2026年3月22日日曜日

映画『夜と霧(Nuit et brouillard)』アラン・レネ|紫陽花

映画『夜と霧(Nuit et brouillard)』アラン・レネ|紫陽花

映画『夜と霧(Nuit et brouillard)』アラン・レネ

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戦後80年ということで、日仏学院では戦争に関する映画の特集をしている。
先日、アラン・レネ監督の『夜と霧』を観に行った。1955年の作品だが、今回初めて鑑賞。

『夜と霧』というと、個人的には映画よりも書籍の方が印象が強い。そこで今回、ヴィクトール.E.フランクルの『夜と霧(新版)』を、数年ぶりに手に取り再読した。

フランクルの著作とアラン・レネの映画は、どちらも強制収容所を題材としているが、アプローチがかなり異なるので内容は重ならない。
前者は収容所の体験から生きる意味まで問う記録であり、後者は記憶と忘却を伝える映像の記録だ。

タイトルになっている「夜と霧」は、1941年のヒトラー総統令にナチス自身がつけた通称。
映画の原題(仏)は "Nuit et brouillard" で同じだが、フランクルの『夜と霧』の原題(独)は "…trotzdem Ja zum Leben sagen: Ein Psychologe erlebt das Konzentrationslager" 「それでも人生にイエスと言う:心理学者が収容所を体験する」となっている。

今回は映画の『夜と霧(Nuit et brouillard)』について、印象に残ったことを書いておこうと思う。

1.『夜と霧』という映画

ナチス強制収容所解体から10年後、アラン・レネ監督は第二次世界大戦歴史委員会の要請を受けて、アウシュヴィッツやマイダネクの廃墟となった敷地を記録したそうだ。
ドキュメンタリーの手法で、収容所の映像や当時の人々の様子を通して視覚的にうったえてくる。映像から現実の恐怖や悲惨さが直接伝わってくるため、鑑賞者の感情が動かされたりする。
脚本に携わったジャン・ケロールはマウントハウゼン収容所の生還者とのこと。淡々と語るナレーションが印象深かった。

2.静寂の中の記憶

「かつての点呼場所に今や草が生い茂っている」とナレーションは伝える。
本映画では、廃墟となった収容所の静寂と、戦時中の衝撃的な映像を対比させていることによって、残虐行為を今後どう阻止するかについて考えざるを得なくなる。

歴史的事件の現場だった廃墟を見つめるとき、ある種の空想が湧き上がり戦慄が走る。つまり、わたしたちは強制収容所という閉鎖空間で起きたことを想像し、自分たちの時代に関連づけようとするのだ。その過程で、収容所の廃墟は腐葉土の役割を果たし、それを土壌として啓蒙という希望が花開く。

映画『夜と霧』とホロコーストより(P14)

『映画『夜と霧』とホロコースト―各国の受容物語』には、映画の構成や検閲、さらに各国がどう受容しているかなどが描かれている。当然だが、国によって受け止め方が異なる。

ちなみに、日本では「あまりに残酷で風俗公安を害す」とのことで税関で差し止められたようだ。その後衝撃的ないくつかの場面をカットして1961年に一般公開となったとのこと。
カットされたひとつに、ブルドーザーで死体の山を処理するという場面がある。確かにその場面は強烈に頭に残っている。次にその場面を書いていこうと思う。

3.遺体の前で

フランクルの本でも描かれるが、収容所では人間の尊厳が完全に剥奪される。
人間の死体の山が、ゴム人形のような弾力性とやわらかさを感じさせるままにブルドーザーで片づけられていく。まさに人間の存在の軽さと非人間的な扱われ方の象徴のような場面だった。
とにかく遺体の映像がたくさん出てくる。他にも敷地に散乱する遺体、カッと目を見開いたままの遺体、極限の極限までやせ細った下半身を持つ遺体、溝に遺体を投げ込む人の姿、斬首されたであろう体。そしてその遺体の多くが裸であった。

さらに、この果てしない数の遺体で何かできないのかということで、石鹸(??)を作ったと言う場面があった。よく分からなかった。

「この遺体で‥‥‥何とも言いようがないのだが‥‥‥目的はこの遺体から石鹸を作ることだった‥‥‥皮膚では‥‥‥」。
起きたことは筆舌に尽くしがたいと語り手は最初に述べるが、次にその事実に言及する。ここでは映像とナレーションが緊密に連携している。鑑賞者は遺体と石鹸を目にする。皮膚も目に入るが、ナレーションはその描写を、観る者の想像に任せる。

P24

想像を絶するような特殊な外科的行為があったのであろうが、「想像に任せる」といっても、想像できない。

毛髪の山も忘れられない。
カメラを(たぶん下から上へ)ずらしていくが、毛髪の山のてっぺんががなかなか来ない。いったい何メートルあったのだろうか、様々な色の毛髪の山がそびえていたようだった。

4.教育としての映画

本映画は、国によっては教育目的として学校で見られたりもしているようだ。場合によってはショッキングな映像にトラウマになってしまいそうな気もする‥‥‥
例えばドイツでは、「映画は未来に対する警告」「映画の狙いは全体主義体制の残虐行為を示すことにある」「人間の尊厳の価値」という意見が出ていたとのことなので(P114)、歴史の記憶を伝える重要性が認識されているのだろう。
日本では歴史教育の素材としての使用はないとのこと。わたし自身の記憶だと、小学生の頃だったと思うが『シンドラーのリスト』を授業で鑑賞した記憶がある。

5.人間であることの意味

このような極限状態の環境で生きた人々がいた。そして、人間が人間に対して極限まで非人間的になれる場所があった。周りの環境によって、理性や倫理がどれほど簡単に麻痺するのかが伝わってくる。
あの映像の静寂の中に、今を生きるわたしたちへの問いが埋まっているかもしれない。何を記憶し、何を忘れ、そして何を繰り返すのか。

次回書こうと思っているフランクルの『夜と霧』では、収容所の体験からさらに進み、生きる態度や生きる意味、苦悩と死、心理学的、哲学的な分析がなされている。色々考えさせられた。

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