとすれば、これは英語の ashes(灰)と親類だそうである。そこで今度は試みに「灰」を意味する語を物色してみると、サンスクリットに Bhasman, Bhuti があるが、この前者は Asama 後者は Huti(Fuzi) を思わせる。頭の子音 Bh と B をドロップさせるのがおもしろい。一方でわが国に Buson という消火山のあるのはなおおもしろい。白山はくさんの一峰を Bessan というのもこれに類する。これもBを除去すればアソ型となるのである。またこれにつづいて考えることは Rausu, Rausi, Rasyowa のアイヌ系のものから始めのRを除き Lesson, Lassen からLを取るとアソ型に接近する。これも興味がある。マレイ語から語頭のLを除くと日本語に似るものの多い事はすでに先覚者も注意した事である。その他にも頭の子音を除いてアソ型になるもの Kasa, Daisen, Tyausu, Nasu があることに注意したい。しかし私はこのようなわずかの材料から語原説などを提出する意は毛頭ない。ただ、一つの興味ある事実を注意するだけである。
 コマ型、タラ型、フジ・クジウ型、ユワウ型についても同様なことが言われるのであるが、これらは後日さらに詳しく考えてみたいと思う。今回は紙数の制限もあるので以上の予備的概論にとどめ、ただ多少の見込みのありそうな一つの道を暗示するだけの意味でしるしたに過ぎない。従って意を尽くさない点のはなはだ多いのを遺憾とする。ともかくもかかる研究の対象としては火山の名が最も適当なものの一つであることは明らかであろう。たとえば川の名ではこういう方法は到底むつかしいと考えられる。最も顕著な特徴をもって原始民の心に最も強く訴えたであろうと思わるる地上の目標として火山にまさるものはないのである。しかしそういう目標に名前がつけられ、その名前がいよいよ固定してしまい、生き残りうるためには特別な条件が具足することが必要であると思われる。単に理屈がうまいとか、口調がいいとかいうだけでは決して長い時の試練に堪えないかと思われる。従来の地名の研究には私の知る限りこの必要条件の考察が少しも加わっていないではないかと思われる。この条件が何であるかについては他日また愚見を述べて学者の批評を仰ぎたいと思っている。

(昭和六年一月、郷土)

寺田寅彦 土佐の地名 1928

寺田寅彦 土佐の地名

底本:「寺田寅彦全集 第六巻」岩波書店
   1997(平成9)年5月6日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店
   1985(昭和60)年
初出:「土佐及土佐人」
   1928(昭和3)年1月
https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/43081_19221.html

土佐の地名

 地名には意味の分らないのが多い。これはむしろ当然の事である。地名は保存されつつ永い年代の間に 転訛 てんかする、一方で吾々の通用語はまたこれと別の経路を取って変遷するからである。こういう訳であるから地名の研究が民族の過去の歴史を研究する上に重要な意義をもつのは勿論である。しかしそういう意味から地名を研究する場合には、現在の通用語をもって解釈しようとするのでは、無駄でないまでも有効でない。結局循環論理のようなものに陥ってしまう恐れがある。また旧い記録例えば記紀のごときものの記事にあるような語源説が信用出来ないという事は既に学者の明白に認めているところである。それではほとんど唯一の有意義な方法と考えられるのは、現在日本人と隣接する民族の国語との関係を捜す事である。
 こういう立場からすれば例えば土佐の地名を現在あるいは過去の日本語で説明しようとするよりは、むしろこれらの地名とアイヌ、朝鮮、支那、前インド、マレイ、ポリネシア等の現在語との関係を捜す方が有意義である。
 こういう研究は既にその方の専門家によっては追究されている。自分はこの方には全然門外漢であるが、自分の専門と多少の関係があるので少しばかり土佐の地名を考えてみた。勿論まだ何ら まとまった結果を得た訳ではないが、少しばかり考えた断片的の結果を左に記して、専門家やまた土佐の歴史に明るい先輩諸氏の示教を仰ぎたいと思う。
 誤解をなくするために断っておきたいと思う事は、左に地名と対応させた外国語は要するにこじつけであって、ただある一つの可能性を示唆し、いわゆる作業仮説としての用をなすものに過ぎないという事である。また例えばアイヌ語との関係を示しても、それだけでは現在のアイヌと土佐と直接の交渉があったという証拠には決してならない事も明白である。
 最近に坪井博士はその著『我が国民国語の曙』において四国の地名についても多少の考証をしておられる。それは主として、チャム、モン、クメール、マラヨポリネシア系の言語によって解釈を試みておられる。しかし自分の見るところでは、アイヌ語らしい地名もかなり見受けられるからここには主にその方のものを並べてみる事にする。

種崎 タネザキ アイヌの「タンネ」は長い。「サッカイ」は砂堆ですなわち長い砂嘴。(大阪近くの境も出雲の境も砂嘴か。)

ハラミ 「パラモイ」は広き静処で湾の名になる。しかしチャムで「ハラム」は閉鎖の義であるからその方かもしれぬ。

比島 ヒシマ 「ピ」は小の義、「シュマ」は

万々 ママ 「メム」はまたラグーン

物部 モノベ 「ポロペッ」大河

韮生 ニラフ 「ニナラ」高原。また「ニ」「オロ」豊富

夜須 ヤス 「ヤシ」網を引く

別府 ベップ 「ペッポ」小河

仁西 ニサイ 「ニセイ」絶壁

野見 ノミ 「ヌムイ」豊漁の湾

与津 ヨツ 「エツイ」

小籠 コゴメ 「コム」は、また小山。「コムコム」か。

咥内 コーナイ 「カウンナイ」係蹄をかけて鹿を捕る沢。石狩にもこの地名あり。

加江 カエ は岩の割目

大河内 オオコウチ 「ウーコッ」川の合流。(この名は諸国に多い。)

甲殿 コードノ 「コタン」は。またマレイで「コタ」は。またビルマ語で「コーンダーン」は小さき山脈

和喰 ワジキ 「ワシ」波浪「ケプ」破れる。また「ケ」場所

日下 クサカ 「クサハ」河を渡船で渡る。勿論土佐の日下は山地である、人名等より来たであろうが、もとは渡しかもしれぬ、 崇神紀 すじんきに「クスハノワタシ」というのがある。

十市 トーチ 「トンチ」(十市には鍾乳洞がある)。また「トツエ」は沼の潰れし処。またチャム「ト」は中央「テ」は場所。十市の地名は記紀にもある。

穴内 アナナイ 「オンネナイ」は大川。しかしまたチャム語でも「ナイ」はまたは河辺の野であり、アイヌやサモア、マオリ語でも「アナ」はでもある。

戸波 ヘハ 「ペッパロ」は川口。またモン語で「ウェア」は平原

大西 「オニウシ」大きな森

奈路 ナロ この地名は土佐各所の山中にある。アイヌで「ノル」は熊の足跡であるが、ことによると「ナ」河流と「ロロ」または「ロッ」上座の義かもしれぬ。この地名は大抵河の ほとりにあるから。また朝鮮で「ナル」は山であるがこれであるかもしれない。

御畳瀬 ミマセ 「ピパ」牡蠣の種類。「シ」は在所。「セッ」。北海道に地名ビバウシがある、バチェラーはやはり「貝のある所」と解している。bがmに変るのは普通だからこれは同じものらしい。

仁淀 ニヨド 坪井博士はチャム語「ニオト」塩魚塩肉としている。ビルマ「ニアジヨーク」も干魚である。しかしアイヌとすれば「ニ」樹木「オロ」豊富。またマレイ「ニアタ」は用材樹木。仁淀川と塩魚は縁が薄いが材木とは縁が深い。

越知 オチ 「オチ」は水の渦を巻く義。

手結 テイ 「タイ」。これではないらしい。あるいは「ツイ」切れるか。ビルマでは「テー」。出雲の手結(タユイ)とは必ずしも同じではないかもしれぬ。

津呂 ツロ 「ツル」は突き出る。二箇所の津呂いずれも国の突端に近い。(長津呂のツロも同じか。)

以布利 イブリ バタク語で「イフル」は前同様突端でこれが津呂に近くあるのは面白い。

足褶 アシズリ 「アツイ」「ツリ」突出。すなわち海中に突き出る義か。

安和 アワ 「アパ」入口。または海上より見た河口。阿波国名もあるいは同じか。

五百蔵 イオロイ 「イウォロ」

四万十 シマント川 「シ」甚だ。「マムタ」美しき

伊尾木 イオキ 「イオチ」は蛇の居るであるか。またセマング語で「イオ」は、「クイン」はである。伊与木も伊尾木も多分同じものか。フィン語の「ヨキ」はである。

あるいはアイヌ「イオク」釣針で捕るすなわち釣魚の義か。サカイ語では「カドー」でこれが門谷のカドに関係するかもしれない。

土佐  門狭 とさですなわち佐渡の 狭門 さどに同じく狭い海峡をはいって行く国だとの説がある。しかしアイヌで「ツサ」は袖の義である。土佐の海岸どこに立って見ても東西に陸地が両袖を拡げたようになっているから、この附会は附会として興味がある。もしこれがアイヌだとすると、隣国 讃岐 さぬきは「サンノッケウ」すなわちであろう。能登がアイヌの「ノト」 おとがいである事は多くの人が信じている。

坪井博士の説ではトサはやはりチャム系の言葉で雨嵐の国だそうである。これだとあまり有難くない国である。

高知 これは従来の説では、 河内 こうちすなわちデルタだそうである。坪井博士の説ではチャム語でである。しかしアイヌだと「コッチ」「コーチ」宅地となる。これはまたマレイの「コータ」堡塁とのある関係を思わせる。

 以上は大部分ただ偶然の暗合に過ぎないかもしれない。しかし中には実際ある関係をもつものもあるかもしれない。関係があるとしても、それがどういう関係であるかは分らない。実際アイヌの先祖の言葉であるのか、また我々の先祖の言葉が今のアイヌの言語に混入しているのか、あるいは朝鮮、支那、前インド、南洋から後に渡来したのがアイヌの先祖と吾等の先祖の言語に混合しているのかそれはなかなか容易に決定し難い問題である。
 ただ以上のようにこじつけ得られるという事自身には何らかの意義があるであろう。この事実がもし我郷土の研究者に何かの暗示を与える端緒ともならば大幸である。

(昭和三年一月『土佐及土佐人』)

サイレンが鳴る中で迎えた過ぎ越しの祭り エルサレムの復活祭 戦争中のイスラエル - YouTube

【謎】 2千年前の村は全て残っていた。なのに鉄だけがない - 登呂遺跡|歴史・日本史・河江肖剰・静岡

サイレンが鳴る中で迎えた過ぎ越しの祭り エルサレムの復活祭 戦争中のイスラエル - YouTube




https://www.youtube.com/watch?v=goezuaIh9Qk











0:00
[音楽]

0:06
6今日もイスラエルみさ子のチャンネルにお 越しくださってありがとうございます。 イスラエルは戦争の真中ですが、ミサイル


0:15
の警報が鳴る中、杉越の祭りを無事に迎え ました。杉越しの祭りは猛然に引き入られ


0:25
てヘブライの民が奴隷の身分から解放され てエジプトを出ていったことを祝うお祭り


0:33
です。今年の杉越のお祭りは親戚の家に 集まる予定でした。その日の朝もアラーム


0:43
の音で目が覚めました。そしてしかも1° だけではなくて立て続け[音楽]


0:49
49に4°もミサイルが飛んできたので しばらくシェルターから出ることができ ませんでした。


0:58
58私は1日中この調子でミサル警報がなるん ではないかなと思っていましたが夕方まで


1:05
1 5は静か[音楽]でした。一没になる頃、 また警報が鳴ってまた何度もアラートが


1:14
1 14続い[音楽]てなったので長い間 シェルターにいることになりました。


1:20
1 20そしてちょうどこの時間帯というのは移動 していた人も多くて日も混雑[音楽]して


1:28
1 28いる時間を狙ってのミサイルの発射だった のだと思います。 いつもシェルターで会う近所の人たちは


1:38
1 38もしまたサイレンが鳴って家族のペサハの ディナーに行けなかったら次のサイレンの


1:44
1 44時はみんな1つずつ料理を持ち寄って シェルターの中でペサハ[音楽]のお祝い をしよう。って言っていた人もいて、この


1:54
1 54ままサイレンが鳴り続けたらそれも冗談と して笑っていられないなと思いました。


2:01
2 1最初の予定では太郎を家に置いていく つもりでいたんです。でもこんな感じで何


2:08
2 8度もサイレンがなる私は1人で家に残って 太郎をオルスバしているねと親戚に伝え


2:16
2 16ました。そうしたらすぐに電話がかかって きて太郎も連れてきて大丈夫だからみんな


2:23
2 23でお祝いしようと言ってくれました。 そしてサイレンがなるかドキドキしながら


2:31
2 31親戚の家まで車を走らせました。私が住ん でいる町は比較的ミサイルの被害が少ない


2:39
2 39地域なんですが、親戚の家がある地域と いうのはミサイルの被害が1番多いい地区


2:47
2 47と言ってもいいくらいの場所なんです。 [鼻息]つくまでヒヤヒヤでした。


2:55
2 55の親戚もそれぞれ犬を連れてきたので親戚 30人犬3匹で賑やかな杉越の夜になり


3:05
3 5ました。杉越の祭りでは田と呼ばれる方を 読みながら出हाエジプトの物語を順番に


3:15
3 15辿どっていきます。普段ならこういう 集まりというのはうちでやることが多いの


3:22
3 22ですが、うちにはシェルターがありません 。しかも親戚の中には90歳を超えるお


3:30
3 30ばあちゃんもいるので、大人数で外の シェルターに移動するというのは現実的で


3:37
3 37はありません。予想してた通りにディナー の途中でアラートがなりました。今回


3:46
3 46集まった親戚の家は上下の会に家族が住ん でいてそれぞれにシェルターがあるので


3:53
3 53別れて安全に避難することができました。 さらにアパートの階段部分も分厚い


4:02
4 2コンクリートに囲まれているため簡易的な シェルターとして使えるんです。


4:10
4 10私と太郎もその階段部分に避難しました。 ハローにとっては初めての場所、初めての


4:18
4 18親戚の家でしたが、ディナーの間も アラートが鳴って避難する時もとてもいい 子に落ち着いて対応してくれて[音楽]


4:28
4 28本当に助かりました。 そして避難解除のお知らせの後、また


4:35
4 35テーブルに戻ってお祝いを続けたんです。 先ほどもお話ししましたが、ペサハ杉越の


4:44
4 44祭りは古代イスラルの民がエジプトの奴隷 状態から解放された出来事を記念するお


4:52
4 52祭りです。 この物語は出機に書かれていて、[音楽]


4:59
4 59神はエジプトに幸いを下しました。 イスラエルの民は個室の地によって守られ


5:08
5 8ました。その[音楽]幸いが過杉越したと いうことからペサハと呼ばれています。


5:16
5 16英語ではパスオーバと言います。 そして今でもユダヤ人はこの時期家族で


5:25
5 25集まってセデルと呼ばれる特別な食事を 囲みながらこの出来事を思い出すんです。


5:33
5 33そしてこのペサハの食事がイエスが弟子 たちと共にした最後の晩散だったんです。 イエスはヘサハを祝う中であの[音楽]


5:47
5 47食事をしていたということになります。 その直後イエスはゲセマネという場所で


5:55
5 55捉えられて十字架にかけられてしまいまし た。これを記念するのが正金曜日。


6:05
6 5そして3日後に復活したとされる日が イースターです。ペサハでは個室の地に


6:12
6 12よって死から守られました。そして キリスト教ではイエスは神の個執として


6:21
6 21犠牲になって人々を罪ったと考えられて いるんです。


6:28
6 28過越しの祭りとイエスの最後の晩餐。実は この2つ、同じ救いの物語の中にある


6:38
6 38出来事なんです。 今年の復活祭は4月5日で、西教会の方は


6:46
6 464月12日だそうです。 本来ならば世界中のキリスト教が


6:54
6 54エルサレムに集まるはずのこの時期に まさかの事態が起きてしまいました。


7:01
7 1エルサレムの旧市街にある各宗教の聖地は 閉鎖されているんです。イスラム教の


7:10
7 10アルクサモスク、ユダヤ教の投撃の壁、 キリスト教の正母教会も戦争の影響で閉鎖


7:20
7 20されていたんです。 2026年2月末からエルサレム旧市街で は安全の理由ということで[音楽]


7:31
7 31大規模な制限がかかっています。 その影響で青分母協会は礼拝も含めて事実


7:41
7 41上閉鎖状態になっていました。この時期は 復活祭前の[音楽]大切な準備期間にも


7:49
7 49関わらず中に入ることすらできない状態と いうのが続いていたのだそうです。


7:58
7 58少し前の動画でもお話ししましたが、神殿 の丘から何百のところにミサイルの破片が 落ちたり、[音楽]


8:07
8 7青分母協会の近くにもミサイルの破片が 落ちたというニュースも見ました。


8:15
8 15この青分母教会という場所はキリスト教に とっては特別な場所です。 キリストが十字架にかけられて[音楽]


8:27
8 27埋葬され、そして復活したとされる場所 です。復活祭のそのものの中心にある場所


8:36
8 36なんですね。なのでそこに入れないという 状況は世界中のキリスト教にとってとても


8:45
8 45大きな問題でした。実際になぜこの時期に 閉鎖なんだ。祈ることすらできないのか。


8:53
8 53[音楽]


8:54
8 54そんな声も上がっていたと聞きました。 特に地元のキリスト教徒にとっては年に


9:02
9 21度の最も大切な時期になります。それが 制限されることに強い不満が出ていったの


9:11
9 11だと聞いています。 じゃあ最終的にはどうなったのかと言うと


9:17
9 17実は今日なのですがおそらく完全に解放さ れるていう感じではないと思うのですが


9:25
9 25多分調整が進められていて人数制限とか 入場許可性とかそういう感じで復活祭の


9:35
9 35行事を実施する方向なのだと思います。


9:40
9 40前回の動画からこの1週間の間に近所の 海沿いにあるホテルにミサイルの破片が


9:49
9 49落ちて被害が出ました。 犬仲間の知り合いがホテルの近くに住んで


9:56
9 56いますし、よく買い物に行くスーパーも すぐ近くなのでミサイルの被害というのが


10:03
10 3身近に感じます。実際にミサイルの被害と いうのはあちこちに出ているというのは


10:12
10 12確かなのですが、死亡車が少ないのは


10:15
10 15[音楽]


10:15
10 15アラートが鳴るときちんと責任を持って シェルターにそれぞれが駆け込んでいる


10:21
10 21からなんですね。普段ならこの杉越祭りの 期間っていうのはどこか海外旅行に出かけ


10:30
10 30たり、国内で旅行に出かけたりするのです が、私たちも北部への旅行を予定してい


10:37
10 37ましたが、予定をキャンセルすることに なってしまいました。今ミサイルが飛んで


10:44
10 44きているイランやレバノンに加えてイエ麺 からもミサイルが飛んでき始めたようなの


10:51
10 51でさらにアラートの数っていうのが増えて しまうかもしれません。この戦争がいつ


10:59
10 59終わりそうなのか選教というのも全くからない状況が続いています。


11:07
11 7今回は無事に杉越の祭りを迎えられました というアップデートの動画でした。


11:15
11 15今日も最後までご覧いただいてありがとう ございます。[音楽]また次回の動画でお 会いしましょう。


11:26
11 26[音楽]

寺田寅彦 火山の名について 1931

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