2026年6月5日金曜日

聖海上人が丹波の出雲に皆を誘って参詣した際、神前の狛犬一対が逆になっていた。

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聖海上人が丹波の出雲に皆を誘って参詣した際、神前の狛犬一対が逆になっていた。 上人は「なんと珍しい、きっと深い意味があって逆になってるのだろう」と感動して皆に言ったのでそれを神官に尋ねると「子供がまたイタズラしたんですよ」との事で皆興醒めした。 その現場である出雲大神宮の狛犬です! https://x.com/goshuinchou/status/2062736992308466024?s=61 第二三六段 丹波国に出雲という土地がある。出雲大社を勧請して、社殿が立派に造ってある。しだの某とかいう者が知行する所なので、秋の頃、聖海上人や、その他大勢を誘って、「さあ参りましょう、出雲社を拝みに。かいもちいを御馳走しましょう」と言って、一同を連れて赴いたところ、めいめいが出雲社を拝んで、深く信心を起こしたのであった。    社殿の前の獅子と狛犬とが、背中合わせになって後ろ向きに立っていたので、聖海上人はたいそう感動して、「ああ何と素晴らしい。この獅子の立ち方は、たいへん珍しい。さぞ深いいわれがあろう」と涙ぐんで、「なんとみなさん、こんな素晴らしいことを御覧になって不思議に思わないのですか。いけませんぞ」と言うと、面々不思議がって、「本当によそとは異なっているなあ。都への土産話にしよう」などと言うと、上人はますますいわれを知りたがって、年配でいきさつを知っていそうな顔つきの神官を呼んで、「このお社の獅子の立てられ方は、さぞかしいわれのあることなのでしょう。いささか承りたい」と言われたところ、「それなのです。いたずらな子供のしでかしたことで、けしからぬことです」と言って、獅子・狛犬のそばに寄って、置き直して立ち去ったので、上人の感涙はむだなことになってしまった。 第二三六段  丹波に出雲といふ所あり。大社を移してめでたく造れり。しだのなにがしとかや知る所なれば、秋のころ、聖海上人、その外も人あまたさそひて、「いざ給へ、出雲拝みに。かいもちひ召させん」とて、具しもて行きたるに、おのおの拝みて、ゆゆしく信おこしたり。    御前なる獅子・狛犬、そむきて後さまに立ちたりければ、上人いみじく感じて、「あなめでたや。この獅子の立ちやう、いとめづらし。深きゆゑあらん」と涙ぐみて、「いかに殿ばら、殊勝のことは御覧じとがめずや。無下なり」と言へば、おのおの怪しみて、「まことに他に異なりけり。都のつとに語らん」など言ふに、上人なほゆかしがりて、おとなしく物知りぬべき顔したる神官を呼びて、「この御社の獅子の立てられやう、定めて習ひあることに侍らん。ちと承はらばや」と言はれければ、「そのことに候。さがなき童どもの仕りける、奇怪に候ふことなり」とて、さし寄りて、据ゑ直して往にければ、上人の感涙いたづらになりにけり。 [注] 【無駄な感動】 1 丹波国一宮出雲社のこと。現亀岡市千歳町。 2 出雲大社を勧請したこと。 3 在京御家人信太氏。六波羅探題に属す。出雲社領の地頭か。 4 六波羅に住み御家人所領の支配を請け負った土倉か。 5 さあ参りましょう。 6 ここではぼた餅か。段注6。信太氏は地頭として収穫の祭(刈上祭)に聖海らを誘ったか。「かいもちひ」は刈上祭の供物であろう。 7 社殿の左に獅子、右に狛犬の像を向い合うように置く。通常は背中合わせにはしない。 8 都への土産話に。古今集・東歌・不知「をぐろ崎みつの小島の人ならば都のつとにいざといはましを」。 9 いたずらな。性悪な。

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聖海上人が丹波の出雲に皆を誘って参詣した際、神前の狛犬一対が逆になっていた。

聖海上人が丹波の出雲に皆を誘って参詣した際、神前の狛犬一対が逆になっていた。 上人は「なんと珍しい、きっと深い意味があって逆になってるのだろう」と感動して皆に言ったのでそれを神官に尋ねると「子供がまたイタズラしたんですよ」との事で皆興醒めした。 その現場である出雲大神宮...