■薩長同盟盟約の裏書き (複製)
表に御記被候
六条ハ 小西両氏及
老兄 龍等も同
席ニて議論せし
所ニて毛も相違
無之候 後来と
いへども決して
変り候事無之
ハ神明の知る
所ニ御座候
丙寅
二月五日
坂本龍
上記の裏書きの「小」は小松帯刀、「西」は西郷吉之助、「老兄」は桂小五郎(改名して木戸寛治、再々改名した木戸孝允)、「竜」は坂本龍馬である。
慶応2年2月 5日 桂小五郎宛 173×275mm [0056]
●表に御記被成候六条八小西両氏及老兄龍等も
慶応2年1月21日、龍馬立会いのもとに薩長両藩の盟約が成立した。慎重な桂小五郎は盟約六ヶ条を書き綴り、龍馬に確認のための裏書きを求めた。龍馬はその時手に負傷していたため、2週間後の2月5日、朱で裏書きをし、2月6日にお詫びと近況を伝える手紙を添えて、長州の桂のもとへ届けた。
ところでその桂の手紙(表書き)は同盟締結のあと、大坂の宿でまとめたもので「予定の日に龍馬が来なかったので、もう会えないかと思ったが何とか間に合い、 そのあとは薩摩の小松帯刀(たてわき)と西郷を徹底的に説得してくれたので、薩長双方の意志が通じ、細かいことまでまとまってこの上ないことだった」 と、 先ず龍馬の果たした役割に謝意を表している。
平成8年頃″薩長同盟締結に龍馬は不要、不在の人物”という説が流れたが、「140年前の桂の表書き」がずばりこれを否定してくれた。 爽快なことだ。
この裏書きは桂が書いた六ヵ条の盟約の真裏の真中に書かれており、ちょっと想像しにくい龍馬の几帳面さがうかがえる。
この裏書きは桂を勇気づけ、 2月22日龍馬宛にお礼の手紙を書いたが、その中で「あなたは人柄も大きくたのもしいが、 もう少し用心深くあってほしい。 今は狐や狸の世界か山犬や狼の世間なので、もう少し天の光が見えるようになるまでは慎重に」と桂らしい心くばりを見せている。
真物は宮内庁書綾部所蔵
【龍馬脱藩の道】Google Earthで巡る道 https://youtu.be/Qwshr0nbfww?si=k4Rub54bXumLa02q @YouTubeより
https://youtu.be/Qwshr0nbfww?si=k4Rub54bXumLa02q
1762年,才谷屋先祖が建立した神社。1862年3月24日,28歳で脱藩を決意した坂本龍馬は,坂本家の守護神である和霊神社へ詣で,ここで水杯をして,沢村惣之丞とともに梼原から伊予長浜を目指しました。毎年3月下旬には脱藩祭が行われています。










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