大阪に押し寄せた阿波の土器たち――山田隆一論文から読む弥生終末期の実態
【研究メモ】山田隆一「大阪出土の讃岐・阿波・播磨系土器と製塩土器」を読む (出典:『集落遺跡からみた古墳時代前期社会の研究 ――近畿における広域流通の視点から――』第3章第1節)2019(元論文2011、2006)
1. この論文が重要な理由
弥生時代終末から古墳時代初頭(庄内式〜布留式期)にかけて、大阪の集落遺跡から大量の「他地域系土器」が出土することは以前から知られていた。山田論文はその実態を大阪府全域・74遺跡にわたって集成した基礎資料論文であり、讃岐系・阿波系・播磨系土器および製塩土器の出土点数・遺跡分布・時期を一覧化したものである。
邪馬台国阿波説を検討するうえで、「阿波の土器が畿内に大量に入っている」という主張の実証的根拠として参照すべき最重要論文の一つである。
2. 東阿波型土器とは何か――識別の基準
論文が対象とする「阿波系土器」の実体は、菅原康夫が命名した**「東阿波型土器」**である。
識別の基準(論文より):
胎土に結晶片岩を含む(中央構造線沿いの吉野川流域に固有の地質)
特徴的な器形:甕・広口壷・複合口縁壷・小型丸底壷・大型複合口縁壷など
粘土採取地は吉野川流域が確実
製作・分布の主域は鮎喰川下流域と推定(菅原編年による)
重要な論点:結晶片岩という地質学的指標が胎土に含まれるため、肉眼観察による産地同定の精度が他地域系土器より高い。これは阿波系土器の議論が他地域系土器論に比べて物証的に優位な点である。
編年対応(論文が依拠する菅原・瀧山2000の細分): 黒谷川Ⅰ〜Ⅲ式のあと空白期を経て、Ⅴ-4a〜Ⅵ-3様式の6様式に細分されている。
3. 大阪における阿波系土器の分布実態
数量的優位性
論文は大阪府を6地域に区分し、各地域の讃岐系・阿波系・播磨系の出土点数を集計している。
**総計:阿波系267点に対して讃岐系57点。**阿波系が圧倒的多数を占める。
論文の結論:「個体数は、阿波系が非常に多く讃岐系が少なからず確認できる。大阪では、吉備系土器が数多く出土するが、阿波系はそれと同程度と考えてもよい」
分布の集中地点
出土の中心は中河内の旧大和川流域(現・八尾市・東大阪市域)であり、特に以下の二大遺跡群に集中する:
中田遺跡群:萱振・東郷・小阪合・中田・東弓削・成法寺遺跡
加美・久宝寺遺跡群:久宝寺南・久宝寺・加美・亀井北・跡部遺跡
搬入の時期
「庄内期新相以降に急増し、布留期前半に盛期を迎える」
4. 阿波系土器が語る「人・物・情報」の移動
山田論文が最も重要なのは、土器の点数集計にとどまらず、阿波との関係が人・物資・儀礼思想の移動を示す事例を具体的に提示している点である。
①溝咋遺跡(茨木市):結晶片岩と朱関連遺物
溝咋遺跡からは阿波系土器とともに以下が出土:
結晶片岩3個体(灰色・緑色・紫色系、幅6cm・長さ15cm程度)
報告者は「土器製作の混和材」と推定
前期古墳の竪穴式石槨石材として近畿に持ち込まれた阿波産結晶片岩の流通を示す
朱付着土器6点(分析により朱とベンガラの混合物と判明)
L字状石杵2点・石皿1点(朱精製に関わる道具)
論文の評価:「阿波系土器が多量に持ち込まれているので、朱も阿波からの搬入品の可能性が高い」
批判的検討:「可能性が高い」という推定であり、朱の産地分析(硫黄同位体比等)は本論文の時点では実施されていない。南武志氏らによる後続研究で阿波(若杉山)産辰砂の同位体比が確認されているが、溝咋遺跡の朱が具体的に若杉山産かどうかは別途検証が必要。
②中田遺跡(八尾市):「白石」と祭祀
中田遺跡SK201(布留1式、阿波系は黒谷川Ⅳ式)から石英質片岩の礫が出土。
産地:紀ノ川・吉野川下流域、または淡路島南西部(五色ヶ浜)に限定
いわゆる「白石」で、古墳などに敷き詰められる祭祀関連物資
口縁部を打ち欠いた壷・甕・穿孔のある壷が共伴→墓関連施設または祭祀の場
注目点:白石は玉手山1号墳・松岳山古墳・茶臼塚古墳など前期古墳の築造と関連する物資であり、阿波系土器の搬入が古墳造営に関わる物資・技術・情報の流通と連動していることを示す。
③小阪合遺跡住居865(八尾市):阿波人の居住?
小阪合遺跡の住居865は複数の注目すべき特徴を持つ:
「イチマル土坑」(円形の深い土坑+長楕円形の浅い土坑のセット)の存在
弥生時代の竪穴住居の燃焼施設の一種
摂津・播磨・吉備・讃岐・阿波に分布。阿波では弥生後期初頭から確認
埋土から阿波系壷が出土
住居埋没後に阿波系壷を用いた土器棺が設置(口縁部を東方に向けて横置き)
論文の結論:「阿波の人の住居であった可能性が高い」
批判的検討:イチマル土坑は阿波固有ではなく、瀬戸内沿岸に広く分布する。「阿波人の住居」という主張は複数証拠の重合による推定であり、単独証拠では証明できない。ただし土器・住居構造・埋葬儀礼の三者が揃う事例として説得力は高い。
④久宝寺南遺跡K3号墓(八尾市):焼成前穿孔の壷
布留初頭の方形周溝墓周溝から底部に焼成前穿孔(径約6cm)のある阿波系二重口縁壷が出土。
古墳時代初頭の大阪府で焼成前穿孔の壷は唯一の事例
論文は「讃岐では墳墓に焼成前穿孔の壷を供献する事例は多い」と述べており、阿波系の壷がその慣行で扱われた可能性を示唆する
壷形埴輪の成立を考えるうえでも重要な資料と論文は評価している
注意:論文は「讃岐では多い」と述べており、これが阿波の慣行であるとは明言していない。阿波系の壷体が讃岐的な儀礼様式で扱われたのか、あるいは別の解釈があるのかは論文の範囲では確定できない。
5. 流通ルートの復元
論文が復元する幹線ルート:
瀬戸内海沿岸→摂津中部(大阪湾最奥部)→河内湖→旧大和川→大和盆地
副次的ルート:
淀川右岸をさかのぼり山城・近江へ
大阪湾沿岸を往来するルート
閉鎖的地域として注目:北河内・南河内では阿波系土器がほぼ皆無。旧大和川から離れると急減する。
6. 製塩土器との共伴関係
製塩土器(脚台式)の分布も阿波・讃岐系土器の分布と完全に一致する。
搬入時期:庄内期新相以降、布留初頭期に増加
産地は備讃(備前・讃岐)系と大阪湾岸系の両方が確認される
塩は単なる日常品を超え、労働財源(古墳築造・土木工事への賃金代替)としての価値があったと論文は推定
注意:論文が製塩土器の産地として論じているのは備讃地域(岡山・香川)と大阪湾岸である。阿波が製塩の産地とは述べられていない。ただし、阿波系土器と製塩土器が同じ遺跡・同じ時期に共伴して出土することは確認されており、阿波との交流ルートと塩の流通ルートが重なっていたことは示唆される。「阿波が塩を運んだ」という読み込みは論文の範囲を超える。
7. 前期古墳との連関
論文は阿波・讃岐的要素が大阪の前期古墳にも波及していることを指摘する:
「阿波系土器が濃密に分布する地域と、結晶片岩使用の竪穴式石槨を持つ古墳の分布地域が一致する」という指摘は重要である。
8. 批判的評価
論証として強い点
74遺跡・267点以上の阿波系土器という量的実証性が高い
胎土(結晶片岩)という地質学的指標による識別の客観性
土器・結晶片岩・朱関連遺物・住居構造・埋葬儀礼が複数ルートで阿波との関係を示す
分布が旧大和川流域=大和盆地への動脈に集中するという地理的整合性
論証として弱い・留保すべき点
量的少数派の問題:論文自身が「吉備系と同程度」と述べており、阿波系は大和への搬入土器の主役ではない(東海系が主役)。「量的少数派による質的特殊性」の解釈は別途論証が必要
朱の産地については**「可能性が高い」という推定**にとどまり、分析的確認ではない
イチマル土坑は阿波固有の指標ではないため、「阿波人の住居」という結論は状況証拠の重合による推定
本論文は「古墳時代前期」が主対象であり、弥生終末期(庄内式以前)の阿波系土器については別途確認が必要
阿波説研究への示唆
山田論文は邪馬台国論争を直接の対象としていないが、以下の点で阿波説の物証的基盤を強化する:
阿波→畿内の土器流動が庄内式新相〜布留式前半に確実に存在する(確実な事実)
土器とともに朱・結晶片岩・祭祀情報が移動した(有力な推定)
流通の担い手に阿波から移住した人々が含まれる可能性(推定・事例的確認)
ただし、これらは弥生終末期の阿波人が纒向で祭祀を司ったという仮説の「後続段階」の証拠であり、纒向祭祀集団仮説の直接証拠ではないことに注意が必要である。菅原2015の「朱の道」論と本論文を組み合わせて論じることで、時系列的連続性を示す議論が可能になる。
引用情報
山田隆一「大阪出土の讃岐・阿波・播磨系土器と製塩土器」 『集落遺跡からみた古墳時代前期社会の研究――近畿における広域流通の視点から――』第3章第1節、pp.101-128
本稿は上記論文の内容を批判的に整理したものです。研究上の参照・検討用としてご利用ください。
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