2026年3月12日木曜日

フランス中部ブロワで確認されたアルキメデス・パリンプセストの失われたページ | CNRS

フランス中部ブロワで確認されたアルキメデス・パリンプセストの失われたページ | CNRS

フランス中部ブロワで確認されたアルキメデス・パリンプセストの失われたページ | CNRS

アルキメデス・パリンプセストは、10世紀のギリシャ写本で、シラキュースのアルキメデスによる複数の論文を収録しています。その一部は中世に、他の文献のために羊皮紙を再利用するために消去されました1。このリサイクルの慣行は、当時、非常に高価であったそのような動物皮の筆記材料において一般的でした。エルサレム、そしてコンスタンティノープル2で順次保存されたこの写本は、1906年にヨハン・ルートヴィヒ・ハイベルクの扇動により写真で記録され、フランスの私的コレクションに収蔵され、1996年にフランス文化省が輸出を承認し、現在の所有者である個人コレクターにオークションで販売されました。

現在、米国ボルチモアにあるウォルターズ美術館に所蔵されているアルキメデス・パリンプセストは、長らくヨハン・ルートヴィヒ・ハイバーグが1906年に撮影した写真を通じてのみ学者がアクセスできる状態でした。2000年代初頭、マルチスペクトルイメージング3により、アルキメデスの主要なテキストや、これまで知られていなかった古代の文学・哲学的著作の断片を明らかにすることが可能になりました。しかし、その写本は現在の所有者に届くまでに何度も所有者が変わりました。その結果、これらの写真に記録された3枚の葉が消失し、その後は失われたとみなされています。

ビクター・ギセンバーグ(CNRS)の研究者で、センター・レオン・ロビン・フォー・アンシエン・センチ・ソート研究(CNRS/ソルボンヌ大学)の研究員がブロワで特定した葉は、これらの欠落したページの一つでした。ロイヤル・デンマーク図書館に所蔵されているハイベルクの写真との比較により、葉番号123であることを曖昧さなく確認することが可能となりました。その両側の一方には、祈りのテキストが幾何学的図表を部分的に覆っており、論文『On the Sphere and the Cylinder』第I巻第39号から第41号までの命題からの一節が記されており、その多くは依然として概ね読めます。向こう側は20世紀4に追加された照明で覆われており、預言者ダニエル5が二頭のライオンに囲まれている様子が描かれています。その下では、古代の文献が今日に至るまで従来の検証方法ではアクセスできないままです。

必要な許可を得た上で、研究者は1年以内に最初の画像撮影キャンペーンを実施する予定であり、マルチスペクトル手法とシンクロトロンベースのX線蛍光解析のシリーズを組み合わせて、照明の下に隠されたテキストを明らかにしようとしています。

この発見は、2000年代初頭に用いられた手法よりも強力な手法を用いて、完全なアルキメデス・パリンプセストを再検討することへの関心を喚起し、初期のキャンペーンで読めなかったページの新たな読み取りを行うことを目的としています。

© Blois、Musée des Beaux-Arts、Inv.73.7.52.写真 IRHT-CNRS

ブロワで再発見されたアルキメデス・パリンプセストの葉。Victor Gysembergh. パピロジーとエピグラフ学の雑誌, 2026年3月6日.

2026年3月11日水曜日

鈴村智久 Tomohisa SuzumuraさんによるXでのポスト

 
 
鈴村智久 Tomohisa Suzumura
⁦‪@SUZUMURA_Inc‬⁩
ベーメのソフィア(Sophia)論は、その後のベーミストに代表される西洋神秘主義の潮流に大きな影響を与えましたが、特に興味深いのが『シグナトゥーラ・レールム』第4章で展開される、ロゴスとソフィアの関係についての以下の驚くべき記述です。 pic.x.com/bFhTPBPnHu
 
2025/07/29 20:55
 
 
ベーメのソフィア(Sophia)論は、その後のベーミストに代表される西洋神秘主義の潮流に大きな影響を与えましたが、特に興味深いのが『シグナトゥーラ・レールム』第4章で展開される、ロゴスとソフィアの関係についての以下の驚くべき記述です。

「神は万物をことばによって創られた、と書かれている。天上の永遠のメルクリウスとは、父が御自身の光を放って語り出したことばであり、語り出されたものは、神の智であり、ことばとは、語り出された智に形を与える仕事にはげむ者のことなのである」(p.47)

実はベーメが直接的にSophiaというギリシア語を用いることは稀で、多くの場合は「智」(Weisheit)、「乙女」(Jungfrau)、「鏡」(Spiegel)という語によって言い換えられています。
引用箇所は、ヨハネ福音書の序文についてのベーメの註釈であり、この部分はフィロンを含むアレクサンドリア神学のソフィア論からの影響下に書かれた可能性が高いことが新約聖書学の見地から明らかになっています。
言及される「メルクリウス」は、後期ユングが『結合の神秘』で述べるように、「イエス・キリスト」あるいは錬金術の至高の目標である「賢者の石」を表現しています。
これらの前提を踏まえると、先の引用箇所が意味するところは、「ことば〔ロゴス〕とは、語り出された智〔ソフィア〕に形を与える仕事にはげむ者のことなのである」となり、ベーメにとってこれがイエスとは何者であったのかに対する最も本質的な答えになっていることがわかります。
つまり、イエスとはロゴスであり、ロゴスとは神の智恵ソフィアに「形を与える」(言語化する)働きそのものであるということになります。

#読了
#読書好きな人と繋がりたい

『アラビアのロレンス』の舞台と薔薇色のペトラを歩く|三越伊勢丹ニッコウトラベル

『アラビアのロレンス』の舞台と薔薇色のペトラを歩く|三越伊勢丹ニッコウトラベル

『アラビアのロレンス』の舞台と

[ 海外特集① ]

歴史と自然の宝庫 美しきヨルダン

薔薇色のペトラを歩く

企画=篠原陽子 文=清野協子

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ヨルダンだけをじっくりめぐる7泊9日の旅
ペトラ遺跡入口至近のホテルに2連泊

現在開催中の大阪・関西万博で人気のヨルダンパビリオン。『アラビアのロレンス』の舞台となったワディ・ラム砂漠の砂が敷き詰められた円形の展示室で、砂の上を素足で歩く体験が評判です。この機会に「時空をこえた王国・ヨルダン」に行ってみてはいかがでしょうか。

アラビア半島の北部に位置する、国土が北海道とほぼ同じという小さな国ヨルダンは、その8割が砂漠。失われた古代都市の遺跡、浮遊体験ができる死海や聖書ゆかりの地など、多彩な魅力がぎっしりと詰まった中東屈指の観光立国です。ベストシーズンの11月に南から北へとめぐる7泊9日の旅へご案内します。

紀元前200年頃、ここには北アラビアの遊牧民族のナバテア王国があり、約300年間アラビア半島の南北を結ぶ交通の要衝として繁栄しました。最盛期には人口約2万人を擁した首都ペトラの壮大な遺跡が残されています。

  • イメージ 高さ約40m、幅約30m。ノミと槌だけで岩盤をくり抜いてつくられたエル・ハズネ(ペトラ)

ツアーではペトラ遺跡入口から至近の「モーベンピック・ペトラ」に2連泊。観光客が少ない午前中からペトラに行けるのがなによりの魅力です。狭い所の道幅はわずか2mほど。断崖絶壁の高さは最大約100m。巨大な岩の裂け目「シーク」を抜けた瞬間、忽然と現れるのが、映画『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』のクライマックスに登場したエル・ハズネ(宝物殿)。陽の光を浴びて薔薇色にも見えるエル・ハズネが見られるのは、午前中のみです。

さらに奥に進み、ペトラ遺跡のエリア中心部にはレストランもあります。昼食後、ご希望の方はペトラ最奥の遺跡エド・ディル修道院へ、ガイドがご案内します。無理せずここからホテルにお戻りになる方には添乗員がご案内します。電動カート(実費)を一部ご利用いただくこともできますので、安心してご参加ください。

また、中東屈指のモザイク画が残る世界遺産ウンム・アル・ラサスへも立ち寄ります。聖ステファノス教会の床に描かれたビザンチン帝国時代のモザイク画は圧巻です。

  • イメージ ペトラ遺跡内では、電動カートが運行するようになりました
  • イメージ ヨルダン河周辺の都市が描かれたウンム・アル・ラサス遺跡のモザイク画
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絶景の砂漠を駆け抜け、死海で浮遊体験 大自然との一体感を味わう

「月の谷」とも呼ばれる『アラビアのロレンス』のロケ地ワディ・ラム。ここから船で約22トンもの砂漠の砂が大阪・関西万博会場へ運ばれました。ビジターセンターからはT.E.ロレンスの著書『知恵の七柱』の題名にもなった7つの柱の岩山が見られます。夕刻、砂漠の民ベドウィン族の案内で、赤い砂と巨大な岩山がどこまでも続く幻想的な風景のなかを四輪駆動車で疾走します。宿泊は砂漠の真っただなかにある、エアコン、化粧室、シャワー付きのドーム型テント式ホテルの「ラム・オアシス・ラグジュアリー・キャンプ」。周囲は光を発するものがなく、満天の星を見るチャンスです。

  • イメージ 『アラビアのロレンス』の舞台、世界遺産の赤い砂の岩砂漠ワディ・ラム
  • イメージ 砂漠に囲まれた独特の立地での滞在が魅力的な「ラム・オアシス・ラグジュアリー・キャンプ」
  • イメージ 砂漠地帯ワディ・ラムでは、ドーム型テント式ホテルで特別な夜を

そして地表で最も低い場所(海抜マイナス約430m)にある塩湖、死海へ。宿泊は死海を望む最高級5つ星リゾート「ケンピンスキー・イシュタール」の客室に2連泊。死海には約30%と実に海水の約10倍の塩分が含まれているため、プライベートビーチで浮遊体験も楽しめます。隣国エジプトの女王クレオパトラも愛用したといわれる、ミネラルたっぷりの泥パックやボディスクラブなどスパ(実費)をご自分へのご褒美にぜひどうぞ。

  • イメージ プライベートビーチで死海浮遊体験やスパが楽しみな「ケンピンスキー・イシュタール」

【絶景Q】No.032 あの有名な映画のロケ地!中東・ヨルダンの世界遺産「ぺトラ遺跡」 | トジョウエンジン

【絶景Q】No.032 あの有名な映画のロケ地!中東・ヨルダンの世界遺産「ぺトラ遺跡」 | トジョウエンジン

【絶景Q】No.032 あの有名な映画のロケ地!中東・ヨルダンの世界遺産「ぺトラ遺跡」

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照りつける日光、乾燥した空気、巻き立つ砂埃。

そのような厳しい環境で20世紀以上も前から存在し、今も世界中の多くの観光客を魅了し続けているのが、ぺトラ遺跡です。

古代人の作り上げた、荘厳かつ迫力満点なヨルダンの世界遺産をご紹介します。

SPONSERD LINK

見るものを虜にする砂漠都市

ぺトラは紀元前1世紀頃から古代ナバテア人の有力都市として繁栄し、東西の交易の要衝としても発展したと言われています。

遺跡には、砂漠都市としての様々な建物が多数残されていますがなかでも特に有名なのが遺跡に入って最初の見どころであり、映画「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」のロケ地として使われた宝物殿"アル・カズネ"です。

岩壁に囲まれた細い道を抜けると見えてくる巨大なその姿には、誰もが息を飲み、その美しさに圧倒されることでしょう。岩を削って施された複雑な彫刻からは、古代ナバテア人の繊細さも感じられます。

アル・カズネを通り過ぎ砂漠を進むと、巨大な王の墓や寺院、ローマ劇場などが立ち並ぶ大通りに出ます。そこは当時の貿易の中継地として大繁栄した巨大都市を想像させ、豪華で壮大な印象を人々に与えます。

そしてさらに奥へと進み、岩の階段を上り続けて疲れ切ったころに現れるのが、エドディル修道院です。ぺトラ遺跡の最高地点に一番近い遺跡です。

アル・カズネが岩壁に囲まれているのに対して、ここは開放的でまさに「天空にそびえる修道院」。ちなみに、ここは映画「トランスフォーマー/リベンジ」のロケ地としても使われています。

人々はこのエドディルを見ながらベドウィンコーヒーを飲み、それまでの疲れを癒すのです。

また、ラクダや馬を引いたり、コーヒーをごちそうしてくれるベドウィン(砂漠の遊牧民族)たちとの絡みも、ここでの醍醐味の一つ。彼らは祖先の残した素晴らしい歴史とこの遺跡に誇り持って生きているのです。

感動と癒しをくれるぺトラ遺跡。是非訪れてみてはいかがでしょうか。

次回の絶景Q〜ここはどこでしょう?〜

この「絶景Q」のコーナーでは、毎回途上国の素敵な景色をクイズ形式で紹介していきます。

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第33問は、こちらの写真。光り輝く大自然の絶景、どこか分かりますか?この素晴らしい絶景スポットは次の記事で紹介します。どうぞお楽しみに!

正解を見る »

▼「絶景Q」を最初から楽しみたい方はこちらから!

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途上国の教育課題を若者の力で解決する

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バーレーン

バーレーン

バーレーン

ペルシャ湾に浮かぶ島国で、アラブ湾岸産油国の一つ。2011年の「アラブの春」の動きの中で、民主化暴動があったが抑えられた。2020年、イスラエルと国交を樹立した。

湾岸で最初の産油地

 ペルシャ湾に浮かぶバーレーン島とその周辺の島々からなる島国で、1880年以来イギリスの保護領であったが、バーレーン島で油田が発見され、ペルシャ湾で最も早い1931年に石油の採掘が開始された。
 1971年にイギリスから独立。首長であったハリーファ家を世襲の王としてており、その資産を元に王家が絶大な権力を持ち、一時は議会も開催されなかったが、現在は一定の民主化が進んでいるとされている。国土は小さく、人口も少ない(123万)の小国だが、湾岸産油国の一つで経済的には豊かである。またペルシャ湾の海上ということから、国際的な金融センターとしての役割ももっている。ハリーファ家とサウード家は同じ部族の出身であることからサウジアラビア王国との関係が強く、現在ではバーレーン島とアラビア半島が橋で結ばれ、軍事的にも経済的にも結びつきを強くしている。

2011年の民主化運動

 「アラブの春」と言われる西アジアのアラブ諸国での民主化運動がバーレーンにも及び、2011年2月にハリーファ家の追放を求める暴動が起こった。バーレーンの特色は、支配者のハリーファ家はイスラーム教スンナ派であるが、国民の多数(56%)はシーア派であることで、宗教対立が背景にあった。バーレーン島は、17世紀にイランのサファヴィー朝に支配されていたためシーア派が大半を占め、そこに18世紀後半にカタールからスンナ派のハリーファ家が進出して支配者となったという経緯があり、支配者が少数派のスンナ派、被支配者が多数派のシーア派という関係になった。
 2001年に民主化運動始まり、翌年には議会も開設されて立憲君主政のバーレーン王国となったが、国要職や役人はスンナ派が占め、スンナ派であれば外国人でも警官に採用されることもあり、多数派のシーア派国民の不満が鬱積していた。経済不振で若者に失業者が増えて不満が増大する中、2011年2月16日夜、首都マナマの中心部真珠広場(かつてバーレーンは真珠が特産だった)に集まった群衆が「ハリファ首相は出て行け、首相は我々が選ぶ」とスローガンを繰り返した。<朝日新聞 2011年2月18日記事による>
 この動きは、チュニジアのジャスミン革命に始まり、エジプト、リビアに飛び火したアラブの春の一連の民主化運動の一つであった。この動きは、支配一族のハリーファ家と縁戚関係のあるサウード家の治めるサウジアラビア王国が軍事介入して暴動を鎮圧した。スンナ派住民も、シーア派の暴動の背後にはイランがあると警戒しており、民主化運動は全国民的な動きにはならなかった。

NewS イスラエルと国交樹立

 2020年9月11日、アメリカのトランプ大統領はイスラエルとバーレーンの国交正常化交渉を仲介し、両国が合意に達したと発表した。これは8月のアラブ首長国連邦(UAE)に続くもので、アラブ世界でイスラエルと国交を持つのはエジプト、ヨルダン、UAEについで4番目となった。バーレーンの首都マナマにはアメリカ海軍第五艦隊の司令部が置かれており、イランを睨むアメリカにとって最重要の拠点となっている。
 イスラエルのネタニヤフ首相は汚職問題で人気が低落しており政権基盤が危うくなっている。トランプ大統領は11月の大領選挙を控え、いずれも外交で得点を挙げたい思惑がある。アラブ諸国は公式にはイスラエルの1967年の第3次中東戦争での占領地の返還、東イェルサレムを首都とするパレスティナ国家の樹立を認めることを和平の条件としているが、そのアラブの大義は2000年代に入り、経済的利益とアラブ世界の分裂という現実の前に徐々に不鮮明になりつつあるようだ。 → アメリカの外交政策

バーレーン 謎の文明「ディルムン」古墳群で最古の王の墓発見 | NHKニュース | 歴史・文化財、バーレーン、中東

https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015073061000

AlzhackerさんによるXでのポスト

 
 
Alzhacker
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🏛️終末の衝突——三つの黙示録が中東で激突する時
—アレクサンドル・ドゥーギン

現代中東の戦火は、もはや領土や資源をめぐる世俗的な争いではない。それは、三つの終末論が互いに激突する聖戦(クルセード)であり、ジハードであり、そして世界の終わりを告げる最終戦争でもある。
 
2026/03/11 12:16
 
 
🏛️終末の衝突——三つの黙示録が中東で激突する時
—アレクサンドル・ドゥーギン

現代中東の戦火は、もはや領土や資源をめぐる世俗的な争いではない。それは、三つの終末論が互いに激突する聖戦(クルセード)であり、ジハードであり、そして世界の終わりを告げる最終戦争でもある。 イランとイスラエルの衝突は、その深層において、それぞれが信じる「最後の時」の解釈が武力衝突にまで昇華した現象だ。

➢アマレク討伐——ネタニヤフの聖戦

ベンヤミン・ネタニヤフが繰り返し口にする「アマレク」という言葉は、多くの西洋人の耳には旧約聖書の古い物語に過ぎない。しかし彼にとって、それは極めて現実的な政治的・軍事的標的だ。

アマレクとは、エジプト脱出後のイスラエル民族を後方から襲撃した敵であり、神は「アマレクの記憶を天地の下から完全に消し去れ」と命じたとされる(申命記25章)。さらに重要なのは、サウエル王がアマレク討伐を命じられながら、最良の家畜とアガグ王を生かしておいたために王位を剥奪されたという物語だ。これは「徹底殲滅」を神が求めるという宗教的枠組みを提供している。

ネタニヤフは、ハマスとの戦いにおいても「アマレク」という言葉を用いた。今、その対象はイランに拡大された。彼の連立政権には、極端な宗教シオニストが参加している。ベングビールやスモトリッチのような閣僚は、神殿山でのユダヤ人礼拝を主張し、最終的には第三神殿の建設を目指す。彼らにとって、現在の戦争はメシア到来の前提条件なのである。

ユダヤ教の伝統では、メシアの到来前にイスラエルは「約束の地」を完全に支配しなければならない。そのためには、内部の敵も外部の敵も一掃される必要がある。ネタニヤフ自身は必ずしも個人的に極端な宗教信者ではないかもしれない。しかし彼は、政治的生存のために、これらの終末論者たちと手を組み、彼らのレトリックを利用している。そして今や、そのレトリックが現実の政策となって、中東を焼き尽くしている。

➢ ラプチャー——ホワイトハウスの終末ゲーム

これと並行して、ワシントンでは別の終末論が権力の中枢に入り込んでいる。トランプ政権の国防長官ピート・ヘグセスをはじめとするキリスト教シオニストたちは、中東の戦火を熱狂的な目で見つめている。

彼らが信奉するのは「ディスペンセーション主義」と呼ばれるプロテスタントの終末論だ。これは19世紀にジョン・ネルソン・ダービーによって体系化され、その後『スコフィールド参考聖書』を通じてアメリカの福音派に広まった。その核心は次のようなものだ:

1. ユダヤ人がイスラエルに帰還し、国家を再建することは聖書預言の成就である
2. やがて反キリストが現れ、七年間の艱難時代が始まる
3. その前に、真のキリスト教徒は「携挙」によって天に引き上げられる
4. ハルマゲドンの戦いの後、キリストが再臨し、千年王国を樹立する

この終末シナリオにおいて、イスラエルは単なるアメリカの同盟国ではない。それは神の計画の中心的な舞台装置なのである。だからこそ、多くのアメリカ福音派は無条件でイスラエルを支援する。たとえイスラエル政府が非人道的な行為を行おうとも、それは「預言の成就」の一部として肯定的に捉えられる。

さらに危険なのは、この終末論が「艱難時代が早く来るほど、携挙も早く来る」という発想を生むことだ。つまり、中東の混乱と戦争は、自分たちの救済を早めるものとして歓迎されるのである。この心理が、ワシントンの中東政策に無意識のうちに影響を与えている可能性は否定できない。

ヘグセス国防長官は、キリスト教右派の集会で繰り返し「私たちは終わりの時に生きている」と語ってきた。そのような人物が、アメリカの核兵器のボタンに指をかけているのだ。

➢ 隠されたイマーム——イランが待つ者

このユダヤ教とキリスト教の終末論に対して、イランはシーア派イスラムの終末論をもって立ち向かう。

シーア派十二イマーム派の教義では、西暦874年に幼少のまま隠遁した第12代イマーム、ムハンマド・マフディーが「隠れ状態」にあり、終末の時に「マフディー」(導かれた者)として再臨すると信じられている。彼は世界を不正と抑圧から救い、正義を打ち立てる。

1979年のイラン革命は、単なる政治的革命ではなかった。アヤトラ・ホメイニは、マフディー再臨の前提条件として「イスラム政府」を樹立しようとした。ホメイニの後継者たちは、イラン自体をマフディー到来の準備段階と位置づけてきた。

そして今、イラン人は確信し始めている。自分たちがまさにその「終わりの時」に生きていると。その証拠として、彼らは見ている——世界で最も強力な国家(アメリカ)と、中東における非イスラム勢力(イスラエル)が団結して、イスラム共和制を破壊しようとしている。これは預言に登場する「ダッジャール」(反キリスト)の出現に他ならない。

預言的伝統において、ダッジャールは終末の直前に現れ、偽りの奇跡で人々を惑わし、世界支配を目指すとされる。彼はユダヤ人の支援を受けるとも言われる。イラン人の目には、トランプとネタニヤフの同盟はまさにダッジャールとその支援者の姿に映る。

クムの神学校で、高名なアヤトラ、アブドラ・ジャワディ・アモリは筆者にこう語った。「私たちは待機の文化に生きている」。それは単なる受動的な待機ではない。主体的に「終わりの時」に備えることだ。そして今、その時が来たとイラン人は信じる。攻撃で殺された子どもたちの映像が、毎日のようにテレビで流れる。それは彼らの信仰を確信に変える。

➢黙示録の衝突

これら三つの終末論が同時に活性化され、互いに激突するとき、そこには妥協の余地はない。

ユダヤ教終末論にとって、イランは抹殺すべき「アマレク」である。キリスト教終末論にとって、中東戦争は「携挙」への切符である。イスラム終末論にとって、アメリカとイスラエルは倒すべき「ダッジャール」である。

それぞれが互いを「悪」と見なし、自らを「善」と確信する。それぞれが歴史の最終章に自分たちが生きていると信じる。そしてそれぞれが、神の計画を成就させるために、躊躇なく戦う。

国際法も、国連も、外交も、こうした深層心理の前には無力である。なぜなら、終末論的信者は現世の法よりも神の法を優先するからだ。妥協は神への不忠誠と見なされるからだ。

かつて政治学者サミュエル・ハンチントンは「文明の衝突」を論じた。しかし今、私たちが見ているのは「終末論の衝突」である。これは文明の衝突よりもはるかに根深く、はるかに危険だ。なぜなら、そこにはこの世のものではない絶対性が付与されているからだ。

ホルムズ海峡でタンカーが炎上し、テルアビブでサイレンが鳴り響き、テヘランで何百万人が「死ねアメリカ」と叫ぶとき、その背後では三つの黙示録が轟音をあげて激突している。そしてその衝突が、私たち全員を巻き込む最終戦争へと、世界を引きずり込もうとしている。

フランス中部ブロワで確認されたアルキメデス・パリンプセストの失われたページ | CNRS

フランス中部ブロワで確認されたアルキメデス・パリンプセストの失われたページ | CNRS https://www.cnrs.fr/en/press/lost-page-archimedes-palimpsest-identified-blois-central-france ...