使徒の働き
7:
14 そこで、ヨセフは人を遣わして、自分の父ヤコブと七十五人の親族全員を呼び寄せました。
しかしなぜ「75頭」なのでしょうか。新約聖書の「使徒行伝 第7章 14 節」に「ヨセフは使いをやって、父ヤコブと75人にのぼる親族一同とを招いた。」とあります。ヨセフは、あの生贄として捧げられたイサクの孫です。供物の数は、神のご加護により助けられたイサクから枝分かれして増えた親族数なのかもしれません。
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創世記46:8-27 エジプトに移住したヤコブの子らの記録
https://thomasluke.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-d757.html
8.9節には、「エジプトに来たイスラエルの子──ヤコブとその子──の名は次のとおりである。ヤコブの長子ルベン。ルベンの子はエノク、パル、ヘツロン、カルミ。」(新改訳)とあります。
ルベンとその子の合計は5人です。
10節には、「シメオンの子はエムエル、ヤミン、オハデ、ヤキン、ツォハル、カナンの女の産んだ子サウル。」(新改訳)とあります。
シメオンとその子の合計は8人です。
11節には、「レビの子はゲルション、ケハテ、メラリ。」(新改訳)とあります。
レビとその子の合計は4人です。
12節には、「ユダの子はエル、オナン、シェラ、ペレツ、ゼラフ。しかしエルとオナンはカナンの地で死んだ。ペレツの子はヘツロンとハムルであった。」(新改訳)とあります。
エルとオナンはカナンの地で死んだので、ユダとその子、孫の合計は、6人です。
13節には、「イッサカルの子はトラ、プワ、ヨブ、シムロン。」(新改訳)とあります。
イッサカルとその子の合計は5人です。
14節には、「ゼブルンの子はセレデ、エロン、ヤフレエル。」(新改訳)とあります。
ゼブルンとその子の合計は4人です。
15節には、「これらはレアがパダン・アラムでヤコブに産んだ子で、それにその娘ディナがあり、彼の息子、娘たちの総勢は三十三人。」(新改訳)とあります。
レアから生まれた子と孫たちの内、エジプトへ移住した人数は、5+8+4+6+5+4+1=33人になります。
16節には、「ガドの子はツィフヨン、ハギ、シュニ、エツボン、エリ、アロディ、アルエリ。」(新改訳)とあります。
ガドとその子の合計は8人です。
17節には、「アシェルの子はイムナ、イシュワ、イシュビ、ベリアとその妹セラフ。ベリアの子はヘベル、マルキエル。」(新改訳)とあります。
アシェルとその子と孫の合計は8人です。
18節には、「これらは、ラバンが娘レアに与えたジルパの子である。彼女がヤコブに産んだのは十六人であった。」(新改訳)とあります。
ジルパから生まれた子と孫の合計は、8+8=16人でした。
19.20節には、「ヤコブの妻ラケルの子はヨセフとベニヤミンである。ヨセフにはエジプトの地で子どもが生まれた。それはオンの祭司ポティ・フェラの娘アセナテが彼に産んだマナセとエフライムである。」(新改訳)とあります。
ヨセフとその子の合計は3人です。ヨセフは先にエジプトに行っており、ヨセフの子たちはエジプトで生まれました。
21節には、「ベニヤミンの子はベラ、ベケル、アシュベル、ゲラ、ナアマン、エヒ、ロシュ、ムピム、フピム、アルデ。」(新改訳)とあります。
ベニヤミンとその子の合計は11人です。民数記26:40によるとナアマンとアルデは孫となっています。
22節には、「これらはラケルがヤコブに産んだ子で、みなで十四人である。」(新改訳)とあります。
ラケルから生まれた子と孫の合計は、3+11=14人でした。
23節には、「ダンの子はフシム。」(新改訳)とあります。
ダンとその子の合計は2人でした。
24節には、「ナフタリの子はヤフツェエル、グニ、エツェル、シレム。」(新改訳)とあります。
ナフタリとその子の合計は5人です。
25節には、「これらはラバンが娘ラケルに与えたビルハの子である。彼女がヤコブに産んだのはみなで七人であった。」(新改訳)とあります。
ビルハから生まれた子の合計は、7人です。
26.27節には、「ヤコブに属する者、すなわち、ヤコブから生まれた子でエジプトへ行った者は、ヤコブの息子たちの妻は別として、みなで六十六人であった。エジプトでヨセフに生まれた子らはふたりで、エジプトに行ったヤコブの家族はみなで七十人であった。」(新改訳)とあります。
ヤコブがエジプトに移住した時点でエジプトに住んだヤコブの子孫の人数
レアがヤコブに生んだ子孫は、33人、
ラケルがヤコブに生んだ子孫は、14人、
ジルバがヤコブに生んだ子孫は、16人、
ビルハがヤコブに生んだ子孫は、7人、
合計は70人になります。
この中には、嫁の人数などは入っていません。
使徒7:14には、「そこで、ヨセフは人をやって、父ヤコブと七十五人の全親族を呼び寄せました。」とあります。
ここに記されている「75人」に関して、注解付新改訳聖書の注は、「創世記46:27では、エジプトへ行ったヤコブの家族は七十人と言われているが、ステパノは当時広く用いられていた七十人訳(旧約聖書のギリシャ語訳)に基づき、七十五人と言っている。七十人訳はマナセの子と孫、エフライムの二人の子と一人の孫をも含めて七十五人としたのである。」と述べています。
創世記46:
26 ヤコブに属する者、彼の腰から生まれ出た子でエジプトにやって来た者は、ヤコブの息子たちの妻を除いて、全部で六十六人。 27 エジプトで生まれたヨセフの子は二人である。エジプトに来たヤコブの家族は、全部で七十人であった。
https://thomasluke.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-d757.html 創世記46:8-27 エジプトに移住したヤコブの子らの記録
8.9節には、「エジプトに来たイスラエルの子──ヤコブとその子──の名は次のとおりである。ヤコブの長子ルベン。ルベンの子はエノク、パル、ヘツロン、カルミ。」(新改訳)とあります。
ルベンとその子の合計は5人です。
10節には、「シメオンの子はエムエル、ヤミン、オハデ、ヤキン、ツォハル、カナンの女の産んだ子サウル。」(新改訳)とあります。
シメオンとその子の合計は8人です。
11節には、「レビの子はゲルション、ケハテ、メラリ。」(新改訳)とあります。
レビとその子の合計は4人です。
12節には、「ユダの子はエル、オナン、シェラ、ペレツ、ゼラフ。しかしエルとオナンはカナンの地で死んだ。ペレツの子はヘツロンとハムルであった。」(新改訳)とあります。
エルとオナンはカナンの地で死んだので、ユダとその子、孫の合計は、6人です。
13節には、「イッサカルの子はトラ、プワ、ヨブ、シムロン。」(新改訳)とあります。
イッサカルとその子の合計は5人です。
14節には、「ゼブルンの子はセレデ、エロン、ヤフレエル。」(新改訳)とあります。
ゼブルンとその子の合計は4人です。
15節には、「これらはレアがパダン・アラムでヤコブに産んだ子で、それにその娘ディナがあり、彼の息子、娘たちの総勢は三十三人。」(新改訳)とあります。
レアから生まれた子と孫たちの内、エジプトへ移住した人数は、5+8+4+6+5+4+1=33人になります。
16節には、「ガドの子はツィフヨン、ハギ、シュニ、エツボン、エリ、アロディ、アルエリ。」(新改訳)とあります。
ガドとその子の合計は8人です。
17節には、「アシェルの子はイムナ、イシュワ、イシュビ、ベリアとその妹セラフ。ベリアの子はヘベル、マルキエル。」(新改訳)とあります。
アシェルとその子と孫の合計は8人です。
18節には、「これらは、ラバンが娘レアに与えたジルパの子である。彼女がヤコブに産んだのは十六人であった。」(新改訳)とあります。
ジルパから生まれた子と孫の合計は、8+8=16人でした。
19.20節には、「ヤコブの妻ラケルの子はヨセフとベニヤミンである。ヨセフにはエジプトの地で子どもが生まれた。それはオンの祭司ポティ・フェラの娘アセナテが彼に産んだマナセとエフライムである。」(新改訳)とあります。
ヨセフとその子の合計は3人です。ヨセフは先にエジプトに行っており、ヨセフの子たちはエジプトで生まれました。
21節には、「ベニヤミンの子はベラ、ベケル、アシュベル、ゲラ、ナアマン、エヒ、ロシュ、ムピム、フピム、アルデ。」(新改訳)とあります。
ベニヤミンとその子の合計は11人です。民数記26:40によるとナアマンとアルデは孫となっています。
22節には、「これらはラケルがヤコブに産んだ子で、みなで十四人である。」(新改訳)とあります。
ラケルから生まれた子と孫の合計は、3+11=14人でした。
23節には、「ダンの子はフシム。」(新改訳)とあります。
ダンとその子の合計は2人でした。
24節には、「ナフタリの子はヤフツェエル、グニ、エツェル、シレム。」(新改訳)とあります。
ナフタリとその子の合計は5人です。
25節には、「これらはラバンが娘ラケルに与えたビルハの子である。彼女がヤコブに産んだのはみなで七人であった。」(新改訳)とあります。
ビルハから生まれた子の合計は、7人です。
26.27節には、「ヤコブに属する者、すなわち、ヤコブから生まれた子でエジプトへ行った者は、ヤコブの息子たちの妻は別として、みなで六十六人であった。エジプトでヨセフに生まれた子らはふたりで、エジプトに行ったヤコブの家族はみなで七十人であった。」(新改訳)とあります。
ヤコブがエジプトに移住した時点でエジプトに住んだヤコブの子孫の人数
レアがヤコブに生んだ子孫は、33人、
ラケルがヤコブに生んだ子孫は、14人、
ジルバがヤコブに生んだ子孫は、16人、
ビルハがヤコブに生んだ子孫は、7人、
合計は70人になります。
この中には、嫁の人数などは入っていません。
使徒7:14には、「そこで、ヨセフは人をやって、父ヤコブと七十五人の全親族を呼び寄せました。」とあります。
ここに記されている「75人」に関して、注解付新改訳聖書の注は、「創世記46:27では、エジプトへ行ったヤコブの家族は七十人と言われているが、ステパノは当時広く用いられていた七十人訳(旧約聖書のギリシャ語訳)に基づき、七十五人と言っている。七十人訳はマナセの子と孫、エフライムの二人の子と一人の孫をも含めて七十五人としたのである。」と述べています。
<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
私たちキリスト者の名は、天の書物に書き記されていますからありがとうございます。
ただ名が記されているというだけではなく、あなたは、私たちが、自分自身を知っている以上に、私たちのすべてのことを知っておられますから御名を崇めて感謝します。
私たちのすべてをご存じの上で愛してくださっておられますことを感謝し、主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。アーメン
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