国文学研究の定説がまたひっくりかえった
7月4日の和歌文学会関西例会で、小林一彦さんのすごい発表があったというのをSNSで見たのだが、参加していた家人も「すごかった」という。そして翌日7月5日の京都産業大学で行われる公開研究会でも、その関連発表があるので、絶対聴いた方がいいというので、ミーハーの私は出かけていった。京産大の研究会は、「京都産業大学日本文化研究所公開月例研究会」で、「和歌と連歌ー二つの古写本から」という、ざっくりしたタイトル。京産大の新収資料、古写本についての紹介。どんな内容なのか。最初の発表は、雲岡梓さんの「伝宗牧筆「新撰菟玖波集」ーそのテキストの特徴と位置づけ」で、新収の写本の箱書に「連歌師宗牧筆」と書かれている。これを他の諸本と丁寧に比較して位置づけた。宗牧筆かどうかは確定にいたったとはいえないものの、基礎的な調査報告としてしっかりした発表であった。
二番目の発表が、小林一彦さんの「為家本古今和歌集〈鎌倉時代写〉の出現ー根津美術館蔵「為氏本古今和歌集」(重要文化財)との比較分析から」とのいう発表。研究会のチラシの裏面に、根津美術館蔵の「為氏本古今和歌集」と京産大本のそれぞれの古今集巻一巻頭の写真が掲載されていたが、「似ている」を超えて、「そっくり」である。同じ人が二度書いてもここまでそっくりにはならんだろ!というくらいに。その本についていえば、それは根津本の透写本であるらしい。いずれ小林さんが論文にされるということであるから、論証過程はあえて書かないが、小林さんは当然根津の為氏本のことを調べた。根津の為氏本というのは、売り立て目録の段階では為家となっていたのが、昭和18年の官報で「為氏筆」とされてしまった経緯があることを紹介された。その間違いのもとは「右金吾筆也」の「右金吾」を誰に比定するかだったのである。為氏は右金吾すなわち右衛門督ではあったが、文応元年の時点ではそうではないのである。結論からいうとそれは「阿仏尼」だったというのが衝撃的であった。阿仏尼は「右衛門佐」を名乗っていたことがあるのだ。
根津本は「阿仏尼写為家監督書写本」。それをだれかが忠実に文応元年をさほど経ない時期に透写したのが京産大本。実はこの阿仏尼に比定された筆跡には、非常にある文字の書き方に特徴がある。そこをヒントにすると、国宝の為家本土佐日記の筆者も、どうも阿仏尼ということになってくるというのだ。すでに片桐洋一先生、伊井春樹先生が明言はしていないが、疑問を持っていたようだ。小林さんの論証は非常に説得力のあるもので、国文学界で長く疑われてこなかったことが、ひっくりかえったというべきだろう。徒然草の「吉田兼好」や、百人一首の「選者定家」が揺らいだり、否定されたりしたことは記憶に新しいが、またしても、というインパクトであった。
閉会後、ぐずぐずしていると、小林さんから原本を前に、より詳細な解説を聞くことができた。ありがたかった。
(追記)本件、ブログに書くことにつきまして、小林一彦さんの許諾を得ています。
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