質素倹約はミクロで正しくてもマクロでは間違いということがある。経済学で合成の誤謬と呼ばれるものがそれだ。宗春の再評価がないまま吉宗への回帰を標榜するのは危険で、吉宗も質素倹約だけでは無理だと反省していたから名君と言われたのだ。
商品経済や信用貨幣に対応したのは田沼意次で松平定信はやはり経済をわかっていなかったと言わざるを得ない。
幕府の黒字化も結局民衆の赤字を意味するので、不景気な時代には逆効果だ。米本位制からの脱却は松平定信には無理だった。松平定信が採用した朱子学も儒教の可能性を狭めただけだった。
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