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バビロニアの治癒女神グラへの賛歌(紀元前1400年頃)には、次のような記述が見られる
『私は医者です。治療を行うことができます。
あらゆる薬草を携え、病を追い払い、
健康をもたらす呪文の入った革袋を身にまとい、
回復をもたらす呪文を持ち歩き、
人類に治療法を授けます。
私の清らかな包帯は傷を和らげ、
私の柔らかな包帯は病人を楽にします。』
この賛歌からは、医師が日々町中を医療用具と薬草を携えて歩き回り、人々に治療を施していた様子がうかがえる
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徳川光圀は、江戸に修史局を開き、大日本史の編纂に乗り出した後、元禄10年(1697)、突然、徳島藩や老中土屋相模守政直を呼びつけ、阿波及び淡路両国にある古代天皇の墳墓の調査を命じている。古代阿波国の重要性を嗅ぎつけていたのかも。(山口敏太郎「 急浮上、幻の古文書『阿波風土記』が裏...
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