最近、阿波(アワ)の語源はユダヤ教のアバאב(父の意味)にあると確信を持つに至りました。
大野晋の言う通り、粟の語源自体は元々シュメール語(タミル語だと限定的すぎる)から来ていると思いますし、さらに付け加えるならヘブライ語のアバもそこから来ていると思いますが、これは南北に分かれたシュメール起源の言葉が1000年ぶりに日本で出会うという壮大な別の話になります。
簡単に言えば叩く主体が父になり、叩かれて生まれたものが粟になったのです。
ANYAさんが動画↓が出発点です。
参考:ANYAチャンネル(136)
https://youtu.be/aH3z_ZaF-x8?t=12m
《…例えばこうは考えられないでしょうか?
元々、アワと呼ばれていた国で多く食されていた穀物なので粟と呼ばれるようになった。》
(ANYA本175頁の説明とは違うので新説?)
以下簡単に説明させていただきます。
長野県の伊那節のアバヨは中島尚彦氏が言うように、アバヨ・シャローム אב יה שָׁלוֹם(父なる神よ平安あれ)の前半部分が残ったのでしょう。ヤיה、ヨは神の意味です。
アラム語のアバAbba אבאはキリストも磔刑の前日の祈りに使っています(《「アバ、父よ」》マルコ14:36)。(参考:甲信越地方の山々に響く「伊那節」 https://www.historyjp.com/article/564/ )。
アバという言葉はアジア各地に伝わります。中国四川省の羌族、台湾、韓国など…。ネイティブ・アメリカンに伝わったという説さえあります。
岡山の津山市や茨城の地名阿波(アバ)は共に伝承では崇神天皇期に由来を持ち、その時のアバが方言周圏論的に残ったと思います(この場合中心は阿波です)。
さらに推察すると、自分としては日本で太陽信仰、光への信仰と繋がったと考えます。
参考:アバヨの語源 https://youtube.com/shorts/Ea23X2YY2cw?si=glrJ7oSgY7hGD8BN
この阿波=太陽=光説を考慮すると、古事記、古語拾遺のアマテラス復活後の箇所の読みがスムーズになります(古事記では穀物の粟が紹介され、古語拾遺では、あはれ、アッパレの語句が説明されます。後者はアバを頂点とした光量の強弱と解釈可能です。アババイ↔︎あわい)。
始皇帝の阿房(Afang Epan アーパン)宮は太陽ではなく北極星信仰ですが調べれば調べるほど阿房宮がアバ宮だった可能性はあります。
参考:https://x.com/fumihiko1214/status/2001093627079221442?s=61
《…阿をウーと発音するのは、北方民族由来である。
南部(洛陽・長安)などは、阿(ア)で間違いない。》
参考:宇山チャンネル
中国史最大のタブー。三国志を"民族構造"で読み解くと見えてくる事実…【東洋史入門⑦】 https://youtu.be/OUzXPi-jyns?t=8m20s
阿 《 說文解字第十四篇 下 》
https://kaiun-do.me/siryousitu/shuowen/?my_chid=w5000080
…曲陵曰阿。…凡以阿言私曲、言昵近者、皆引申叚借也。
(…曲陵を阿という。…阿をもって私的な曲がりくねりや親密さを表すのは、いずれも引申して借用したものである。)
阿房、阿波、安房、安波(あは〜沖縄本島北東部の地名〜安波節が有名)と並べてみたくなります。
阿→波
↓🌞↑
房←安
ここに何かつながりを感じないわけにはいきません。
おまけ(主な関連ヘブル語及びアラム語):
イאִיは島、海辺の意味
ヨ、ヤーיהは神
伊予אי は神の島という意味(アレフ ヨード 川守田英二によれば縄文土器にあるという)
(参考:ヘブライ語縄文土器 https://youtu.be/Yhj-GGAWtBw?si=GyduFozcQ82rH7fp )
アヌ
אנו
(穴太)は我々
オッヘルאוֹהֶל(麻植)は天幕(正確には幕屋だがGoogle翻訳に従う)
ネギ נָגִיד(禰宜)、ネギッドはリーダー
イズモיצומו、出雲は最先端の意(進撃さん説)
ヤマトיה עומת は神の民
ヤットサーはヤマトサーで進め神の民よ
(サーには指導者説、喜び説もある サッソンששוןで喜び)
吉野川 ヨシュアיהושׁע川 (by香川宜子さん)
バイבַּיִתは家
家の光オールバイ、
אור בית で灯台。父の家アババイאב בית でも灯台?
家の父が光っている?
https://youtu.be/gMPdNBlTpZ8?si=KSpvhnNvatTXI70V
追記:
大野晋の言う通り、粟の語源自体は元々シュメール語(タミル語だと限定的すぎる)から来ていると思います。さらに付け加えるならヘブライ語のアバもそこから来ていると思いますが、これは南北に分かれたシュメール起源の言葉が1000年ぶりに日本で出会うという壮大な別の話になります。
簡単に言えば叩く主体が父になり、叩かれて生まれたものが粟になったのです。
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