ハーン
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中国人の神信仰
優れた中国学者、エルヴェ・ド・サンドニ
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中国文化の伝播に大きな役割を果たした。ジュリアンの後任は李白の詩を初めて西洋に翻訳したエル. ヴェイ・ド・サン=ドニ(Hervey de Saint-Denys)であり、これらの ...
夢の操縦法 - 国書刊行会
国書刊行会
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2012/3/22 -エルヴェ・ド・サン=ドニ侯爵 (エルヴェドサンドニコウシャク). 1822年~1892年。コレージュ・ド・フランスの中国文学教授。著書に『唐詩選』『 ...
夢の操縦法 | エルヴェ・ド・サン=ドニ, 立木鷹志 |本 | 通販
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本の詳細 · 本の長さ. 425ページ · 言語. 日本語 · 出版社. 国書刊行会 · 発売日. 2012/3/26 · ISBN-10. 4336054940 · ISBN-13. 978-4336054944.
L・エルヴェ=ド=サン=ドニ(Léon Hervey de Saint-Denys)
ameqlist 翻訳作品集成
- https://ameqlist.com>sfh>herveyde
Nonfiction/Etc. 『夢の操縦法』 Les Reves et les moyens de les diriger. translator:立木鷹志(Tachiki Takashi) Publisher:国書 ...
「エルヴェ・ド・サンドニ」について
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「夢の操縦法」書評 フロイトも探した奇書の古典 - 好書好日
好書好日
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2012/5/20 -夢の操縦法 [著]エルヴェ・ド・サン=ドニ侯爵. まさしく幻の著作の初訳である。 かつてアンドレ・ブルトンや澁澤龍彦が夢研究の古典として本書の一部 ...
徒語1周王朝の詩人たちの「詩経』(Chi-Kingー|英語の読者により見なれた綴りでは She-King)、『今古奇観』そのほかの中国古典の翻訳家ーが、中国の宗教について、フランス協会でいつになく興味をそそる講演を行なった。合国のような、ほとんどあらゆる大都市に中国由来の要があり、中国人についての概括的な知識が、ヨーロッパの首都におけるより以上であると考えられる国では、ド・サンドニ氏の講演は相当大きな注目に値する。というのは、この講演は、中国人の仰に関していま行なわれている多くの測に、完全に異を唱えるからである。
中国の諸宗教、それらの進化、それらの内部相関および内部屈折、その十分な説明はおそらく、言語学の今の状態では試みて成功するとは誰も望みえないほどに、巨大な労苦を要求するであろう。エルヴェ・ド・サンドニ侯爵は、このような膨大な仕事への自己の無能力を率直に告げた。しかし、古今の中国人の宗教全体の底に横たわる精神は、練達の学者によって、その文献の長い行程!それをなかなか説得的にウイリアムズ(離した特想※)は、その膨大さ無益さのゆえ、この帝国の万里の長城にたとえたー/をたどって追求されうるかもしれない。これが爵の引き受けた任務であり、そしてその研究の成果は、中国人の仰に関して、新しく非常によろこばしい光を投げかける。
あの東洋の織物!その織目が金の糸や多彩な結の糸のグロテスクな刺繍ですっかりおおわれているあの織物のよう
2
に、中国人の至高者へのもともとの仰は、空想的な送情に根ざすイメージ群、偶像崇拝的儀式によっておおい尽くされてしまい、中国語に通じたキリスト教宜教師たちの眼からさえ隠されてしまっている。三数とは何か、という問題は、それらは実はみな同じものなのだ、という孔子の唐揚な説明では、西欧人の理解にまるで平易とはならなかった。
この奇妙な三位一体を構成する諸要素は、表面的な吟味によって調和を与えられるには、あまりに矛盾に満ちていた。
すべては幻という哲学をもつ仏教は、孔子の実装的倫理とどう調和されるのか。仙人や神仙術の理論をもつ道数は、至高の主、上帝への純な崇拝とどう一つに結びつくのか。これらは西欧人の心には長らく謎であった。
そして、この謎は容易にとけなかった。中国人の信仰一般に関して何らかの肯定的な立場を定めようとして、書物論文は、中国学者たちによって無数に書かれてきた。しかしこれらの著述は、相混済し、相反し、ただ読む者の心に神秘の混沌を残しただけであった。中国人は、無神論者なのか、あるいは多神論者なのか、あるいは唯物論者なのかーどう考えるべきか、読む者は決めかねた。
中国の音楽において、音楽理論とそこからできあがる実際の音楽とがまったくちぐはぐであるように、中国人の宗教において、祖先崇拝と移様の儀式、そして雑多な迷信的慣習の遊守、これらは中国人のほぼ産物論的な生活一般とまったくちぐはぐである、と思えた。そして、あの音楽がメロディーに富んではいるが全体的にハーモニーを火くように、中国人の倫理体系も哲学的卓越さにあふれてはいるが、すべての偉大な宗教のもつあの基盤ー普遍的な神への信仰をすっかり失いている、と思えた。最後に、熱心だが事情に通じない宜数師たちの著述、そしてまた、あまりに狭陸なチャンネルを通じてその研究の舵取りを行なってきた専門家たちの著述、それらを通して私たちは、中国人を奇妙に矛盾した種族、粗雑な迷に満ちていながら他面では無神論的な種族、と見るように教えられたのである。この広くいきわたった誤認を論破することで、エルヴェ・ド・サンドニ侯爵は、比較宗教学にのみならず、中国国民そのものに一つの貢献をなしたのである。
健爵の試論で最も衝撃的な点は、新宗教の開祖としての孔子、というポピュラーな考えをくつがえすことだ。孔子は、先在した宗教と、少なくともキリスト教紀元を二十世紀はさかのぼる時代の倫理体系、それらのほかでもない改革者ないしはむしろ保存者なのであった。孔子はキリスト前五世紀に世界の舞台に現われ、中国の文学および哲学が崩壊期にあるのを見た。それはきわめて広範囲な材の崩壊であった。それゆえに、腐りくずれてゆく哲学、死んで分解してゆく芸術、これらの莫大な推顔から、偉大な学識と健康な思想のいまだ傷んでいない数少ない残物を取り出し保存するという仕事は、きわめて驚嘆すべき学者にしか望みうることではなかった。
孔子はかくて私たちに中国古代のあの最も高貴な記念神である二つの経、「詩経』と『書経』とを発見し、保存した。
この二つの最古の書の教義と彼自身の教義との間には、倫理上ないし宗教上の倍念に何の相異もない。孔子が神や来世についての自分自身の考えをほとんど書かなかったのは、保存者としてのみ、すなわち編集者としてのみ書いたからである。彼はすべての中国人の心に深く根づいた仰を示してみせることは、必要だとは思わなかった。また、その古色こそが永遠の真理であることの証しであると思える諸条に、あえて変調をもたらすこともできなかったのである。
さて、ほかでもないこの二正典ー二経ーは、学識ある孔子の労苦により保存され若返らされて、中国人の、至高の存在者、万能の創造主、スカンジナビアの雄大な言葉を借りれば万物の父への仰が確実に存在していたことを証言している。たとえば、私たちを三千年の昔につれもどす『詩経』の中に、周王朝の創始者に関する次の数行が見られる。
中国人の神信仰
Wen-Wang now dwelleth in the upper spaces:
Oh! how great is his glory in heaven
Whether he riseth (to the highest of the celestial spheres) or whether he descendeth (to the regions
文王はいま上なる大空にいます。
おお、彼の栄光の天に何と大いなることか!
(天球の最高に)登るともはたまた、(地のおちこちに)降るとも
of earth),
He remaineth ever at the right and at the left of the
Sovereign Lord.
彼はいつも至高の主の右におり、左にいます。
Chi-King, Part III, Ode 1 st.
(記注1
『詩経』第三部オード第一
この神への信仰のシンプルな表明は、等しく強い、魂の不死への信仰の主張と対になっているのが見られよう。さらに、次のように書かれる。
Heaven (tien), who placed upon
the throne the
virtuous ancestor of the dynasty of Yn,
Hath not permitted his (degenerate) descendants to
keep the Empire. ...
Wen-Wang, who served the Sovereign Lord (Chang-ii) with a pure heart, was filled with blessings,
and received the mandate to govern the nations.
-Ode II, Part III.
天は慶王朝の有徳の祖先を玉座においたが、
彼の(堕落した)未満に帝国を保つことを許さなかった。
女王は、至高の主(上帝)に清い心で仕え、祝福に満たされて、番国民統治の委任を受けた。
(飲注2)
一第三部オード第二
そして、ここに、この同じ古き書からの三つ目の感動的な抜粋がある。
中国人の神信仰
-Oh!how great is He!-how vast is He_the Sov-
ereign Lord (Chang-ti) the Master of the World!
How terrible is He!-how awful His
Heaven (tien) created man, but not man should rashly use the privilege of life.
judgments are!
in order that
—Ode XXI.
おお、彼は何と大!!
-彼は何と広大!!至高の主(上帝)、
世界の主は!
彼は何とおそろし!
-彼の裁きの何とおそろし!
天は人を作った、しかしそれは人生の特権を無謀に使うためではない。
(訳注3)
レーオード第二十一
これらの章句は、中国語「天」および「上帝」の意味に関して、何の疑いも残さない。前者は、私たちの宗教書で
"Teaven”という話を用いるように用いられており、後者は至高者の名前として用いられている。さらに、もう一つの
—I cannot forbear to do that which Heaven (tien)
私は天の命ずるところをするを控え得ず、
I cannot disobey the Sovereign Lord (Chang-t)・
Chou-King: Chapt, Takao, or "Great Warnings"
私は至高の主(上帝)に逆らい得ず。
『書経』大詰(「大いなる警告」)篤
ほかのいかなる意味も、次に引く数行からは、やはり、取られはすまい。ここでも「天」および「主」という言葉は、はっきりと、キリスト教の聖書におけると同じだけ明からさまに用いられている。
270
2
-Of old, when Tching-tang took possession of the throne, his minister, Y-yn, was inspired in his coun
sels by august Heaven... Also, in the reign ofthe King Tai-ou, the ministers Y-chi and Tchin-hou
received inspiration from the Sovereign Lord.
-Chou-King: Chapt. Kiun-chi.
昔、脳が玉座を占めたとき、彼の大臣伊我は、助言にあたって、
長れ多き天よりの霊感に導かれた。…・・・また、森炭王の治世で
は、大臣と長屋は至高の主より霊感を受けた。
『書経』君苑結
—The Sovereign Lord (Chang-ti) first gave warn-
至高の主(上帝)はまず王の有夏に多くの禍いをもって警告を与え
ing to the King of Hia by many Calamities.
-Chou-King: Chapt. To-fang.
た
(注6)
『害経』多方篤
そして、彼がみずからの流儀を改めなかったので、「天は彼よりふさわしい人を選んで、その人に諸国民の統治を参ねた」と語られる。
さらに、次のように書かれる。
Sovereign Heaven cannot err,-cannot be de-
ceived
-Chi-King, III; Ode 2.
至高の天は誤り得ずー
ーあざむかれ得ず。ー
『詩経』第三部オード第二
-Heaven loves us with the love of a father and
of a mother;_Heaven is the Master of the World.
天は父の愛、母の愛をもちて我らを愛すー天は世界の主。
-Chon-King: “Hong-fang""
(呎生8)
—『書径』洪範衛
-Heaven has given power unto Kings to preserve
nations and to teach them: they are the ministers
of the Sovereign Lord.
Chou-King: “Tai-chi?'
天は諸王に諸国民を保存し教化する力を与えた。彼らは至高の主の
(米9
『書経』泰誓備
The Sovereign Lord caused Tching-tang to be
至高の主は成湯を生まれさせた。
w
By his unceasing piety, Tching-tang surpassed even
all those who had gone before him;
Daily the brightness of his merit went up, as a homage, to Heaven,
The Sovereign Lord was touched by the fervent
worship thus paid unto Him.
He gave unto Tching-tang the government of all the
states of the Empire.
止むことのない敬神により、成湯は彼に先立つすべての人々をさえ
凌駕した。
日々に彼の功績の輝きは、天への臣従の礼として、天に昇った。
至高の主はかく自分に払われる熱烈の折りに心動かされた。
(沢法10)
彼は成湯に帝国のいっさいの国々の統治を与えた。
キリスト以前千百年、周代の次の讃歌が示すように、神についての観念は変わらなかった。
The Most High and Sovereign Lord looks down upon
至高至上の主は地を見下ろす。
the earth:
コンテンツ
目次
ラフカディオ・ハー
著作集
目次
Il
厳豊かに出来事の起こりすぎ行くをみる、注意深く帝国のあらゆる地域を見る、帯国民が正しく統治されることを彼はねがう。
経』を再編集するに当たって、後日次のように、ヘブライの詩織の作者にふさわしい言葉で、全能者について彼らの思い抱くところを表現した。
-How great, how sublime, how profound He is,-
the August Heaven! His justice is infallible;-His
penetration is absolute; -His intelligence hath nolimits. He hath no ears;_yet all things are heard by
Him; He hath no eyes, yet all things are seen by
Him. Whether in the rulings of a prince, or in thelife of any private person, there is no good or evilaction that escapes Him. For Him there are no ob-
scurities, nor any secret chambers. He knows all; He
observes all things; nothing may ever be hiddenfrom Him.
何と大、何と崇高、何と深遠であることか、異れ多き天、彼の裁きは誤ることがない、|彼の洞察は比べるものがない、彼の知は限りがない。耳をもたず、それでいてすべてを彼は聴き取る。目をもたず、それでいてすべてのことを彼は見とおす。一人の王の統治におけるものであれ、任意の一私人の生活におけるものであれ、醤き所業も悪しき所業も、彼を逃れるものはない。彼には間もなければ、いかなる秘められた部屋部屋もない。すべてを知り、すべてを見る。何事もついぞ彼から隠されることはあるまい。
中国人の神信仰
このフランス人学者は、中国の文学および宗教の長い進化をずっと貫いて、そして私たち自身の時代の中にまでも、変わらない仰のうちに、唯一神への信仰と魂の不死への信仰のうちに、変わらない借念を跡づけることに成功している。そして、これまで知られているいかなる中国の書物にも唯物論的念の表白は見出されえないこと、そして無神論者あるいは無神論の観念を表現するいかなる漢字もないこと、を鋭く指摘する。
さらに、仏教のニルヴァーナー魂の全面的な終結という観念は、中国にはついぞ根づかなかったことを、私た
ちに確させる。これはたいへんに面白い音明である。とくに、ド・ロニが、最近の日本文献に関する仕事(「エルゼヴィール東洋文庫」)で、日本では仏教が性格を変え、来世についての教義が詩的で感動的な表現を大いに取り込んだ
宗教となった、ということを示しているのを思い合わせるときには。中国のこうした状況に対する理由は、とくに、死者を敬うのが家族の務めであるという先祖崇拝(これは中国の宗教ではまことに深い基盤となっていて、イエズス会直教師たちはそれに対抗するのは賢明でないと考えたほどだ)は、全面的な無化という教義とはけっして並存できなかった、ということだと思える。
孔子の言うところの「知識人の宗教」、この宗教のもつ一神教的教義は、おそらく、中国の比較的無知なる何百万の人々には容易に理解されなかった。彼らのもっと粗雑な想像力には、仏教や道教の非内面的な宗教行為、華麗な行列の方が、よりでっとり早い宗教的霊感を提供したわけである。しかし、古代の祭後のまじりけのないものが、今も、教養ある階級に広くゆきわたっている!先祖崇拝という無害で美しい宗教(その聖祠は各家庭に見られる)と並んで。そして、今も皇帝は公に、かの至高の主の前に恭順の頭を垂れる。その主にはいかなる祭道も建てられない、というのは、主の祭境は宇宙であり、その十兆もの太陽を濁光としてもつのであるから。その主には社殿はついぞ延てられない、というのは主の社殿の屋根は無限にして、永遠なる天の着等であるのだから。
275
(一八八六年十二月二十六日)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12585805/1/144
訳注ハーンが引用した文章の原典は、以下のものだと思われる。
(1)女王上に在り、炭天に昭かなり、周は用なりと進も、共の命離れ新たなり、花殿不なり、常能時ならずや、文王国際し、帝の左右に在
り。(『詩経』文王之三之一) [詩經下56]
(2)天は焼どし難し、球からざるは離れ王、天の位せる道、四方をぜざら使む、(中略)準れ比の文王、小心深沢たり、昭かに上希に事え、
世に多福を懐う、豚の微わず、以って方国を受く。(『詩経』文王之仕三之一)[詩經下65]
(3)務たる上帝、下民の、共成なる上、非の命多し、天森民を生ず、北の命講に出す、初め有らざるは脂し、く終わり有ること無し。
(詩経』醤之付三之三)[詩經下200]
(4)予敢て天の降す威用を開ごさず。車王地に大宝値を選る。天明を超いで命に即く。(書経』周大誌) [書経上175]
(5)松書成湯駅に命を受く。時に則ち伊那の若き有り。奥天に溢れり。・・・・。知度に在りては時に見ち豆感の若き有りて上常に格り、・・・・
(書経』周書君史)[書経上276]
(6)いに催れ天の命を図りて永く肥を武念せず。憧れ、格を更に降す。有夏聞いに豚れ逸し、背えて民に感載せず。乃ち大いに選して日
を終うるも帝のを勧むること克わず。…・・・・。天性れ時れ民の主を求め、乃ち大いに頭休の命を成に降し…・・・・。(『書経』周書多方)[書経上288]
(7)「天監下に在り」(天は昭々として下土を昭監して居り)か。だとすれば『時」大雅文王之大明。[詩經下65]
(8)天子、民の父母作り、以て天下の王とある。(”書経』周書洪範)[書経上157]
(9)天下民を街け、之が君とし之が師と作す。れまれ克く上帝を掛けて四方を危ぜん。(”書』周書茶警上)[書経下455]
(10)先王記の天の卵命を願みて、以って上下の蔵に赤く。北、完離、菓せざるは問し。天共の徳を監て、用って大命を集め、死がを無線せ
しむ。(『書経』商書太甲上)[書経下416]
(1)天津れ異なり、球からざる載、・・・・豚の北に映降して、昭に監がて遊に在り。(『綺羅」周間予子之せ [詩経下355]
ラフカディオ・ハーンの中国理解 : 中国人の宗教信
仰を中心に
郭, 瀟穎
九州大学大学院地球社会統合科学府
2022
ハーンはまた近代文明に汚染されていない東洋人への興味を表している。「印度水夫や支那の植民のうちにその本国の東洋人を求め、見慣れた欧州の移住者達の特性に有史以前の人を私は求めているのです。」(Elizabeth Bisland1906:291)7 また、1884年にニューオーリンズで万国博覧会が行われたが、ハーンはその会場で中国の農業の本や農産物を見た。それによって、ハーンは「博覧会における東洋文献」という記事を書き、中国の『農業百科全書』を紹介している。 ニューオーリンズ時代から、ハーンは初めて書簡で中国に関する書籍の読書体験を語り始めた。1884年3月、本を通して東洋に近づこうとするハーンは所蔵書籍について次のように記述している。「文庫には五百巻近くの本があります。――エジプト、アッシリア、インディア、支那、日本、アフリカ等等の書物です。」(Elizabeth Bisland1906:314)8 クレービエルへの書簡でも蔵書資料の中に中国の本があり、『東方聖書』(1823〜1900、The Sacred Books of the East)とローウェルの『極東の魂』(1886、Soul of the Far East)を読んだと明記している。 後述するが、『東方聖書』には『詩経』の英訳が含まれており、ハーンはこの本から『詩経』の内容と中国人の神信仰について理解し始めたと考えられる。以上の書簡の内容から、ハーンはこのような東洋を論じる本を大量に手に入れる姿勢がみられ、東洋を理解したい心が窺える。 このように、ハーンのヨーロッパ時代における中国との出会いは偶然であったと言えようが、アメリカ時代のハーンは、中国に深い興味をもちはじめ、能動的に「中国」(中国の音楽、中国の書籍など)をもとめ始めたことがわかる。物から人、視覚から聴覚さらに味覚、書物も大事に扱うというかたちで、ハーンは一歩一歩未知の世界――彼にとって魅力的な中国――へ足を踏み入れたのである。『ラフカディオ・ハーン著作集』の「『東洋論集』解説」で、高木大幹氏はハーンを次のように評価している。 ハーンがアメリカで苦学力行している間、彼の眼は早くも、東洋・中近東に向けられていて、その知識の摂取消化はすさまじいものがあった。既に新聞記者となっていたハーンは着眼がよく、文藻は豊かで、書きに書いた。(中略)独学による知識の蓄積は益々増大し激流となって奔騰し、その博識多才は人々をして瞠若たらしめた。そのスケールの広大なるは無論のこと、人間の生のきびしさ、はかなさは彼の心眼に狂いなく映じ、歴史の悲歌哀愁のすすりなきに耳を傾けて、皆、生きた材料として綴られていった。(高木1981:168) アメリカでジャーナリストとして働いていた間、才能あふれるハーンの目線は早くも中国へ向けられていた。『東方聖書』やローウェルの『極東の魂』などを読んだこと、万国博覧会での見物などもきっかけになったと考えられ、絶えず中国へまなざしを注ぎ、「中国の神信仰」、「中国の将来」で中国を論じるだけではなく、『中国怪談集』をも執筆した。そんななかで、中国の音楽から宗教へ、理解を深めようとしたハーンは、1886年にはじめて中国について論説を書くことになる。三、中国人の信仰について――唯一神への信仰 ハーンの中国に関する初めての論説である「中国人の神信仰」は、1886年12月26日に『タイムズ・デモクラット』紙(Times Democrat)に掲載された文章である。注目に値するのは、アメリカ時代のハーンは早いうちに中国人の信仰に関心を持つことである。ハーンはこの文章の中に、魂の不死と先祖崇拝について論じるとともに、中国の宗教、古典に関する知識も読者たちに伝えた。その中で次のように述べている。(著作集でハーンが引用している『詩経』の英語原文及び翻訳された日本語が併記されているため、以下著作集に従って引用する。また、本文では対照のため、『詩経』中国語原文も挙げる。) ハーンが引用している『詩経』の部分は次のように書かれている。 Wen-Wang now dwelleth in the upper spaces: Oh! how great is his glory in heaven! Whether he riseth( to the highest of the celestial spheres) or whether he descendeth( to the regions of earth),— He remaineth ever at the right and at the left of the Sovereign Lord. 7 原文は以下の通り。 “I am seeking the Orient at home, among our Lascar and Chinese colonies, and the Prehistoric in the characteristics of strange European settlers. ” 8 原文は以下の通り。“I have now nearly five hundred volumes--Egyptian, Assyrian, Indian, Chinese, Japanese, African, etc.”
文王はいま上なる大空にいます。 おお、彼の栄光の天に何と大いなることか! はたまた、(地のおちこちに)降るとも 彼はいつも至高の主の右におり、左にいます。——『詩経』第三部オード第一この神への信仰のシンプルな表明は、等しい強い、魂の不死への信仰の主張と対になっているのが見られよう。(斎藤等訳1988:269)(『詩経』原文は次のように記している。 文王在上,於昭於天。周雖旧邦,其命維新。有周不顕,帝命不時。文王陟降,在帝左右。——『詩経』大雅·文王) ハーンは『詩経』の内容を引用し、魂の不死に対する中国人の信仰を西洋人に伝えた。ここでまずハーンはどのような経緯で『詩経』に触れたのかを考察してみる。『富山大学ヘルン文庫所蔵小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)関係文献目録:改訂版:第2次補遺版』によると、ハーンの所蔵書籍では、The Sacred books of China: the texts of confucianism(The Shû king (Classic of History). The religions portions of the Shih king (Classic of Poetry). The Hsiâo king (Xiao Jing)(1879,Clarendon Press)という本がある。これは宣教師ジェームズ・レッグによる翻訳『東方聖典叢書(Secret book of the East)』のうちの一巻である。この本には『書経』、『詩経』と『孝経』の英訳を含んでいるので、ハーンはこの本によって『詩経』の具体的な内容を知ったと推定される。 ハーンの蔵書資料で、中国に関するもう一冊の本として『中国総論』(The middle Kingdom=中国総論:a survey of the geography, government, literature, social life, arts, and history of the Chinese Empire and its inhabitants,1904,Charles Scribner’ s Sons)がある。題目に示されるように、著者のウェルス・ウイリアムはこの分厚い本において中国の歴史、法律、教育、言語、文学、食物、社会生活から行政区画、各省の自然状況や山川草木にいたるまで詳しく記述している。その中で、第十一章「中国古典文学」では『易経』、『書経』、『礼記』、『春秋』、『論語』とともに、『詩経』(THE SHI KING,OR BOOK OF ODES)が以下のように紹介されている。The third of the classics, the Shi King, or ‘Book of odes,’ is ranked together with the two preceding, while its influence upon the national mind has been equally great; a list of commentators upon this work fills the third section of the Catalogue…… In the preface to his careful translation Dr. Legge has collected all the important information concerning the age, origin, and purpose of these odes, as furnished by native commentators, whose theory is that “it was the duty of the kings to make themselves acquainted with all the odes and songs current in the different States, and to judge from them of the character of the rule exercised by their several princes, so that they might minister praise or blame, reward or punishment accordingly.”(Williams1904:636-637)((紹介したい)第三部古典文学の『詩経』は前章で紹介した二部と並び、国民思想への影響も極めて大きい。『詩経』の評論家のリストは目次が示しているように、(本章の)第三部分で書く…丁寧な翻訳の序文で、レッグ博士はすべての重要な情報を収集し、年齢や起源、これら詩歌の目的について、ネイティブの評論家のように詳しく記述している。「各地のすべての詩歌に親しくなり、そこから各地の諸侯によって執行されている規則の性質を判断し、それぞれの賞賛やめ譴責、賞罰を決めることは王の責任である」と彼は主張する。(拙訳)) この紹介文では、『詩経』が中国の国民思想に与えた影響を提示している。ハーンが『詩経』からの詩句を論拠とし、中国人の国民的な信仰への影響を論じたこととある程度重なっている。 さて、ハーンが引用している詩における「天」と「帝」の翻訳とハーンの解釈から見れば、ハーンの認識では、中国人は一体無神論者なのか、多神論者なのか、唯一神の信仰を有するのかを確認していこう。
Heaven(tien), who placed upon the throne the virtuous ancestor of the dynasty of Yn, Hath not permitted his (degenerate) descendants to keep the Empire… Wen-Wang, who served the Sovereigh Lord(Chang-ti) with a pure heart, was filled with blessings, and received the mandate to govern the nations. ——Ode II, Part III天は殷王朝の有徳の祖先を玉座においたが、 彼の末裔に帝国を保つことを許さなかった。 文王は、至高の主(上帝)に清い心で仕え、祝福に満たされて、諸国民統治の委任を受けた。 ――第三部オード第二(『詩経』の原文は以下のように記している。天位殷適,使不挟四方。維此文王,小心翼翼。昭事上帝,聿懐多福。厥德不回,以受方国。——『詩経』大雅·大明) ここでハーンが引用している本来の英語文献における詩句では、「天」は「heaven(tien)」であり、「帝」は「Sovereign Lord(Chang-ti)」である。この「天」、「帝」や「神」などの英訳については、宗教的に大きな問題なので、宣教師の中で大論争が起こった。ここで「天」と「帝」の翻訳は相異なるものとして扱われているが、この文脈によると「天」も「帝」も同じように国の君主を指定する権力がある。ハーンは後の部分でまた次のように引用している。 Oh! How great is He! ——how vast is He!——the Sovereign Lord(Chang-ti) the Master of the World! How terrible is He!——how awful His judgments are! Heaven(tien) created man, but not in order that man should rashly use the privilege of life. おお、彼は何と偉大!——彼は何と広大!——至高の主(上帝)、世界の主は! 彼は何とおそろし!——彼の裁きの何とおそろし! 天は人を作った、しかしそれは人が生の特権を無謀に使うためではない。(蕩蕩上帝,下民之辟。疾威上帝,其命多辟。天生烝民,其命匪諶。——Ode XXI —オード第二十一 ——『詩経』大雅·蕩) ハーンは以上の内容を引用している。このような内容から見れば、「天」も「帝」も「世界の主」であり、人を作る能力及び世界を統治する力を持っている。つまり、『詩経』のような中国古典文学から、中国人の「唯一神への信仰」を論証することになる。このことは当時の宣教師たちにとって重要な意味を有する。つまり中国人たちはキリスト教の神を容易に理解し、受容する可能性があることを示唆している。また、『詩経』の翻訳を全体的に見れば、レッグ博士も宣教という目的を達成するために、『詩経』を翻訳した時、『詩経』の三つの部分では、「雅」を中心とした傾向が見られる。『詩経』の構成は、「風」「雅」「頌」の三つに大別される。「風」は各地の民謡で、「雅」は貴族や朝廷の公事・宴席などで演奏した音楽の歌詞であり、「頌」は朝廷の祭祀に用いた廟歌の歌詞で先祖崇拝が体現できる。従って、「雅」の部分は『詩経』では、中国人の「天」あるいは「帝」への信仰を理解することにとって最適な部分である。中国古典典籍における「天」と「帝」の統一思想に着目すれば、中国人も昔から「至高の主」への信仰があるため、その「至高の主」イコールキリスト教の「上帝」であることが導き出され、キリスト教の教義は中国人にとって受け入れやすくなる。したがって、1879年『東方聖書』版『詩経』の翻訳者レッグ博士は「序」で以下のように主張した。The term Heaven(天,pronounced Tien) is used everywhere in the Chinese Classics for the Supreme Power, ruling and governing all the affairs of men with an omnipotent and omniscient righteous and goodness; and this vague term is constantly interchanged in the same paragraph, not to say the same sentence, with the personal names Ti and Shang Ti. (James Legge1879:xxvi)7
(中国の典籍では、Heaven(天)は至高無上の力として広く用いられる。それは全能的で、正義を高揚し、仁愛の心で世間の一切衆生を統治する。「天」を何回も繰り返さないため、同じ文章のなかで恒常的に「帝」及び「上帝」という人格的な名前と換えられる。(拙訳)) ハーンもこの解釈をそのまま受けいれたと考えられ、「この二経(『詩経』と『書経』)は、学識ある孔子の労苦により保存され、中国人の、至高の存在者、万能の創造王、スカンジナビアの雄大な言葉を借りれば万物の父への信仰が確実に存在していたことを証言している」(斎藤等訳1988:269)と確信し、文章の最後で「このフランス学者9は、中国の文学および宗教の長い進化をずっと貫いて、そして私たち自身の時代の中にまでも、唯一神への信仰のうちに、変わらない信念を跡づけることに成功している」という結論を導き出した。 ハーンが総括したように、引用されている『詩経』は、「天」も「帝」も造物主のような存在であると扱われ、「至高の存在者」という言葉で偉大なる「万物の父」を形容する。ハーンはフランス学者エルヴェ・ド・サンドニ候爵の講演を聞いてから、中国人には唯一神への信仰があることを確信していた。だが、中国人の中には道教及び仏教に信仰を有する人も多くおり、地域神の信仰と並存している。中国の神はキリスト教の唯一者、最高者、全知全能者というイメージとはほど遠く、一概に中国人に唯一神への信仰があるとは言えないと考えられる。中国人が唯一神の信仰を有することはハーンの誤認であると言えるかもしれない。しかしながら、中国人の信仰における唯一神の信仰があるとすれば、中国古典での「上帝」や「帝」の観念がキリスト教の上帝のイメージと重なっていると宣教師が主張した観念は、中国人に受け入れやすいと考えられる。従って、ハーンの誤認は宣教師の宣教活動と結びつけることができる。 布教活動を行ううえで、「God」の翻訳問題は重要である。その訳語として、「上帝」(「帝」、「天」)や「神」などの英訳のいずれが適切であるのかは大きな問題になったのである。イギリス宣教師は「上帝」が最も良い訳語だと主張した。「神」は崇拝物を指しているから、自然界の不思議な力を持つものの類称であり、一神教の最高存在を示す言葉としては相応しくないとの理由で「上帝」を採用したのである。また、「上帝」は中国古来の存在の言葉であり、皇帝は上帝を祭る祭壇で毎年冬至の日に儀式を営んでいた。ハーンは明らかに、中国ではキリスト教の「上帝」のような最高存在があるという解釈を完全に受け入れ、さらにこの考え方を広範に広めようとしていた。四、中国人の霊魂観――先祖崇拝 ハーンの「中国人の神信仰」は、『詩経』からの数行の詩文を取り上げた後、中国人の思想において、先祖の魂が意識ある状態で生き続けるという、魂の不死に対する信仰に言及している。仏教のニルヴァーナ――魂の全面的な終結――という観念は、中国にはついぞ根づかなかった(中略)これはたいへんに面白い言明である。とくに、ド・ロニ10が、最近の日本文献に関する仕事で、日本では仏教が性格を変え、来世についての教義が詩的で感動的な表現を大いに取り込んだ宗教となった、ということを示しているのを思い合わせるときには。中国のこうした状況に対する理由は、とくに、死者を敬うのが家族の務めであるという先祖崇拝は、全面的な無化という教義とはけっして並存できなかった、ということだと思える。(斎藤等訳1988:275) 中国では「人が二つの霊魂を持つとされる。それが魂・魄であり」、「陰陽、精神と肉体にかかわるとされる。」(池澤2003)しかし、「魂魄は固定的ではなく、成長するもの、環境によって異なるものである。」(池澤2003)その中で、陽の部分が魂、精神的な活動能力と見なされるが、体と同様に物質的なものが必要であると言われる。「もし、ある人が物質的に恵まれ、また十分に支援を受けている場合には、その魂と魄は非常に強くなり、それによって精神性や知性を生み出す。魂の基礎となるものとして、身体的栄養と家族的背景との両方が強調されている。物質的な観点だけでなく、貴族階級の身分意識もうかがえる。」(余2008)『左伝』昭公七年でも、このような記載があり、「人生始化曰魄、既生魄、陽曰魂。用物精多、則魂魄強、是以有精爽、至於神明」(杜預注、孔穎達疏:90-92)という。物質と魂魄の関連性があると論じられ、祖先祭祀の場合、死者の救済9 10 エルヴェ・ド・サンドニ候爵(1822―1892)、十九世紀フランスの高名な中国学者。レオン・ド・ロニー(Léon-Louis-Lucien Prunel de Rosny、1837―1914).フランスの民俗学、言語学、日本学者。