2026年2月5日木曜日

邪馬台国東遷説

邪馬台国東遷説

邪馬台国東遷説

西暦239年、中国の魏に日本からの使いがやってきた。そして邪馬台国という国があり、卑弥呼という人がいたと中国の文献に書いてあるわけです。これは日本の状況を述べているのです。
では、西暦239年は「古事記」「日本書紀」の伝えるところによれば、いったい何天皇の時代であったのか。どの天皇の時代なのかがわかるならば、「古事記」「日本書紀」のその天皇についての記事を読めば、どこに邪馬台国があるのかがわかるのではないかと、私は考えたわけです。

「日本書紀」にはひとりひとりの天皇について、たとえば神武天皇は西暦紀元前660年に即位したとかいろいろなことが書いてあります。ところが、これには非常に大きな年代の延長があるようです。
もともとの伝承は「古事記」の本文に書かれていますように、年代が入っていなかったと考えられます。神武天皇の次は綏靖天皇という天皇がいたというような順番だけが書いてある。これがもともとの伝承だったと思います。

さて「古事記」「日本書紀」には歴代の天皇名が書かれています。それでは239年という邪馬台国が存在した、あるいは卑弥呼が魏に使いを出した年というのは、何天皇の時代であったのか、まず[図1]をご覧ください。

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