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社長はこう読む、古事記・日本書紀⑩
こんにちは。㈱昭和技研工業の岩井です。325年のニケーア公会議で異端とされたアリウス派は、431年のエフェソス公会議でローマ帝国を追放されたネストリウス派より、先行して日本に渡来した秦氏のグループと思われます。仏教との役割分担により、居場所を失った『月読命(ツクヨミノミコト)』を引き取って、例外的に『宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)』として祀っていますが、原則としては「神は唯一にして、御形なし」、『稲荷大明神=ヤハウェ』を信仰し、偶像崇拝を嫌う一神教のグループです。なお、八幡神と同様に『稲荷大明神』は記紀に登場しません。
奈良時代に入ると、一介の預言者であった筈の宇佐八幡が、ヤハウェの権威を笠に着て やりたい放題。ここまで静観して来たアリウス派も我慢の限界といったところでしょう、『空海』という "刺客" を用意します。密教の『曼荼羅』は宇宙の真理そのもので、中心に位置する『大日如来』は唯一神のイメージにピッタリです。『稲荷大明神=ヤハウェ=大日如来』とすることにより、『八幡神=イエス=八幡大菩薩』との序列を明確化、羅城門の東西には護国寺を配置して、都に於ける主導権をネストリウス派から奪い取った訳ですね。奈良の大仏が『大日如来』と同一視され、南都勢力は気分が悪い筈がありません。彼等が『空海』にすり寄った一方で、生涯 反りの合わなかった『最澄』は、北東の門番役に遠ざけられています(笑)。
伏見アリウス派の "騙し討ち" により、中央権力から切り離された宇佐陣営も黙っていません。八幡神を『阿弥陀如来』に再度 格上げ。『末法思想』を拡散し平安貴族の恐怖を煽り、『極楽往生』を究極の目的とする『阿弥陀信仰』で形勢逆転を狙いました。両者にとって予想外だったのは、武士階級の台頭でしょう。『南無八幡大菩薩』、石清水八幡宮から各地に勧請された、八幡神のダークサイド(=ヨシュア)が大人気。中世を代表する "軍神" へと変貌を遂げ、東国を中心に新たな巨大マーケットを開拓するのでありました。
と言う訳で、記紀をより深く理解する為に、暫く "寄り道" をさせて頂きましたが、次回からは いよいよ日本古代史 最大のミステリー、邪馬台国の女王『卑弥呼の謎』に迫りたいと思います。「卑弥呼は記紀に登場しないのでは?」と、突っ込まれそうです(苦笑)。さあ、どうでしょうか?お楽しみに。

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