人間が服を身にまとう様になったのは何時代からです?{着るものの誕生} - 衣服... - Yahoo!知恵袋
衣服の開発は約7万年前にさかのぼることができます。 ヒトが服を開発したのは、寒い地方へ進出した時、裸の状態での体温調整能力では健康的生活を営むためのものとしては不足しており(人類の薄い体毛と体の熱生産力だけでは体温を保てずに凍死しかねない)、かつ服を作れるだけの道具制作能力を有していたからです。 火を起こして暖をとれば良いと思われるかもしれませんが、着ているだけで寒さをしのげる服とは違って、燃やす物がなくなっては消えてしまい、獲物や外敵に自らの居場所を察知されかねないため、常に火を焚いているわけにもいかないので、火の使用には制限がかかります。 また、人類がチンパンジーとの共通祖先から分かれて草原に進出した際に体毛が薄くなったことと、その後寒冷地に適応するような進化する間もないほど急速に分布を広げたこととも深い関係にあります。 ↓の回答で、ヒトはなぜ体毛が薄くなり、さらに服を着るようになったのかについて回答していますので、ここから服を着るようになった理由を抜粋します。 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1182383776 現生人類より早くアジアに進出して寒冷な気候に適応した北京原人などは服を着ておらず、体毛は再び濃くなったものと推測されています。 現生人類(ホモ・サピエンス)が出現したのは約20万年前のアフリカであり、それほど寒くならない気候だったので体毛を濃くして寒さから防御しなければならない必要性は高くありませんでした。私たちの直系の祖先は7万年ほど前まではずっと温暖な気候であまり障害物が多くないアフリカの草原で暮らしていたので、寒さから体温を保持したり外傷からの防御のために体毛を濃くする必要も服を開発する必要もあまりなかったわけです。約700万年前にアフリカの草原に進出して毛皮を脱ぎ捨て、それまでずっと裸で暮らしてきた現生人類直系の祖先が、再び裸でなくなる時がやってきます。 約7万年前になると、現生人類(ホモ・サピエンス)の一派(出アフリカ系と呼ばれます)がアフリカを出て欧州や中近東、インドなどに進出して行きます。この進出速度はかつての北京原人などよりははるかに急激なものであり、北京原人のように再び体毛を濃く進化するだけの時間的余裕はなかったようです。インドはともかく、欧州や中近東は寒くなるので保温の必要が出てきて、服を開発したと考えるのが有力です。
==========服の起源について引用============= 服の起源は7万年前 シラミの遺伝子で特定(2003年8/19 共同通信発) 【ワシントン18日共同】人類が服を着るようになったのは、約7万年前とみられることが、衣類に付着するシラミの遺伝子を通じた研究で明らかになった。ドイツ・マックスプランク進化人類学研究所の研究グループが19日付の「カレント・バイオロジー」最新号で発表した。 研究者らは、3種類のシラミのうち、人間の衣類に付く衣(ころも)ジラミに着目。シラミの細胞にあるミトコンドリアからDNAを採取し、他のシラミなどと比べて分析。衣ジラミが生まれた時期を人類がアフリカから欧州に移動し始めた約7万年前と特定した。 人に特有の衣ジラミは体の接触によってうつり、人体を離れると24時間生存できないとされる。 石器などと違い、衣類は長い年月を経て保存されないため、人類がいつ服を着始めたのかは研究者らの謎となっていた。 ==========服の起源について引用終わり
========== 北京原人は数百万年かけて寒冷地適応して体毛を濃くしたと推測されていますが、現生人類はわずか数万年という短さです。こんな短期間では寒冷地適応進化には不十分で、代わりに現生人類は言語を使って社会的に知識や技術を蓄積する術を身に着けていたので、短期間で寒冷地居住に適した衣服を作り出し、急激に分布を広げることが可能だったのです(北京原人では知識や技術の蓄積が非常に限定的だったと考えられます)。
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