徳島県の研究者によると、古代の大和王権ができた頃、今の徳島県である阿波国で大和王権に次ぐような勢力があった忌部(いんべ)氏の一族の一部が関東に移住した。そこが今の千葉県の一部になる安房国であるという。千葉県南部の安房国にあたる地方の旧家には、かなり古い家系図が何軒も残っているとのこと。 これについての研究者はほとんどいない、大和王権の研究に集中している。 阿波という名前は移住した人たちにはふるさと名前なのであったので、同じ音をとった可能性があるということである。 よく読んでください。阿波にいた忌部氏一族の一部が移住したからですよ。キーワードは忌部氏ですよ。 歴史書が作られたりする前の大和王権に関係ないことなので、朝廷が日本書紀のような王権を正統化するように後になって記述されたものは、古い時代について細かく事実を伝承して忌部氏が書き残している歴史書はありません。忌部氏は、麻の栽培技術に長けていた。当時は貴重品であり、今日でも特殊な麻服製作技術は一軒にしか残っていない。今上天皇陛下も即位の礼にあたってこの徳島県の忌部氏の末裔の三木家が織って作った麻服を着用した。 大和王権についても蘇我氏が登場する前のことははっきりわかっていません。そういう前の古い時期の話で、国名もはっきり固定化されてない時期です。千葉県南部の狭い地域が何故に安房国になったのか。朝廷がそう決めた理由があるはずだと考えるのは普通ではないでょうか。朝廷が麻栽培技術を持っている忌部氏を重要視したからだと思います。房総半島の「房」は安房で「総」は上総と下総です。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1297005912
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